第29話 オートマタの物語 3/6

 マスターは家事を褒めてくれる。

 マスターは可愛いと褒めてくれる。

 マスターは認めてくれる。

 マスターのそばにいれば自分の価値を証明できる。

 マスターに見捨てられたら、また無価値になってしまう。

 それは、嫌。マスターの期待に、応え続けなきゃ。


「ミスティ。もはや家事は完璧だね。料理に至っては私を遙かに凌駕した。ミスティのおかげで私の舌は肥えてしまった。もはや君なしの生活は考えられないね」


「……光栄です、マスター」


「さて。そろそろ君を作った理由を説明しよう。ただたんに自分の技術の限界に挑戦したい。そういう意味も、もちろん込めてある。だが、それだけじゃない。半永久的に動いて、私の意思を継いでくれる存在が、どうしても必要だったんだ」


 必要。

 その言葉を聞くだけで、ミスティは背筋が伸びる思いだった。


「私はね。今まで様々な魔法道具を作ってきた。その中で、最高傑作だと自負しているカードがある」


「最高傑作のカード、ですか」


「うむ。なな罪源ざいげんのカードという。名前の通り七枚ある。真聖教が定めた七罪源にちなんだ能力を持つカードだ。もっと正確に言えば、神域にアクセスし、そこに満ちる力に七罪源という型を与えて召喚するカード、といった感じかな」


「……ボクは、この家で何冊か魔法書を読んだだけですので、魔法に関しては入門者以下です。それでも分かります。そのカードは、人の手に負えるものではないのでしょう?」


「その通りだ。作った私でさえ扱えなかった。完成させて、さあテストだと魔力を流した瞬間、暴走。七罪源の力を無秩序に垂れ流したあげく、カードは七枚とも、どこかに飛んでいってしまった。私にできたのは、その場を鎮めてもとに戻すこと。それから飛んでいくカードに対して、あらかじめ仕込んでおいたプロテクトの実行命令を送ることだけだった。その二つをやったから、なんとか人的被害を防げた。カードがどこに行ったか分からないけど、プロテクトのおかげで人知れず眠っているはずだ」


「では……そのカードはもう大丈夫なんですね……?」


「今のところはね。なにせあのカードは強力だ。プロテクトがいつまで役に立つか……百年後はきっと平気だろう。二百年後もなんとか保つと思う。けれど三百年後は……まるで自信がない」


「そんな……危険すぎます! なぜそんなものを作ったのですか!」


「若気の至りだよ。理論を思いついた。今まで誰も作ったことのない強力な兵器になりそうだ。本当に作れるか試したい……ただそれだけだった。失敗したときのことなんて考えいなかった。失敗するとさえ思っていなかった。おごり高ぶった小娘だった。今となっては恥ずかしいし、反省している」


「反省って……三百年後、どうするんですか? そのカードがまた動き出して、七罪源の力を撒き散らしたら、どれほどの被害が出るんですか? マスターにはそれを止める義務があると思います。ですが、三百年後にマスターは……」


「そう。私は死んでいる。本当は自働人形オートマタに私の魂を移植するつもりだったんだ。しかし、どう計算しても適合しそうになかった。色々試したんだけどね。それで自働人形オートマタの性能が下がったら本末転倒だし。だから私の魂に合う自働人形オートマタを作るのは諦めた。自働人形オートマタに合う魂を探すことにした。そして見つかったのが君だよ、ミスティ」


 セリーヌはミスティを指さした。


「君のボディには、様々な機能がある。七罪源のカードを探知し、回収し、制御する。そのために作った自働人形オートマタだ。君はその体で日常生活を送れるようになった。次は怪力で岩を砕いてもらおう。その次は魔力の扱い方。その体は特別だから、普通の魔法は覚えられないだろう。しかし体と魂の相互作用によって、膨大な魔力が発生する。それを叩きつけるだけで、そこらの魔物くらい楽に倒せる。そして君の意思とは無関係に、その魔力は君を修復するし、カードが活動を始めたらそれを探知する能力もある」


 それからセリーヌは、ミスティの体が自働人形オートマタとして如何に優れているかを語り出した。

 人形。機械。作品。手段。

 結局のところセリーヌにとって重要なのは『性能』なのだ。ミスティなどそれを実現するためのパーツに過ぎない。

 そう思い知らされた。

 それでもいい。

 パーツだろうと、部品だろうと。

 必要としてくれるなら、それでいい。


「ミスティ。私の不始末を、君に押しつける。未来を君に託す。恨んでくれても構わない。君に拒否権はない……私は、私の発明で人が死ぬのは、もう嫌なんだ」


 名前を呼んでもらうため。瞳を見つめてもらうため。

 そのためなら道具になろう。


「はい、マスター。ボクはなんでもします。何百年でも耐えます。だからどうか……ずっとボクのマスターでいてください」


「……? おかしなことを言うね。当たり前じゃないか。ミスティはずっと私のものだよ」


 それからミスティは、今まで以上にセリーヌに色々なことを教わった。

 体の使い方。魔力の使い方。世界の知識。

 難しい話も多かったけれど、セリーヌと話をしているだけで楽しかった。

 たまにお出かけもした。

 必要なものを買いに行くことがあれば、ただの散歩も旅行もした。

 本当の家族のような気分になれた。


 もちろん違う。

 だってセリーヌとミスティは血が繋がっていない。それどころか、人間と自働人形オートマタ。制作者と道具。

 必要だから優しくしてくれているのだ。

 役目を果たさなきゃ、また捨てられる。


 ミスティはセリーヌに尽くした。

 やがてセリーヌの白髪が増え、足腰が弱り、寝ている時間が増えた。自分が尽くしていれば死なないはずだ。そう自分に言い聞かせるように介護した。


「ミスティ。私はここまでだ。あとは自由にしてくれ、と言ってあげられないのが心苦しい……頼む。七罪源のカードが動き出したら……」


「はい、マスター。ボクに全てお任せください」


「ありがとう、ミスティ……君がいてくれて本当によかった……君は私の……」


 そう言いかけて、セリーヌは目を閉じ、二度と目覚めることはなかった。

 埋葬はミスティが一人でやった。石を削って墓も作った。毎日、花を添えた。

 自分一人だけになった家を掃除した。老廃物が出ないのに毎日着替えて「マスター今日のボクはどうですか?」と独り言を呟いて、お洗濯。


 毎日料理を二人分作って、一人で「いただきます」と呟いて、「マスター今日も食欲ないんですか? 仕方ないですね」と一人芝居して二人分食べた。

 そうやって、自分はマスターの人形で、まだ必要とされているんだと自己暗示をし続ける日々。


 マスターが作った体は最高性能を維持しているのに、心が先に砕けそう。

 そんなのは駄目だ。失望される。

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