第21話 ロゼット・クレイヴン

「さて。自己紹介をしておこう。ワシの名はロゼット・クレイヴン。ご覧の通り可憐な美少女じゃ。しかし舐めるでないぞ? こう見えて立派に働いている。ヴァルミリス王立魔法学園の非常勤講師。ヴァルミリス王国魔法兵団の相談役。そして真聖教団への技術指南。おお、三つも掛け持ちしておる。こうして考えると、ワシって勤勉すぎるのぅ」


 彼女は感心したように呟く。

 ロゼット・クレイヴン。

 その名前は前にどこかで耳にしたような……いや本で目にしたのか?

 先ほどの戦いで、ロゼットが只者ではないのは分かった。三つの職を兼任していても、なんら不思議ではない。

 しかし、その程度ではなく、もっと歴史に刻まれる人物だったような……。


「思い出した。魔法の歴史書で読んだんだ。ロゼット・クレイヴン。ヴァルミリス王立魔法学園の設立者にして初代校長。王国魔法兵団の初代団長。どっちも百年以上前の話のはずだけど……」


 それだけじゃない。

 ロゼット・クレイヴンは何冊も魔法書を書いている。

 王都の図書館で魔法の勉強をしていたとき、最も参考になったのがロゼットの本だった。

 ありがたがって読んでいたけど、まさか著者がこんな幼子の姿をしているなんて想像していなかった。


「うむ。ワシは第一線を引いておる。初代がいつまでも頑張っていたら、新たな才能が芽吹かぬからの。とはいえ、新たな才能が開花しても、みんなワシより早く散ってしまう。少々寂しい」


 ロゼットは百年以上もこの姿のまま、自分の後任たちを育て、見送ってきたのだろうか。

 だが彼女は聖女ではないはず。そんなに長い年月を不老のまま過ごせるものなのだろうか。

 そうだとすれば――。


「ロゼットさんが言ってることは本当よ。だって何十年も前に初めて会ったときから、ずっとこの姿だもん」


「初代聖女がそう言うなら、信じるしかないな……」


「懐かしいのぅ。あれからもう七十年くらい経っとるのか?」


「うん。そのくらいかな」


「あのとき。ミズハは全身を呪いに蝕まれ、今にも機能停止しそうじゃった。それまでは聖女の開発者が自らメンテナンスを行い、呪いを除去して辛うじて動いていた。しかし、それは応急処置のようなもので、ミズハには呪いが少しずつ確実に堆積していった。そして開発者が死に、ミズハは応急処置さえ受けられなくなった」


「そんなときに助けてくれたのがロゼットさんなんだよ」


 と、水羽は俺を見て言った。


「うむ。聖女の開発者は、ワシの弟子の一人じゃからな。弟子の不始末を放っておくわけにもいかぬ。時間が許す範囲で、ワシがミズハを診てやっていたというわけじゃ。まあ、それでも限界が来て、ミズハは聖女を辞めることになった。どうにもしてやれず、済まない」


 ロゼットは飄々とした口調だったのに、その謝罪の言葉だけは真剣だった。


「あ、謝らないで! 前にも言ったけど、ロゼットさんがいなかったら七十年前の時点で私は終わってたんだから。今、私がこうして生きていられるのはロゼットさんのおかげだよ。本当にありがとう」


「ふむ……ミズハの笑顔はズルい。その笑顔で感謝されると、なんとかしてやりたいと思ってしまう。この人たらしめ」


 ロゼットは目を細め、少し頬を朱に染めて呟いた。


 なるほど。水羽の微笑みは、俺以外にも通用するらしい。

 しかしロゼットが女性でよかった。水羽が俺以外の男に笑いかけ、それで相手が照れていたら、俺は理不尽に暴れていただろう。


「で? ワシとワシの弟子が心血を注いでもどうにもならなかった初代聖女の呪いを、この少年が完全に祓ったと? 信じがたいが、確かにミズハから呪いの気配がまるでしない。お主、何者じゃ? ワシがこの村に来たのは、あの城の呪いを祓った奴らがいると聞いたからじゃ。ワシでさえ封印することしかできなかったあの呪いを浄化し、城を手に入れた二人組。それほどの技量の持ち主を、調べもせずに放置するなど、国防上あり得ない……いや、世界の平和が脅かされるかもしれんじゃろう?」


 俺と水羽には、平和を脅かすつもりは一切ない。

 けれど確かに、二百五十年も放置されてきた問題をいきなり解決されたら、それを成し遂げたのがどんな奴なのか調べるのが当然だ。


「調べてみると、城を浄化した冒険者はミズハとアキトと言うらしい。この村は聖女ミズハの出身地。そしてミズハはワシとの別れ際、故郷に帰ると言っていた。つまり城を浄化した二人組の片割れはワシの知っているミズハなのだろう。ではもう一人のアキトとは何者か? ワシはミズハを七十年も見守ってきた。そのミズハが、どこの馬の骨とも知れぬ奴を相棒に選んだらしい。気になって仕方がない。そこで城を観察していたら、ミズハとお主が別行動をとったので、これ幸いにと疑似世界に取り込んで、対話に臨んだというわけじゃ」


「対話? あれが?」


「言葉だけでは分からぬことがあるじゃろ。ああして戦ったおかげで、お主が聖女の隣に立つに相応しい実力者と分かった。それからミズハを心底から大切に思っているのもな」


「……」


 俺が水羽を大切に思っているなんて当たり前だ。それは水羽へ大っぴらにアピールしている。俺たちは両思いだ。なんら恥じることはない。

 が、それはあくまで二人のあいだの話で、こうして他人に指摘されると、なんというか、もの凄く照れる。

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