第13話 呪われた城を差し上げます

 ここヴァルミリス王国のエミリエ村はどの貴族の領地でもない、国王直轄領である。

 とはいえ国王が直接やって来てあれこれと指示をするのではない。任命された代官が常駐し、エミリエ村とその周辺の行政を取り仕切っている。


 また、初代聖女ミズハの故郷ということで、百年前から真聖教団が様々な支援をしており、それによって村とは呼びがたい大きさに発展した歴史を持っている。

 よって真聖教団への信仰心は、ほかの地域よりも高い。


 ヴァルミリス王国は真聖教を国教と定めているので、住民がそれを熱心に信仰しても、とがめたりはしない。

 が、なにかあったとき、王国よりも教団を優先されては困る。そしてエミリエ村には教団を優先させてしまいそうな信者が、ほかの地域よりも多い。


 ヴァルミリス王国は今のところ、真聖教団と揉めるつもりはない。しかし未来のことは分からない。

 もし万が一、王国と教団が決別するような日が来れば。そのときエミリエ村の立ち位置はどうなるのだろう。そういう微妙なバランスの土地だった。


 と、ここまでは原作に書いてあったから、俺も知っていた。

 そして当然、知らないことだってある。


「領主のお家騒動? この村には領主がいないんじゃなかったの?」


 冒険者ギルドに向かう途中、水羽からこの町の歴史を聞いて、俺は疑問を口にした。


「うん、今はいないし、百年前もいなかった。私が転生してきた時点で、ここは国王直轄領だったんだけど。それよりずっと前は男爵領だったんだって。で、その男爵家でお家騒動が起きて、一族で殺し合って、全滅しちゃったらしいの」


「らしい? 水羽がこの世界の原作者なんだろ?」


「私が書いたのは一冊の小説。ここはそれに極めてよく似た世界。私や秋斗くんが歪めない限り、本に書いたことはこの世界でも起きる。私の頭の中にしかなかった裏設定もこの世界に実在している。でも、それだけじゃ世界は成り立たないでしょ。私はこの世界の地図や歴史の全てを作ってから執筆を始めたわけじゃないんだから」


「なるほど。本に書かれてなくて、作者が設定さえしていなかったようなことは、この世界を成り立たせるために、その辺から生えてくるわけか」


「生えてくるって……でも、そうね。そんな感じ」


「不思議だなぁ。まあ転生なんてことが起きてる時点で不思議だし、この世界がなんなのか真面目に考えるだけ野暮かもしれないけど。原作者的にはどうなの? 実写ドラマ化とかで原作から改編されて炎上したり揉めたりって話を聞くけど。クリエイターって自分の作品に手を加えられるの嫌がるんでしょ? この世界はまさに水羽の小説を実写にしているわけで、しかもメチャクチャ書き加えられてるじゃん?」


「うーん……他人がやったなら、嫌だったかも? でも、この世界を作ったのは人じゃないでしょ? 作った誰かがいるとすれば、それは真聖教で語られている創世神。神様がやったことに文句つけても仕方ないし。そもそも、こうして秋斗くんと一緒に歩けることが大切で、あとは些事。この世界に感謝はしても、文句なんてないから」


 一緒にいられたら、あとは些事。

 水羽も俺と同じ気持ちだろうとは想っていた。けれど、こうして口にしてくれると、喜びは幾万倍だ。


「それと。ほかの人が書いた小説って、その作者がWEBに投稿するなり、出版するなりしてくれたら続きを読めるじゃない? でも私が書いた小説って、私が書かないと続きを読めない」


「そりゃそうだ」


「理不尽だと思うの。私は私の小説の続きをこんなにも読みたいのに、なんで執筆なんて面倒なことしなきゃいけないのって、いつも思ってたんだから!」


「面倒って、クリエイターとしてどうなの、その発言……」


「いやいや! 物語を考えるのは大好きだからね!? こっちの世界に来てからでも、暇さえあれば考えてるから! でも、それを文章という形にするのは面倒なの!」


「ふーん……」


 そうなのだろうか。そうなのかもしれない。


「で。この世界は、私が書かなくても、私の小説をベースに勝手に広がっていくわけでしょ。原作だとアキトとミズハは、あと四年くらいで死んじゃう。そこで物語は終わり。でも私たちが長生きすれば、無限に勝手に続いていくのよ。最高すぎる!」


「……自分が考えた世界をベースにした、フルダイブ型ゲームをやってるみたいな?」


「そう、それ! 無限に更新されて、絶対にサービス終了しないの! それを秋斗くんと二人でプレイ! ああっ、凄すぎる!」


 そう言われると、水羽が興奮している理由が分かってくる。

 俺は小説を書いたことはないけど、妄想くらいはする。その妄想が超リアルなゲームになったら、それは確かに最高だ。


「なんか羨ましくて腹が立ってきた。いたずらしてやろ。えいえい」


「ひゃっ! 秋斗くん、脇腹つつかないで! ひゃん!」


 そして冒険者ギルドに到着。

 昨日、俺が森ですれ違った冒険者たちが、水羽を見て「無事でよかった」と駆け寄ってくる。

 彼らは逃げ出す前に水羽が無数の剣を操って戦う姿を見たらしく「もしかして初代聖女のミズハ様……?」と口にする。


 なにせここはミズハの故郷だ。

 ただでさえ初代聖女は有名なのに、それがより一層である。


「戦い方が同じだし」「名前も同じだし」「容姿も言い伝えの通り」「これはミズハ様で間違いない!」


 という感じで、水羽の正体が知れ渡った。

 原作だとここからミズハはあと三年ほど孤独に過ごすわけだが、水羽の隣には俺がいる。孤独にはさせない。


「それにしても少年。あんな魔物に立ち向かった勇気だけでも凄いのに、ミズハ様を邪魔することなく、むしろ助力できたとは……信じがたいが、ミズハ様本人が言っているのだからそうなのだろう。しばらくこの村で冒険者をするのか? 頼もしい。よろしく頼む」


 と、冒険者たちは俺にも尊敬のまなざしを向けてきた。

 十歳かそこらの子供が相手でも、実力者と認めたら敬意を払う。実に人間ができている。こういう人たちが大勢いる村なら、気分よく暮らせそうだ。


「ねえねえ、秋斗くん。この掲示板の貼紙を見て」


「なになに? 呪われた城を差し上げます……?」


 俺は水羽が指さした掲示板を読み上げる。

 様々な依頼書を貼った掲示板。

 その中に、ひときわ大きく、ひときわ古ぼけた紙があった。

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