第12話 俺たちの、新しい目標
「それはそれとして。水羽、呪いを祓うよ。できるだけ毎日やろう」
「え? 私にたまってた呪いは、秋斗くんが昨日祓ってくれたでしょ? さすがに一日で貯まったりしないけど」
「原作の設定だと、ミズハは聖女を引退したあと、十年は生きられる予定だった。それが力を使ってしまったせいで、半分以下になった。つまり、なにもしなくても十年しか生きられない。それって、なにもしなくても呪いが少しずつ蓄積されるってことでしょ」
「まあ、少しは、ね。でも、そんなに気にすることじゃないから。たまに浄化してくれれば大丈夫だから」
「いや。駄目だ。こうしているあいだにも水羽が死に一歩でも近づいてると思うと、気が気じゃない。頼む。可能な限り、毎日浄化させてくれ」
「大げさだなぁ……でも秋斗くんのその気持ちが嬉しいから毎日やってもらう!」
水羽はニコニコ笑いながら、ベッドの上に正座した。
俺は彼女の両肩に手を乗せ、呪いを洗い流す。
本人が言ったように、呪いはほとんどなかった。吸収して俺の魔力にしてみたけど、微量すぎてよく分からない。
これなら一週間に一度どころか、一ヶ月に一度の浄化でも問題ないだろう。
でも毎日やる。水羽にしてやれることは全部してやりたい。
「これでよし」
「なんかスッキリした。命の危機がなくても、これはやる意味ある感じね」
「それはよかった。スッキリしたところで、日銭を稼ぐための労働に行くとしようか」
「秋斗くん、お金に余裕ないの?」
「いや。王都で冒険者をしていたから、それなりに持ってるよ。百年も聖女様をしていた水羽に比べたら微々たるものだろうけど」
聖女はちゃんと給料が出ている。それもかなりの額だ。そのうえで衣食住を真聖教団がまかなってくれるので、聖女たちはひたすら金を貯め込むか、派手に散財するかのどちらからしい。
原作のミズハは、教団が運営する銀行に給料を入れっぱなしにしていたはず。
「あー……私も原作ほどはもってないかな……」
水羽は目を泳がせる。
「そうなの? 水羽が自分の給料をなにに使おうと、俺がとやかく言う筋合いはないけど……その表情、後ろめたいことでもあるの?」
「な、ないけど!?」
あると言ってるのと同じだ。
「ここで懺悔しておいたほうが、気が楽になるんじゃない?」
「うぅ……私、これでも頑張ったのよ? 原作の流れを変えないように、できるだけ設定に忠実に頑張ったの。でも……あんなに辛い戦いを乗り越えて……給料に手をつけずに必要最低限の生活だけするとか、滅私すぎる! 原作のミズハって聖女にもほどあるでしょ!」
「原作者にそんなこと言われても」
「いくら秋斗くんに会うための戦いでも……日々に潤いが欲しかったの! けど、今日は西へ、明日は東へと忙しい毎日。時間のかかる趣味はできない。そして思いついたの。任務であちこち移動するなら、あちこちの美味しいものを食べればいいって! もちろん最初は、節度を守って食べ歩きしてたのよ? でもある日、タガが外れて……一度外れたら歯止めがきかなくて……金に糸目をつけず、あれも別腹、これも別腹と……」
水羽はとんでもない大罪を犯したかのような表情で罪の告白をした。
しかし俺としては、想定していたよりもどうでもいい罪だったので、苦笑せざるを得ない。
「昔の水羽にはそんなに食べるイメージなかったけど」
「昔の私は、病弱少女だったから。今は聖女という名の超人だし? 魔物の一撃にも耐えられる体だから暴食くらいへっちゃらだし? それどころか食べても食べても太らないし? それに甘えてたら、いつの間にか、お金がね?」
「いや、いいよ、そんな言い訳しなくても。むしろ、一つでも趣味があるのはいいことだよ。水羽が辛いだけの百年を過ごしていたわけじゃないって知れてよかったよ。本当に」
本当に、心の底からそう思う。
「秋斗くんに許された。神様に許されなくても秋斗くんが許してくれるならオッケーね。ねえ、せっかくだから、秋斗くんがこの世界でどんなことしてたか教えてよ」
「そうだなぁ……この一年くらいは、ひたすら盗賊狩りしてたかな」
「魔物狩りじゃなくて盗賊狩り?」
「そう。悪霊を吸収して、魔力を強化するためにね。その辺は、冒険者ギルドに行く途中で話そうか」
「その前に朝ご飯!」
「はいはい。けど、節度を守った食べ方してね」
「そこは平気よ。だって秋斗くんが隣にいるんだから。もう秋斗くんがいない寂しさを食べ物で埋める必要、なくなったから」
水羽は頬を染め、ちょっと照れくさそうに、けれどハッキリとした声で語った。
そういうこと言われると、俺も照れてしまう。
だけど、もちろん嬉しいからもっと言って欲しい。
「じゃあ水羽が食べ過ぎないよう、ずっと隣にいなきゃね」
「そうよ。ずっとよ。私、秋斗くんが呪いを祓っている限り、寿命がないからね? そして私はもう死ぬのは嫌だからね?」
「分かってる。俺だってもう一度死ぬなんて御免被るよ。あらゆる手段で、水羽と永久に生き続けてやる」
それが俺の、俺たちの、新しい目標。
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