第20話 それは水羽の恩人らしい

 ゆるくウェーブがかかった金色の長い髪。青い瞳。不思議の国のアリスを連想させる美少女。もちろん水羽には遠く及ばないが、美少女の類いではある。

 警戒というより庇護欲をそそる外見。


 服装は一見、学校の制服にも見える。

 が、しかし軍服的な要素も多分にはらんでいる。

 可憐なオブラートで隠しきれない棘があるのだ。


 そして放っている魔力は剣呑そのもので、油断など一瞬たりともすべきではない。する気も起きない。

 ――聖女である水羽より強いかもしれない。

 そんな考えを浮かべ、俺は冷汗をかいた。


「誰だ、お前。この疑似世界を作ったのはお前か? なぜ俺に攻撃してくる?」


「くくく。理由は言えぬ。しかしワシと戦ってもらうぞ? 心して反撃せよ。でなくば……お主が探しているあの聖女のようになるぞ?」


 聖女。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は脳細胞が沸騰するような感覚になった。


「……水羽になにかしたのか?」


「くく、いい表情じゃ。戦い甲斐がある。聖女がどうなったか、ワシを倒して疑似世界を脱出すれば分かるかもしれんぞ? 死体とご対面、なんてことにならねばいいのぅ。まあ、お主も死体になれば、墓の下で仲良く眠ればいいだけじゃ」


 ブラフか。本気か。

 考えるのはやめだ。最短で殺す。疑似世界を作った者を殺せば、もとの場所に戻れるはず。戻って確かめる。


 悪霊の全てを……いや、水羽に言われたんだった。あいつらは生前は悪党だったが、今は哀れな死者。ただの霊だ。俺の持霊だ。大切な道具として扱おう。

 力を貸してくれ。奴を殺すぞ。


「ぬっ!?」


 少女の周りに骸骨を具現化させる。

 完全に取り囲んだが、それはただの囮。骸骨は地中にも具現化させた。不意に地面から生えてきた腕に足首を掴まれたら、いかな達人でも反応が遅れてしまう。

 そうやって動きを止めてから、全ての霊を一斉に爆破。

 何十メートルも離れた窓ガラスが砕けるほどの衝撃が広がる。


「死霊を操るとは珍しい技を使う……! 完全に不意を突かれたぞ。ほんの少し実力を見てやるだけのつもりだったが、想像以上に楽しめた。このくらいで勘弁してや――」


 芝居がかった台詞など最後まで言わせない。

 余裕ぶっているが、奴の防御障壁が爆発で揺らいでいるのは見て分かる。

 追撃だ。確実に殺す。


「な、待て、もう終わりと言っておるじゃろ!」


 問答無用。

 一気に接近。魔力で黒いナイフを作って、敵の喉元へ押しつける。

 防御障壁に刃が阻まれた。が、少しずつ押し込めている。あと少しで首に穴を開けられる。

 余裕ぶっていた少女の顔に、明確な恐怖が浮かんだ。死にたくなくて必死のようで、喉のところの障壁に魔力を集中させている。

 凄い魔力だ。感心する。俺ではそれを貫けない。しかし集中させすぎて、ほかの部分がお粗末。

 足払いで横転させてから、馬乗りに。次に狙うのは喉ではなく、無防備になった心臓。


「がはっ!」


 突き刺した瞬間、少女の口から赤い血が漏れる。

 更に押し込む。


「とっとと死ね。俺をもとの世界に戻せ。水羽を探しているんだ。お前なんかに構っている暇はない。水羽の死をほのめかした時点でお前を殺すと決めたんだ」


 心臓を貫通。ナイフは地面にまで突き刺さる。

 瞬間、景色が変わった。

 疑似世界に飲み込まれる直前にいた公園に、もとの姿勢で立っていた。


「やれやれ。なんと危険な奴じゃ。しかしミズハをそれだけ大切に思っているのじゃな。ワシが悪かった。あやつの死をほのめかすなどワシも嫌じゃったが……お主の実力を確かめるにはそれが手っ取り早いと思っての」


 背後から、さっきの少女の声がする。

 心臓を破壊したはずなのに、どうして生きているのだ。

 無傷なのは少女だけではない。

 俺だってあの戦闘で火傷をいくつも負ったのに、それが消えている。


 疑似世界を脱出したら、その中で負った傷は全て消えるよう、あらかじめ仕組んでいたのか?

 どのような結果になろうと、俺も少女も無傷で終わる。つまり、この少女に俺を害するつもりは最初からなかった。

 それでも――。


「水羽をダシにするなんて、あまりにも許しがたいことだ」


 現実世界でも一発ぶん殴らないと気が済まない。


「ふぁっ!? ワシが悪かったと謝っとるじゃろ!」


「悪かったと思ってるなら一発くらい殴らせろ」


 俺は少女に向かっていく。

 そのとき。


「秋斗くん、駄目! その人と喧嘩しちゃ駄目! ロゼットさんは私の命の恩人なんだからぁ!」


 真横から飛び込んできた水羽に抱きしめられ、俺の歩みは止まる。

 聖女に全力を出されたら、俺だって抗うのは難しい。

 なにより、水羽の命の恩人を殴るなんてできるわけがない。そんな不義理をするくらいなら自分を殴ったほうがマシだ。いや、殴ろうと思った時点で自分を許しがたい。

 俺は振り上げた拳を自分の頬に振り下ろした。


「ぐはっ!」


「え、ちょ、秋斗くん、なにしてんの!?」


「本当になにしてんじゃ、こいつ……ワシを殴るよりはマシじゃが……」


「ロゼットさん、呆れた顔してないで秋斗くんに謝って! なんで疑似世界に飲み込んだか説明して! 私、秋斗くんを見つけて……追いかけたら公園でいきなり消えて、それから秋斗くんとロゼットさんが二人で現われて……理由次第じゃ私もガチギレするから!」


「お、落ち着け水羽。説明するから落ち着け。あまり魔力を練るな! 寿命が縮まるぞ!」


「大丈夫だもん。秋斗くんが呪いを全部祓ってくれたし、これからも毎日祓ってくれるから魔力使いたいほうだいだもん!」


「……なに?」


 ロゼットと呼ばれた少女は俺を見る。

 愛らしい容姿の中に鋭さを宿していた彼女だが、見た目通りの小さな子供みたいに目を丸くして固まってしまう。

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