第25話 それは魔法少女?

「変身」


 少女は静かに呟いて、そして光に包まれ、服装を大きく変えた。

 森に溶け込む地味な色合いだった布は、髪色と同じピンクの華やかなものに。

 シルエットもまるで違う。全体がフリルやリボンで彩られ、スカートが短くなって太ももが露わになった。

 そして最後に、身の丈ほどもある長い杖が宙に現われ、少女はそれを手に取ってクルクルと回転させる。


 これは……完全に魔法少女だろう。

 魔法少女の杖が魔物に触れる。その瞬間、魔力が放たれ衝撃波となり、魔物を十メートル以上も吹き飛ばした。


 そうやって周りから敵を追い払った魔法少女は、どこからともなくタロットカードのようなものを取り出した。それを杖の先端にある赤いオーブに近づける。すると溶けるようにしてカードが飲み込まれていった。


「煉獄より来たれ、シン――溢れ出せ、怠惰」


 魔法少女が呪文のようなものを唱えた瞬間。

 俺の動きが鈍くなった。まるで水中でもがいているかのように体が重い。

 俺だけでなく、水羽もロゼットも遅い。

 魔物たちに至っては、ほぼ静止に近かった。

 なのに風に揺れる草花や木の葉の動きは、さっきまでと変わらない。

 生物にだけ……いや動物にだけ作用する魔法なのか?


 魔物たちの動きを止めた魔法少女は、淡々と杖で殴り殺していく。

 勝利を確信しているのか警戒の色はなく、むしろ油断さえしているように見えた。


「――後ろだ!」


「え?」


 俺の叫びに、魔法少女はキョトンとした顔をする。

 その遙か後方で、四本腕の大猿が、木の幹を槍投げのように構えていた。動いていると言うことは、この停滞現象の効果範囲外なのだろう。

 そして、停滞が動物にしか効かないとすれば、投擲された木には当然、減速せずに飛んでくる。


「ちっ!」


 俺は霊を呼び出して、魔法少女を突き飛ばそうとした。が、霊の動きも鈍い。効果の判定はどうなっているんだ!?

 それならば!

 俺の真後ろに霊を召喚して、爆破。

 風圧に押されて、俺は魔法少女へと加速した。


 よし。

 自分で手足を動かすのは阻害される。が、突風などの外的要因で動かす分には問題ないらしい。

 体当たりで魔法少女を倒す。その手から杖が落ちた。瞬間、体を包んでいた重さが消えた。

 俺は即座に魔力で黒い剣を生み出し、飛来した木の幹を一刀両断。木は左右に分かれて、彼方へと飛んでいく。

 そして自由になった水羽とロゼットが、四本腕の大猿を仕留める。


「……ふぅ。間一髪だった。大丈夫か?」


 俺は尻餅をついたままの魔法少女に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます……驚きました。三人とも強いんですね。特に、少年……まさか怠惰の発動中に、あんな方法で動くなんて想像もしていませんでした。勉強になりました」


 彼女は俺の手を掴んで立ち上がり、友好的な笑みを浮かべた。

 やはり俺と似たような背丈。

 すぐにロゼットが近づいてきて、少女の隣に立って自分と比べる。そして、わずかに自分が大きいと確かめて、ご満悦な表情をする。魔法の歴史に名を刻む偉人のくせに、やることが情けない。まさか村ですれ違った子供全員に同じことをしているんじゃないだろうな?


「……?」


「気にしないで。その人は自分より小さい奴を見ると笑顔になる特殊性癖なんだ」


「そ、そうなんですか……世の中、色んな人がいるんですね……」


「俺の名は秋斗。君と背を比べているのはロゼット。もう一人は水羽だ。よければ君が何者で、ここでなにをしていたか教えてくれないか? あの合成生物キメラみたいな奴らの正体を知っているのか?」


「ボクの名前はミスティ。助けてくれたことには感謝しています」


 一人称がボクの少女というのは、この世界においても珍しい。

 しかし長年使っているらしく、とても馴染んでいた。


「……ですが、合成生物キメラが何者なのか、ボクがなにをしようとしていたのか。それはみなさんには関わりのないことです。ボクが一人でなんとかしなければならないのです。でなければ、ボクは無価値な存在になってしまいますから……」


 ミスティは表情に暗い影を落とした。

 なにかに怯えるような……親に叱られるのを恐れる子供のような顔だった。

 なんだ? これと同じ表情を、どこかで見たような気がする。何度も。身近で。


「ま、待って! あなた怪我してるんじゃない!? 回復魔法をかけてあげるから見せて!」


 水羽が言ったとおり、ミスティの右腕の袖が破けており、露わになった肘の皮膚が剥がれているように見えた。

 しかし、血が出ていない。皮膚の下にあるべき筋繊維もない。

 あるのは白磁器のような質感の……球体関節?


 このミスティという少女は、人形ドールの上に皮膚スキンを被せたような構造をしているのか? 右腕だけが? それとも全身? 全身がそうだとすれば、この子は人間ではなく――。


「お主。自働人形オートマタじゃな? それも、セリーヌ・デュフォール女史が作ったものじゃろう?」


 そう問われたミスティは小さく頷く。


自働人形オートマタって、こんな滑らかに動くものなのか……?」


「人間としか思えなかったわ……いえ、関節が見えた今でも、まだ人間としか……」


 俺と水羽はミスティの球体関節に目を奪われた。人の体をジロジロ見るなんて失礼と思いながらも、どうにもならなかった。


「セリーヌ・デュフォール。三百年以上も前に活躍した魔法師。戦闘力も一流じゃったが、今でも名が知られているのは、魔法道具を作る技術ゆえじゃ。突出していた、などというものではない。セリーヌが三百年前に作ったものを、現代のワシらが越えられぬのだ。人間と見分けがつかない自働人形オートマタなど、セリーヌにしか作れん。とはいえ……魔物を軽々と蹴散らす動き。その魔力。セリーヌ作だとしても、異常じゃ。しかも自己再生機能まで備わっているとは……三百年前の人間がお主を作ったと思うと、敗北感が凄まじいのぅ」


 ロゼットは苦笑いする。

 俺からすればロゼットも凄まじい魔法の技術と知識を有する、いわば博士みたいな存在だ。

 だが、そんな彼女でも、セリーヌ・デュフォールには遠く及ばないらしい。

 俺にはまるで理解できない領域だ。


「自己再生……あ、本当だ。皮膚が治っていく……それどころか服も直っちゃった!」


「ボクのマスターは天才ですから。この再生能力のおかげでボクは三百年も機能を維持できているのです」


「ふむ。セリーヌはお主のような傑作を作っておきながら、なぜ世間に発表しなかったのじゃ? なにか、秘密の役割を与えられたのか? 合成生物キメラの大量発生と関係があるのか?」


「お答えできません。しかし、ご安心を。この森の問題は、ボクが一人で解決しますので。それがボクの役目ですから」


 ミスティは思い詰めた顔でそう呟いてから――不意に、魔法を発動させた。

 また俺たちの動きが遅くなる。

 その一瞬の隙をついて、ミスティは姿を消してしまった。


「うーむ、ワシら三人から逃げおおせるとは、さすがはセリーヌ作の自働人形オートマタ。どういう構造なのか、調べたいところじゃが……」


 ロゼットは、言葉の途中で口ごもった。

 いつも自信たっぷりな彼女にしては珍しい。

 ミスティを調べて、セリーヌと自分の差を実感するのを恐れているのだろうか?

 そんな心の弱さを持ち合わせていなそうだが……。


「ねえ、秋斗くん。ミスティちゃん……昔の秋斗くんみたいな顔してたよ。入院したばかりの頃……」


「俺?」


 水羽にそう指摘されて、俺はハッとした。

 そうか。

 どこかで見たと思っていたけど、ようやく思い出した。

 あれは鏡で見たんだ。

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