第10話 俺たちは物語にはならない
「さあ、水羽。あの魔物にトドメを刺そう。原作だとここでミズハが一人で倒すけど、実は生きてるんだよな。で、復活したあいつに、アキトとミズハが二人がかりで挑むんだ」
「そうそう。その一週間後にミズハが死んじゃうの」
「復活されたら面倒だ。ここで完全に殺してしまおう」
「ねえ、秋斗くん。私の頭の中にはあったけど、実際には書かなかった設定って色々あるんだけど。その中で一番凄いのをここで披露するね」
「へえ、裏設定だね。どんなの?」
「初代聖女ミズハは、剣の聖女。その能力は無数の剣を自在に作り出して操ること……と、もう一つ。ミズハは心の底から慕っている人のために、自分の体を剣に変化させられるの。だけどミズハはアキトと出会ったとき、もうその力を使えないくらいボロボロだった。でも今は違う。秋斗くんのおかげで私は万全。そして……ミズハがアキトを想う以上に、私は秋斗くんが大好きだから!」
水羽の体が光に包まれる。
何事だ、と考える間もなく、彼女が宣言したとおり、その身が剣に変わってしまった。
今の俺の背丈よりも長い大剣だった。
地面に突き刺さったそれを握り、両手で構える。
重い。少女一人分の重量。これを剣として振り回して戦うのは難しそうだ。
しかし。
「剣になるの初めてだけど、上手くできた。秋斗くんにギュッて掴まれてる。えへへ、なんか嬉しい」
これが水羽の重さだと考えれば、不思議と軽く思えてくる。
「……水羽。俺の魔力、吸ってる?」
「うん。秋斗くんの魔力と、私の魔力を合わせて、刃から放つの。ほら、思いっきり振り下ろして!」
剣から水羽の声が聞こえてくる。そして、その刃の中で、確かに二人分の魔力が渦巻いていた。俺は悪党の霊を吸収しまくって、かなりの魔力を得たと自負していた。王都で会った冒険者で俺に比肩しうる奴はいなかった。
けれど万全の聖女はそれ以上で、そんな二人の魔力を足したのだから、それは最強に決まっている。
ここで魔物を倒す。物語を排除する。
「俺たちは主人公でもヒロインでもない。劇的なことは一つもいらない。俺たちは物語にはならない。英雄にもならない。誰かを楽しませるためにいるんじゃない。俺たちが楽しむ側だ!」
「秋斗くん。ただ普通の日常を、ずっと二人で過ごそう。あらゆる手段で無限に生きよう」
「もちろん!」
炎の中から、植物の塊が姿を覗かせる。
顔などないのに、俺たちを睨んでいるような気がした。
原作ではラスボスのような扱いだった植物の魔物は、刃から放たれた黒と白の波動に飲み込まれ、周りの森ごと、欠片も残さず消滅した。
そして俺たちはエミリエ村に帰る。
疲れ果てていたので、冒険者ギルドに報告もせず、宿に直行だ。
「……とはいえ、別々の部屋にすべきだったんじゃないかな?」
「ヤダー! せっかく会えたのに!」
「……せめてベッドが二つある部屋にすべきだったんじゃないかな?」
「ヤダー! 朝まで秋斗くんをギュッてして寝るの!」
「甘えん坊か」
「そうだけど! 別にいいでしょ。一緒に寝るの初めてじゃないし」
「あれは……俺の病室の窓から見える花火大会を二人で見てたら、水羽が寝ちゃって、そのまま朝になったからで……不可抗力ってやつだよ」
「今も不可抗力だから。私は秋斗くんをギュッてしたい欲に抗えないの。無理に引き剥がしたら……私、泣くから。小さい子供みたいにびーびー泣くから。それでもいいの!?」
「どういう脅しだよ。泣く子には敵わないな。俺の負けだ」
「やったー。えへへ、朝まで秋斗くんと一緒だぁ」
ベッドは割と広々としてるのに、水羽は俺にしがみついて離れない。
水羽はニコニコとしている。けれど俺は緊張していた。
花火を一緒に見たあの日より、俺たちは大人になった。男女が同じ布団で一夜を明かすことの意味を前よりも理解している。
「水羽……」
返事がない。
「ねえ水羽……」
「すやぁ」
え。
「水羽、もしかして、寝てる……?」
「すやすやぁ」
すやすやしてやがる。
こいつ、マジで俺をギュッてして寝たいだけだったのか!
ああ、そうだよ。水羽はこういう奴だったよ。
緊張して損した。
「水羽。百年戦い続けても、俺の知ってる水羽のままでいてくれてありがとう。おやすみ」
俺も目を閉じる。
明日、目を覚ましたとき隣に水羽がいると思うと、幸せでどうにかなりそうだった。
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