第27話 オートマタの物語 1/6

 ミスティは、今でこそカラクリと魔力で動いているが、最初からそうだったわけではない。

 人間の父と母のあいだに生まれた、ごく普通の少女だった。


 ごく普通の才能しかない、ただの女の子。


 ところがミスティの実家は、代々騎士を輩出する、剣の名門だった。

 男子を欲しがった両親は、生まれてきたミスティに失望した。

 そして次こそは男子をと子作りに励んだが、どうしても二人目が生まれない。

 なのでミスティを剣士として鍛えることにした。女で剣士になった者だって数多い。きっとミスティは強くなって騎士団に入って、立派にお役目を果たすはずだ。

 そんな両親の期待に、ミスティは応えられなかった。

 ミスティはごく普通の女の子だった。


 両親による虐待に近い指導の甲斐もなく、ミスティの剣術は成長しなかった。

 そうしているうちに、ようやく第二子が生まれた。男の子だった。

 両親は喜び、そしてミスティは用済みになった。


 なぜ? あんなに頑張ったのに?

 強くなきゃ、いらない子なの?


 ミスティと両親の会話はなくなり、ただ使用人が運んでくるものを食べるだけの日々が続いた。

 服も食事も不自由しない。虐待はなくなった。外出は自由だ。なにをしようと叱られない。

 だけどミスティは、弟が生まれる前のほうが、ずっとよかった。


 そんな、ある日。

 ミスティの十歳にの誕生日。

 久しぶりにお父さんとお母さんに話しかけられた。

 嬉しかった。

 パーティーもプレゼントもいらない。

 ただ、ミスティがそこにいるものとして扱ってくれれば、ほかにはなにもいらなかった。


「この人がお前の結婚相手だ」

「よかったわね、ミスティ。偉い大臣様なのよ」


 どうやら、ミスティはこの家から出て行かなければならないらしい。

 この太ったオジサンと結婚しなければならないらしい。

 なぜ? 結婚というのは大人と大人が、好きな人同士でするもののはず。

 どうして初めて会った子供と大人が?


 ミスティは分からなかった。

 その大臣が幼い少女に性的な興味を抱く人種で、自分がそういう類いの人に好かれる容姿だなんて理解していなかった。

 出世のために娘を利用するなんて当たり前だというのも知らなかった。

 なにも分からないまま、ミスティは泣き叫んだ。

 それでも容赦なく馬車に乗せられ、大臣の家に出荷された。


 大臣は家に着くまで我慢できず、馬車の中でミスティを味見しようとした。


 性の知識がなくても、自分が乱暴されるのは分かった。とても嫌なことをされるのだと理解した。

 ミスティは必死に抵抗して、そして大臣と一緒に走る馬車から転げ落ちた。


 ミスティは全身をすりむいて、左腕を骨折した。大臣はもっと酷かった。頭がぱっくり割れて中身がこぼれ落ちていたから。


 御者が慌てて馬車を止めたとき、ミスティはすでに森の茂みに隠れていた。そして痛いのを我慢しながら、這いつくばって少しずつ逃げた。

 夜になり、真っ暗な闇の中で狼の遠吠えが聞こえても、泣くのを我慢した。

 泥水をすすって生き延びた。

 騎士階級の娘で、大臣に嫁入りする予定だったとは思えぬほどボロボロの姿で、知らない町に辿り着いた。

 そんなミスティを雇ってくれる人なんておらず、教会に助けを求める知恵もなく。

 残飯を漁って飢えを凌ごうとして、けれど、もちろん足りなくて。


 ついに盗みを働いた。

 たった一つのパンに手が伸びていた。それを懐に入れて走った。

 自分では走っているつもりだった。

 衰弱しきったミスティは、大人の徒歩より遅かった。

 そして追いかけてきたパン屋に棒で叩かれて、野良犬のように死んだ。


 死んだはずなのに。

 ベッドで目が覚めた。

 ふかふかの布団。綺麗なパジャマ。泥だらけだった肌も髪も綺麗になっている。

 今までのは全て夢だったのだろうか?

 どこから夢だった? 大臣に連れ去られたところから?

 弟が生まれたところから? 

 それにしても、この部屋の内装は、自分の部屋と全然違う。窓から見える景色も全然違う。


 森の中にある家?

 周りにほかの建物はなさそう?

 どうしてこんなところに?

 どうして自分の体は冷たいのだろう?

 どうして心臓の音がしないのだろう?


「ボクは……やはりもう死んだのでしょうか……?」


「そうだよ。済まないね。君の死体は私が買った。魂がそのボディに適合しそうだったから。本当は君の同意が欲しかったんだけど。死体から同意を得るのは難しいし。早くやらないと魂が体から離れて消えてしまうから。というわけで、君は私の人形になった。もう一度作ろうとしても、そう簡単にはいかない。だから、死んだままがよかったなんて言われても、死なせるつもりはないよ。自殺しても直すからね。ん? 人形だから自殺じゃなくて自壊かな? まあ、どっちでもいい。とにかく私は君の制作者であり、所有者だ。名はセリーヌ・デュフォール。さて、君の名を教えてくれないか?」


 そう語ったのは、老婆と言えるほど年寄りではないけれど、決して若くもない、おそらく五十歳くらいの女性だった。


 いわく。

 彼女にとって、魔法の道具を作るのは趣味であり、仕事であり、人生の全てであるらしい。

 町を丸ごと吹き飛ばす兵器とか。魔物を寄せ付けないようにする護符とか。遠くの景色を映し出す鏡とか。破れても勝手に直る服とか。火がなくても美味しいシチューができる鍋とか。酔いが二倍早く回るグラスとか。

 恐ろしいものから、くだらないものまで、セリーヌにとっては等しく大切な作品だった。


「君のコンセプトは、人間より優れた自働人形オートマタだ。人と同じ姿で、人と会話できて、人の社会に混ざっても誰も気がつかない。そして強い。最低でも私より強くなければならない。そして半永久的な寿命。少なくとも役目を果たすまでは稼働しなければならない」


「役目……?」


「それについては、いずれ話そうか。今はまず、そのボディに慣れてもらおう。もともと背丈は近いし、顔の造形は君に似せて修正した。だから馴染みやすいはずだ。まあ、髪の色だけは私の趣味に合わせたけど……今まで筋肉で動いていたのが、カラクリと魔力だ。勝手が違うだろう。それに全身の力が桁違いに上がっている。そうだな……家事をしてみようか。物を壊さずに一通りできれば、慣れたと称していいだろう」


 セリーヌの提案には大きな問題があった。

 ミスティはずっと剣の修行ばかりで、弟が生まれたあとは放置されていたから、家事なんて少しもできないのだ。


「なんだ。一から教えなきゃいけないのか。以前にメイド自働人形オートマタを作ったときは、知識をボディに焼き付けたけど……君にそういうことをすると、魂と反発しそうだ……弱ったな。魔法を教えたことはあるけど、家事を教えるなんて初めてだ。まあ、いいか。何事も経験だ。まずは掃除から始めよう」


「あの……ボク、お料理……してみたいです……」


 料理。

 弟が生まれてから虚無の日々を送っていたミスティにとって、食事だけが毎日の楽しみだった。

 どんなに落ち込んでいても、美味しいご飯を食べれば、ちょっとだけ元気になる。

 それで、自分でもやってみたいと、ちょっとだけ思っていた。


「料理は最後だよ。包丁が危ないからね。ああ、勘違いしないでくれ。包丁を押しつけたくらいじゃ薄皮が切れるだけで、本体は無傷だ。その薄皮だってすぐに再生する。私が心配しているのは、包丁が刃こぼれすることだ」


 掃き掃除に、拭き掃除。

 セリーヌの家は広かった。けれど、使っていない部屋は掃除しなくていいらしい。毎日ピカピカにする必要もないと言われた。だから、そんなに大変ではなかった。少なくとも剣の修行に比べたら、全然。


「へえ。筋がいいじゃないか。メイド服もよく似合う。どこでも立派に働けそうだ」


 褒められた。多分。だって今まで褒められたことなんてなかったから、よく分からない。でもセリーヌは笑っているし、自分も嬉しくなったから、褒められたんだと思う。


 何日かしてから、洗濯を教えてもらった。

 セリーヌが作った自働洗濯機というので楽できるらしい。でも、家事をするのはミスティがこの体に慣れるためなので、楽をしたら本末転倒だ。

 どこにでもあるタライと洗濯板で、ごしごし。力を入れすぎて布を破かないように、ごしごし。

 干して乾かした洗濯物は、とってもいい匂いがした。物干し竿から取り込んで、カゴに入れる前にギュッと抱きしめると、お日様と石鹸の香り。

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