第26話 秋斗の遠い記憶

 俺の両親は、典型的なエリートだった。

 いい大学を出て、いい企業に就職。

 結婚して俺が生まれてから、母は仕事を辞めて専業主婦になった。

 父は順調に出世し、収入にはまるで困っていなかった。


 エリートである父は、息子の俺に同じレベルを当然のように求めた。


 そして。

 結婚によってエリート街道から外れた母は、父よりも俺に厳しかった。

 お父さんよりもいい大学に入れ。お父さんよりもいい企業に就職しろ。

 それが母の教育方針だった。

 自分の教育によって、俺を父以上のエリートにする。そうすることで、自分を専業主婦にした夫へ復讐しようとしていたのかもしれない。

 今にして思えば、だ。


 あの頃の俺に、そんなことを考える余裕も人生経験もなかった。

 ただ怯え、両親の期待を裏切らないよう、嫌われないよう、必死だった。

 俺はある程度まで、二人の期待に応えていたと思う。

 つまり入院するまでは。


「こんなときに倒れるなんて、中学受験に間に合うのか!? お前の育て方が悪いからこうなったんじゃないのか!?」


「私の教育は完璧よ! あなたの血が悪いんじゃないの!? お義父様、また体調を崩したんですってね! 秋斗にもその血が流れてるのよ!」


 両親はそんな言い争いを病室でしていた。

 非常識極まる。

 それでも俺にとって、実の両親なのだ。

 見捨てられないように、入院中も勉強した。消灯時間のあとも隠れて、必死に。


 入院して最初の頃は、母がよく見舞いに来ていた。

 けれど検査結果が出て、どうやら俺が近いうちに死ぬらしいと分かると、まるで姿を見せなくなった。


 両親の様子は、看護師たちの噂話で知れた。

 俺の世話から解放された母は、前に勤めていた会社に再就職。

 もう一度エリート街道を歩み始めたことで表情に活力を取り戻し、夫婦関係も改善されたらしい。そんなひそひそ声が聞こえてきた。


 俺がいないほうが二人はニコニコできる。

 俺はあの家にいらない子だった。

 いいや。そんなはずはない。だって、あれをやれ、これをやれとずっと指示されてきたんだ。必要だから、期待されていたから指示されたんだ。

 期待に応えられない自分が悪いんだ――。


 そう考えて、もっと勉強した。けれど意味がなかった。学校や塾に通ってテストを受けるわけじゃないから、勉強の成果を発揮できない。自分でテストをやって自己採点したって、誰も褒めてくれない。よく病室に遊びに来る水羽という少女以外は――。


 そうしているうちに小学校を卒業する日になった。

 気がついたら、公立中学校に入学していた。

 卒業式も入学式も出ていないから、なにも実感がない。

 志望していた私立中学は、受験することさえなかった。


 両親に、見捨てられた。

 そう認めるしかなかった。


 あのときの絶望は凄まじかった。

 水羽が励ましてくれなかったら、病気で死ぬ前に自殺していたかもしれない。


 遠い過去の記憶。水羽のおかげで、思い出さずに済んだ記憶。

 けれど、ミスティという少女の瞳を見て、記憶が蘇った。

 両親に見捨てられないよう必死になっていた頃の俺と、そっくりな瞳をしている。


 もしかしたらミスティも、誰かを失望させたくなくて必死なのかもしれない。

 制作者であるセリーヌが、ミスティをあそこまで高性能な自働人形オートマタとして完成させたのは、なにか役目を与えたからではないか。

 自働人形オートマタにとって制作者は親と同じだろう。


 もちろん、全て俺の想像だ。

 けれどミスティが本当に親の期待に応えるため必死になっているのなら。

 それを三百年も続けているのなら。

 俺は彼女を放っておくなんて、できそうになかった。

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