第15話 水羽はホラーが苦手

 さて。

 かつて領主の城だったそれは、村から少し離れた丘の上にある。

 自分の領地を一望できるようにと高い場所に作ったのだろう。

 今や庭の手入れをする者もおらず、うっそうと木が生い茂り、遠くまでもその不気味な姿を晒す羽目になっていた。


「門をくぐった瞬間、気配が一変したわね」


「結界を越えたからだろうね。外に呪いが漏れていない。優秀な結界だ。逆に、内側は凄いことになってる。俺は平気だけど、普通の人なら即死するかも。水羽は平気?」


「なんか、ちょっとダルいけど、それだけ。平気」


「本当にちょっと? 顔色が悪いけど。無理しないでよ」


「顔色が悪いのは……呪いのせいじゃなくて、この雰囲気というか……アレのせいだから……」


 水羽は城の周りを漂っているアレらを指さした。

 黒とか紫の半透明なものたちが、形を変えながらゆらゆらと漂っている。

 呪いが強すぎて、肉眼で見えるほどになっているのだ。

 その姿はホラー映画などに出てくる悪霊そのもの。そして俺は、水羽がホラーを苦手としていたのを思い出す。


「つまり怖いんだ」


「こ、怖くないし! 私、初代聖女よ!? 百年も戦い続けた、勇敢な英雄よ!? 不気味な魔物を沢山倒してきたし……ゾンビを操る悪い魔法師を倒したこともあるし……こんなの怖くないんだから……ぴゃあ!」


 呪いが眼前を通り過ぎた瞬間、水羽は大きな悲鳴を上げ、俺の腕にしがみついてきた。


「怖いんだね?」


「うぅ……怖い……魔物は平気だし、ゾンビや骸骨も我慢できるけど、呪いとか悪霊とかやだ……うにょうにょして半透明で……なんか顔っぽい模様があるし……ひゃあ! 目が合った!」


「門の外で待っててもいいよ?」


「やだ! 秋斗くんと離れたくない!」


「でも俺は容赦なく城の中に入るよ? 怖いの我慢できる?」


「我慢してついて行く……秋斗くんの腕、ずっとギュッてしてていい? そうしたら我慢できると思うから……」


「まあ、いいけど」


「秋斗くん、ニヤニヤしてる。私のこと馬鹿にしてるんでしょ」


「いいや。水羽が可愛いから頬が緩んだんだよ」


「と、年下のくせに生意気! そういうとこ昔から変わってない、って言うか、前より酷くなった!」


「そりゃ、水羽が前より可愛くなったから、俺もそれに合わせないと」


「うぅ……生意気すぎる……」


 水羽は口をもにゃもにゃと動かしながら目を泳がせる。

 かなり効いている。

 言った俺も恥ずかしいのだから、このくらい効いてくれないと困る。

 水羽が恥ずかしがっている姿は世界一可愛い。これからも水羽を恥ずかしがらせるため、精進したい。


 けれど今は呪いの浄化に集中しておこう。

 俺は目に映った呪いを片っ端から消して歩き回る。


「それにしても、なかなか立派な城だなぁ。男爵って貴族の中じゃ一番格下だったよね? それがこんな城を作る余裕、あったのかな? まるでネズミーランドの城みたいだ」


「この村の周りって水が豊富だし、土も肥えてるから。広さの割に農作物がよく採れるの。それで結構な税収があったんじゃない? だからこそ、お家騒動のあとも放置されず、国王直轄領として管理されてるわけだし」


「ふーん。詳しいね」


「そりゃそうよ。この世界の私はここで生まれたんだから。不気味な城を村から見上げながら育ったのよ。小さい私がどれだけ怖い思いをしたか……」


「今も怖がってるじゃん」


「秋斗くんが一緒だから我慢できるもん!」


 金になるからこそ、その跡取りを巡って殺し合いになったわけか。

 城の内部も呪いだらけ。

なにせ後継者になれなかった弟が兵を率いて城に攻め入り、使用人まで巻き込んで、百人以上が死んだという。

 そんな大立ち回りをしたあげく、兄も弟も死んで男爵家が消滅したのだから、全員が無駄死にだ。呪いだって濃くなるだろう。

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