第28話 オートマタの物語 2/6
更に何日かしてから、いよいよ料理。
セリーヌは包丁でまな板ごと切るんじゃないかと心配していた。しかしミスティは力の加減を覚えたので、そんな初歩的なミスはしない。ただニンジンを細かく切るのは少し難しい。ジャガイモの皮を剥くのはもっと難しい。
「とりあえず、鍋に肉と野菜を入れて煮込めば、食べられるものになるのさ」
ミスティの体は、人間と同じく食事ができる。
でも排泄はしない。
食べた物は全て魔力に変換されるらしい。そして一切なにも食べなかったとしても、周りにある魔力を集めるから、行動不能になったりしないんだとか。
不思議な話。魔法のことは説明されても少しも分からない。
「あの、マスター。肉と野菜のスープ以外も教えて欲しいんですが……」
「ん? 塩で味付けしているから、美味しいだろう?」
「ええ、それは確かにそうなんですけど……毎日同じものでは飽きませんか……?」
「なら、私が作ったこの魔法の鍋を使うといい。適当に食材を入れて蓋をして三十分待つ。すると美味しいシチューができる」
その鍋を使ってみた。
確かに、美味しいシチューが出てきた。だけど、これはミスティが作った料理とは言い難い。だって野菜を切ってさえいないのだ。まるごと鍋に入れて蓋をして、三十分後待つだけ。
セリーヌに「美味しい」と褒められても「ふーん」という感じ。
「マスター。この家には沢山の本がありますね」
「私は読書家だからね。もっとも、まだ読んでいない本も沢山あるけど」
「何千冊もあるのに、料理の本はないのですか?」
「ない」
「……欲しいです」
「そうか。じゃあ町に行こう。本のついでにミスティの服を買おう。パジャマとメイド服しかないからね」
「服? いいんですか? ボクの体、老廃物が出ないので着替える必要、ないのでしょう?」
メイド服は日々の家事で汚れるから、そのままベッドに潜り込むわけにいかないけれど。
寝るとき用のパジャマと、普段用のメイド服があれば、事足りる。
ちなみに睡眠は必要だった。
体は
魂のことがなくても、連続稼働はボディによくないんだとか。
「うん。着替える必要はない。確かにそう言った。けれど思い直した。いつも同じ服というのはつまらない」
「ボクは別に……」
「私がつまらないと言ってるんだよ。ミスティは私の人形だ。それを着替えさせて遊ぶのは当然だろう」
「はあ……マスターがお望みでしたら、ボクが口を挟むことじゃありませんけど」
「それにね。本をねだっておきながら、服は遠慮するなんて、理屈に合わない話だよ」
「……?」
ミスティは、本がとても高価なものだと知らなかった。
本が安くなるのは、それからずっと経って活版印刷機が発明されてから。そのときの本は、手書きで写本を作っていた。だから、そこらの服より貴重品だったのだ。
人形になってからの、初めてのお出かけ。
一時間ほど歩くと森の外に出た。更に一時間ほど歩くと町につく。
実家にいたときも外出の自由はあった。
だけど、誰かと一緒にお出かけした記憶はない。足腰を鍛えるためだと父親に山をひたすら走らされたことはある。でも、それはお出かけとは違う気がする。
その町は、ミスティの実家があった町よりも人が沢山いた。
人混みに流されて、迷子になってしまいそう。
「マスター。待ってください……マスター!」
「ああ、済まない。ミスティの歩幅を計算していなかった。その身長だと一度はぐれたら見つけるのが大変そうだな……よし、手を繋ごう」
手を繋ぐ。それは本当に初めてのこと。
ミスティは差し出された手に、恐る恐る、触れる。
「……マスターの手、温かいです」
「そうかい? ミスティの手は可愛いね」
「私の体はマスターが作ったものです。自画自賛ですか?」
「ふふ、そうだね。しかし、ミスティが動かしているから、より可愛いのさ」
「……マスターは技術者なんですから、論理的じゃないことを、言わないでください」
「目をそらしてどうしたのかな?」
「別に、なんでもありません」
「知っているかい? 君のボディには、ちゃんと頬を赤らめる機能があるんだよ。だから顔を見れば、照れていると分かるのさ」
「ッ!? そういうことは、もっと早く教えてください!」
「はは。怒った顔も可愛いな」
ミスティは真剣に怒っていた。
だけど料理の本を買ってもらったら、怒りが静まった。単純な精神構造だなぁと自分で思ってしまう。
それから服屋に行って、あれこれと試着させられるのが楽しくて、怒っていたことそのものを忘れた。
「なんでも似合うなぁ。試着したブラウスもスカートもワンピースも帽子も、全部買おう。それから……」
セリーヌはスケッチブックを店員に渡した。セリーヌが自分で書いたと思わしきメイド服のデザインが描かれていた。
「このメイド服を、この子に合わせて作って欲しいんだ。それと、これと、これと、これもね」
「マスター。メイド服をそんなに作ってどうしようというんですか?」
「ミスティが色んなメイド服を着て、私を楽しませるんだよ」
「しかし、このスケッチのメイド服は、フリルが多すぎませんか?」
「そのほうが可愛いだろう?」
「……こっちのはスカートが短すぎます」
「近頃ミニスカートが流行っているからね。開放的な世の中になってきたものだ」
「それにしても短すぎるかと……」
「これで外出しろと言っているんじゃないんだ。いいだろう?」
「それでも恥ずかしいです……」
「うんうん。そうだろうね」
セリーヌはミスティの意見などお構いなしだった。
まあ、綺麗な服を沢山買ってもらえたし。毎日、違うメイド服を着るのも楽しそうだし。家の中でたまに太ももを露出するくらい我慢しなきゃ――ミスティはそう納得した。
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