第17話 城の大掃除

 城の呪いを完全に浄化した。

 そう冒険者ギルドに報告しても、受付嬢は「えー、まさか、今朝受けたばかりなのにそんなぁ」と信じてくれない。

 すると水羽が「初代聖女ミズハの名において誓います。私たちは仕事を果たしました」と、まさに聖女の威厳を感じさせる声と仕草で言う。

 受付嬢は、自分が相手しているのが並の冒険者ではないと思い出したらしく、慌てて事務処理を始めた。


「で、では達成の報告を受理しました。これより当ギルドで確認作業を行います。そのあと……ええっと、どういう流れであの城がお二人のものになるのか私にも分かりません。なにせ二百年以上も放置されていた依頼なので……」


「まあ、そうでしょうね。気長に待ちますよ。確認、よろしくお願いします」


 その日のうちに、冒険者ギルドの職員が、俺たち以外の冒険者を護衛として雇って、城に直接行ったらしい。

 そして呪いが消えたと確認し、王都に報告。

 それから王国魔法兵団の一団が城に入り、改めて呪いがないか確認。


「王国魔法兵団のお墨付きが出ました。あの城は完全に浄化されています。正式に、ミズハさんとアキトさんのものです」


 受付嬢にそう告げられた俺と水羽はハイタッチを交わす。


 けれど本当に大変なのは、そこからだった。

 なにせ二百五十年も荒れ放題になっていた城だ。

 庭は雑草が生い茂り、城内はホコリと蜘蛛の巣だらけ。

 悪霊にとっては我が家なので家具や装飾品を破壊したりはしなかったようだけど、それでも経年劣化は否めない。


「呪いが消えてもお化け屋敷みたいな見た目は変わってない。まだ住める環境じゃないわ。だから大掃除よ、秋斗くん。全ての部屋を一気にやるのは無理でも、二人の生活に必要な部分は早めに片付けなきゃ」


「そうだね。まずはリビング。キッチンに食堂。それとお風呂」


「そ、そうそう、お風呂ね……」


 水羽は頬を朱にしながら呟く。

 やっぱり照れる水羽は可愛い。もっと照れてもらいたい。


「あと、寝室は……二人だから二つだね」


「え!?」


「どうしてビックリしてるの? 俺、おかしなこと言ったかな?」


「言ってないけど……」


「そうか、よかった。絶対に一緒の寝室じゃなきゃ嫌だって言い出すかと思った。つまり水羽は俺を一晩中ギュッてしたい欲から解放されたんだね。自立の精神が芽生えてよかったよ」


「ま、待って! 秋斗くんはまだ小さいし、一人っきりは寂しいでしょ? いくら人生二周目とはいえ、体が子供なら精神が引っ張られるでしょ? だから私がお姉ちゃんとして、秋斗くんが寂しがらないよう、一緒に寝てあげる義務があるような気がしてきた!」


「気のせいだよ」


「一刀両断!? でも、でも、ほら、なんていうか、二部屋より一部屋のほうが掃除が楽っていうか、別に私が秋斗くんと一緒に寝たいとかじゃなくてあくまで合理的な理由で」


「小賢しい屁理屈をやめて、正直に言うなら、一緒の寝室でもいいけど」


「うぅ……正直に言います。私が秋斗くんをギュッてして一緒に寝たいだけです……」


「初めからそう言えばいいのに」


「だってだって! 宿屋ならともかく、こんなにも部屋が余ってるお城で、あえて一緒の寝室なんて……一緒に寝たくて必死みたいじゃん!」


「みたい? そのものでしょ。原理主義の過激派だよ」


「そう思われたくないから、秋斗くんのためって建前が欲しかったの……」


「人のせいにしようなんて酷い奴だ。やっぱり寝室は別々に……」


「わーわー! 認めるから! 私は秋斗くんをギュッてして寝たい原理主義の過激派です! だから別々の寝室はやだー!」


 水羽は床に転がって手足をバタつかせて訴えてくる。

 駄々をこねる姿も可愛い。もう全部可愛い。


 さて。

 水羽の可愛いところを堪能したところで城の掃除を開始だ。

 こういう人手が必要な作業で、俺の闇魔法が役に立つ。


「行け、亡者たち。庭の草むしりをしろ」


 俺が殺してきた悪党たちの霊を、骸骨として具現化。

 百を超える死者の軍勢が、俺の命令に従い、テキパキと雑草をむしり始める。


「よし。ちゃんと根っこから抜いてるな。その調子でやれ。お前とお前は、城内の掃除に回れ。構成している魔力の一部をホウキに変えろ」


 俺が指さした骸骨は、黒いモヤを出して、それを変形させホウキを具現化した。

 俺も同じように闇の魔力でホウキを作る。

 細部の造形は適当だけど、掃除に使えればそれでいい。


「秋斗くんって器用なことできるのね」


「水羽も感心してないで手伝ってよ。これだけの城なら、掃除道具の一つや二つあると思うから」


「はーい」


 そして水羽はハタキを発見し、高いところのホコリをバフバフと落としてくれた。

 それを俺と骸骨たちで掃き集める。

 庭の草むしりが順調なので、骸骨の一部を城内に移動させ、掃除を加速。

 俺と水羽では高くて手が届かない場所も、骸骨たちが肩車をすれば余裕だ。

 こうして掃き掃除に拭き掃除と、順調に城は綺麗になっていく。

 更に村で新しいシーツと枕を買って、ベッドメイキング。


 大掃除を始めてから三日目の昼過ぎ。

 ようやく一段落だ。


「よし。これで人が住める環境になったかな。宿暮らしをやめて、今日からこっちに引っ越そう」


 俺は玄関口に立ち、ロビーを見渡す。天井からぶら下がるシャンデリアも、ガラス窓もみんなピカピカだ。

 振り返った先の庭も、生い茂っていた雑草が消え、綺麗に整えられた芝生とレンガ畳の道が気品ある姿を見せていた。太陽を遮っていた木々の枝は適度に剪定され、木漏れ日を城と庭に降り注がせている。


「骸骨さんたち、ご苦労様。これからもよろしくね」


 水羽が手を振ると骸骨たちも手を振り替えした。

 俺が操ったわけじゃない。悪霊そのものの意思だ。

 こいつら盗賊とか俺の兄とか、そういうクズばかり集めた集団なのに、どうも水羽が近くにいると自発的に行儀がよくなる。

 あれか。水羽の笑顔が美少女すぎて真人間を演じたくなったのか?

 死んでから懺悔しても遅い! 仕事が終わったんだから消えろ!


「あ。いなくなっちゃった。本当に出し入れ自由なのね」


「生前に悪いことをした報いだよ。死後は道具としてキリキリ働いてもらわないと。人権はない」


「うーん……」


「なんだよ。まさか悪党にも人権を、とか言いたいの?」


「それは別に……私は教団の走狗として働いた聖女よ? 魔物退治だけでなく……人を殺したことだってある。この世界には、更生の余地がない悪人とか、情状酌量できない根っからの純粋悪がいるってことくらい知ってるんだから。多分、秋斗くんよりも」


 人を殺した。

 水羽は感情が見えない顔でそう言った。

 もちろん俺はそれを知っている。

 彼女は俺と再会するため、原作の流れを壊さないよう努めてきた。だからミズハと同じように水羽が人を殺していると、俺は知っていた。

 知っていても、改めて言葉にされると重みがあった。彼女が過ごした百年という年月の重みだ。

 彼女は確実に、俺よりも多くの経験をしていて、俺よりも大人なのだ。


「だから秋斗くんが盗賊を殺しまくって自分の力に変えたのを、悪いことだって言うつもりは全くない。盗賊が減ればそれだけ治安がよくなるんだから、むしろいいことよ。一石二鳥。私はそう割り切れる。だけど、死んだあとは虐めなくてもいいと思うの。もちろん、この城を支配していた悪霊みたいに、死後も被害を出すようなのは別よ? そういうのは倒さなきゃ。でも秋斗くんの持霊は違うでしょ。ちゃんと言うこと聞いてるもん。道具として使うにしても、わざと粗末にすることないんじゃないかなぁと思って。道具は大切にしなきゃ」


 清濁併せ呑んだ大人の意見だ。

 その正しさに納得できても、なんかこう「水羽のくせに」と思ってしまう。

 しかしここで「水羽のくせに」と口にしたり、拗ねたりするのは、あまりにも子供ぽすぎる。


「……分かった。俺はこれからも悪党を殺して養分にする。でも吸収したらわざと粗雑にはしない。俺の一部だからね」


「うんうん。それがいいよ」


 水羽は俺の頭をなでてきた。

 くそ。本当にお姉さんみたいだ。いや、みたいではなく、そのものなんだけど。

 水羽は年上なのにポンコツなポジションでなければ駄目なのだ。

 ここから一気に逆転して、ポジションを元に戻したい。

 なにかいいアイデアは……そうだ!


「よし。掃除して体中ホコリだからだからお風呂に入ろう」

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