第11話 キスしてやった
水羽の寝顔はいくら眺めていても飽きない――。
俺は窓から入り込む朝日と共に目覚めた。
かつては目覚まし時計がないと遅刻必至だったし、入院中は採血やら検査やらで看護師さんに起こしてもらっていた。
けれど、この世界に転生して十一年も経つと、朝日や鳥の鳴き声さえあればそれで事足りる体になる。
しかし俺より異世界歴が長いはずの水羽は、まだ静かな寝息を立てている。こういうのは先に起きた者の特権だろう。俺は遠慮することなく、無防備な姿を見つめる。
かつてと姿形は違う。
水羽はもっと痩せていて、十六歳にしては子供っぽい体型だった。けれどミズハは対照的に、胸やお尻など肉がつくべきところが豊満。そのくせ腰はほっそりしている。スタイルのいい大人のお姉さんという感じで、そのくせ顔立ちは日本にいた頃の水羽にそっくりだ。
要するに、水羽はこういう大人になりたかったのだろう。
俺は大人になるどころか、十四歳から十一歳に若返ってしまった。老人が子供になったなら、人生をやり直せると喜ぶのだろう。けれど、子供がもっと子供になっても、まるで利点を感じない。
まあ、意識が消えてなくならず、こうして水羽と再会できたのだから、それ以外は全て些事だと我慢できる。
できる、が、しかし。
こっちが子供で、向こうだけしっかり大人になっているのは、やはり妬ましい。
「いたずらしたろ」
俺は指先で水羽の頬を、ぐにぐにとつつく。
柔らかい。マシュマロみたいにへこむ。
「ん、ん……」
小さな声が漏れる。
さすがに起きるかな、と思っていたら。
水羽は俺の指をぱくっと咥え、赤ん坊が乳を吸うみたいに甘噛みしてきた。
「秋斗くぅん……ふにゅぅ……」
「こいつ……体は大人になったけど、表情は昔と少しも変わらないな……」
俺は呆れて呟いて。けれど、すぐに呆れが感謝に変わった。
水羽がミズハとして百年も戦ってきた。なのに俺の知っている水羽として隣に寝転んでくれている。
俺の身には色々な奇跡が起きたけど、そのことが一番の奇跡に思えた。
「むにゃむにゃ……あ、秋斗くんだぁ……目を覚ましたら秋斗くんがいる……えへへ、人生って素晴らしいね。生きててよかったぁ」
「おはよう、水羽」
「おはよう、秋斗くん。小鳥の鳴き声が聞こえる……そしてベッドに二人……うへへ、朝チュンってやつね」
「水羽。それ意味分かって言ってるの?」
「秋斗くんこそ意味分かるぅ? 秋斗くん、まだお子様だから分かったふりしてるんじゃないのぉ?」
水羽はニヤニヤと煽るような笑みを浮かべた。
ムカつく。返り討ちにしなければ。
その一心で俺は、勢い任せに自分の顔を水羽に近づけた。唇と唇、わずかに触れるか触れないか。いや触れることは触れた。けれど本当にわずか。時間も半秒に満たない。
それでも触れたのは確か。キス。してやった。
「こういうことを。いや、これよりもっと凄いことをして。二人でベッドで一晩明かして。それで鳥の鳴き声で目を覚ますシーンを朝チュンって言うんだろ」
努めていつも通りの声色で言う。
無論、俺だって恥ずかしい。
俺は前世で十四歳まで生きて、今世は十一歳だ。合わせて二十五年生きているから精神年齢が二十五歳相当かと問われれば、絶対に違うと答える。
子供の時間を何度繰り返したって、年季の入った子供になるだけ。自分が大人になったという実感はまるでない。
だから好きな人にキスするというのは
けれどキスされたほうは俺よりも何百倍も慌てていて、俺の動揺に気を向ける余裕は微塵もなさそうだった。
「っ! ~~っ!? ッッッ! ??? く、唇、触れて、え、ええっ!? キス? 今の、え、キス!? だって、そんなの、現実に、あり得るの!? ラブコメじゃあるまいし!」
水羽はベッドから転げ落ちながら、奇声じみた悲鳴を上げる。
「動揺の仕方がおかしい……」
「だって! だってだって! え、えっちすぎる! なんで、秋斗くん、年下のくせに、そんな平然と……!」
「……水羽は、俺とこういうこと、したくないの?」
あまりにも水羽の動揺が激しくて、拒絶されたような気分になってきた。自然と俺の声のトーンは暗くなる。
「したくなくないけど! したい感じはあるんだけど! わ、私たちにはまだちょっと早いというか! もっと時間をかけてからするべきじゃないかしら!」
「もっと時間をって、どのくらい?」
「ひゃ……百年くらい……?」
さすが百年戦い続けた聖女。時間のスケールが常人とは異なる。
まあ、いい。
早い話、水羽は嫌がっているのではなく恥ずかしがっているだけだ。それなら、いい。
恥ずかしいのは俺も同じ。
勢い任せにやってしまったけれど、もっと段階を踏むべきというのは同意できる。
百年は長すぎるけど。
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