第16話 水羽はずっと俺のお姫様

 ギルドでもらった見取り図を頼りに、一階から一部屋ずつ浄化する。


「あ。お風呂、広い! 温泉みたい! 手足を思いっきり伸ばせる浴槽が家にあるなんて最高ね」


「これなら二人で入っても余裕だね」


「そう二人で……えっ!? ええええっ! 秋斗くんのえっち!」


「あはは。冗談だよ。水羽の慌てた顔が見たくて」


 そう。冗談。だったんだけど。


「ふーん……冗談なんだ……」


 水羽の反応は怒るのでも、ホッとするのでもなく。ちょっと拗ねたようなものだった。

 まるで一緒にお風呂に入りたいかのような。

 二人でお風呂。裸。想像する。体温が上がった。

 俺は目を泳がせる。


「水羽のえっち……」


「秋斗くんほどじゃないもん……」


 とにかく。

 水羽は一緒にお風呂に入るのが、嫌ではないらしい。

 この城を手に入れたら、一緒のお風呂が実現できてしまう。

 俺は水羽を引っ張って、これまでの倍の速さで呪いを浄化して回った。

 そして最上階である三階にたどり着く。

 そこには、男爵には大げさすぎると思える、立派な謁見の間があった。


「私の城を荒らすのは貴様らか……」


 俺と水羽しかいないはずの城に、別の誰かの声がした。


「これは私の城だ、私の領地だ……兄は、妾の子の分際でこの家を継いだ。間違っている。だから間違いを正すため、私は戦った。私が正当な後継者なのだ。誰にも渡さない……死ね。この城を荒らすものは死ね!」


 どうやら謁見の間こそが呪いの中心のようだ。

 椅子の上には黒い球体が浮かんでいる。それが空気を震わせて、人語を放ってきた。

 誰も彼もが死に絶えたあと、弟が悪霊となって全ての呪いを支配したのだろう。

 死んでから城を手に入れて嬉しいのか疑問だけど、彼は手放したくないと訴えてくる。


 後継者争いに、他人である俺たちが口を挟む筋合いはない。自分こそが相応しいと信じるのは彼の勝手だし、死後も居座り続けるのも自由だ。

 だけど、この城の呪いは今を生きる人々を脅かす。


「死者の都合に生者が巻き込まれるなんて馬鹿馬鹿しい。ゆえに悪霊には消えていただく。死んでから二百五十年もここを独り占めしたんだ。もう十分だろ?」


「ふざけるな……死ね。貴様らも私の領民の列に加わるがいい」


 謁見の間に呪いが集まってくる。

 それらは融合し、黒色を濃くしていく。触れれば俺でさえダメージを負うだろうと思えるほどの密度。

 そんな呪いの塊が、俺と水羽に向かって突進してきた。


「触れたら俺でもヤバい。逆に、触れなきゃどうってことない」


 呪いが俺たちに届く前に分解する。そして吸収。


「なんだ、と……? 小僧、お前、なにをした……?」


「俺は呪いに関しては自信があってね。この程度なら、むしろ俺を強化するだけだ。相性が悪かったね」


「私の領民を吸収したのか……ふざけるな! それは私のものだ! 返せ!」


 更に呪いが集まり、そして声の主と融合する。

 球体だった悪霊は、甲冑を着た騎士を思わせる姿へ変わっていく。

 三メートルはあるだろう天井に頭を擦りそうな黒い巨体。

 それは呪いで構成されているのに、浄化しようとしてもできなかった。もちろん時間をかければできるだろう。目を閉じて集中し続ければ、この密度の呪いだって祓える。だがそれは、攻撃してくる敵を前に無防備な姿を晒し続けるということ。


「まいったな。お手軽に吸収して俺の魔力の足しにするのは無理か。そんなら普通に倒すしかない」


 俺が過去に吸収した悪霊で、別の悪霊を攻撃して倒す。そういう実験を何度かやって成功している。だからこいつも俺の手で倒せるのだが――。


「ねえねえ、秋斗くん。私を使えば楽に勝てるけど?」


 と、水羽が物欲しそうな顔で呟く。


「もしかして、あれ、、が気に入ったの?」


「うん。秋斗くんにギュッて握られて、ガって魔力が流れ込んで、ちょっと癖になりそう」


「そうなんだ。水羽がやりたいなら俺は構わないよ」


「やったー!」


 そして水羽は、剣の聖女に備わった能力を発動する。

 その全身を輝かせ、俺の背よりも大きな一振りの剣へと姿を変えた。

 俺は彼女の望み通りに柄を握り、魔力を流し込む。


「ああ、来た来た! この私と秋斗くんの魔力が混ざる感じがいいのよ」


 剣から水羽の楽しそうな声。


「その力は……なんだ!? 闇と光の融合、だと? あり得るのか、そんなことが!」


「あり得ちゃったんだな、これが。それじゃこの城、ありがたくもらうよ」


 剣を振り下ろす。黒と白、二色の波動が刃から溢れ、悪霊に襲いかかり、一撃で消滅させた。

 のみならず。


「あ」


 悪霊を貫通した波動は、そのまま壁をも破壊。

 大穴があいて、謁見の間はすっかり風通しがよくなってしまった。


「秋斗くん、力込めすぎ!」


「いや。俺だけのせいじゃないでしょ。二人の魔力なんだから。黒と白、同じ量に見えたけど?」


「うぅ……だって早くこのお城、私たちのものにしたかったんだもん!」


「まあ、気持ちは分かる。そして願いは叶ったよ。ちょっと壊れたけどね」


「やったー! お城住まい! つまり私、お姫様を名乗ってもいい!?」


 水羽は人の姿に戻って、俺に抱きついてきた。


「お姫様はおこがましいんじゃないかな?」


「むぅ!? 今の発言で、秋斗くんは王子様になり損ないました! 残念!」


 水羽は頬を膨らませる。

 可愛らしい怒り方。

 お城なんかなくても、水羽はずっと俺のお姫様だよ。という台詞は、さすがに恥ずかしくて言えなかった。

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