第9話 絶対に耐えられる

 吠えたミズハに触手が殺到する。

 瞬間。

 俺は弾けるように動いた。

 闇の矢をいくつも同時発射。触手の全てを撃ち抜く。

 すると魔物は自分自身を動かし、ミズハを押しつぶそうとした。

 だが俺はすでにミズハと魔物のあいだに立ち塞がっている。


「亡者共。仕事の時間だ。化物同士で喰らい合え」


 俺はこの一年、盗賊団を見つけては拷問してから殺して、悪霊回収を続けてきた。

 集めた総数、百体以上。

 それを全て骸骨として具現化し、魔物へと殺到させた。

 魔物は触手で骸骨を掴み、体内へ取り込もうとする。が、骸骨はそれを食いちぎる。取り込まれても内側から突き破って暴れ続ける。


「やらせた俺が言うのもなんだけど、おぞましい光景だな。もういい。自爆しろ」


 骸骨たちは、魔物の外と内で一斉に爆発する。

 魔物は全身を炎に包まれ、虫とも獣ともつかない悲鳴を上げた。

 骸骨を構成していた悪霊は、ちゃんと俺に返ってくる。具現化するたびに俺の魔力を消費するけど、何度でも自爆してくれる優れた兵士たちだ。


「間一髪だったね、水羽。それ以上の力を使ったら、その体にますます呪いが貯まって、俺でも浄化が難しくなったかもしれない」


「え。君は……もしかして……アキト? でも挿絵のデザインより小さい……っていうか、まだ私たちが会うときじゃないし……」


「俺は原作者から直接オススメされて本を読んでるんだ。ここでミズハが戦うって知っている。わざわざ原作通りにあと三年待つ必要がどこにあるのさ」


 俺は振り返って水羽を見る。驚きすぎて腰が抜けたのか、地面に座り込んでいた。


「本当に秋斗くん……? 秋斗くんなのね? 秋斗くん秋斗くん秋斗くん! やっぱり秋斗くんはアキトに転生してたんだ!」


 水羽はバネで弾かれたような勢いで俺に抱きついてきた。


「こらこら。まだ魔物は生きてるのに……久しぶり、水羽。俺も会いたかった……!」


 俺は小言を呟きながらも、抱きしめ返した。

 お互い、姿形は変わってしまった。

 けれど、これは水羽の抱きしめかただ。力の入れかたですぐに分かる。


「秋斗くんだ……へへへ、久しぶりの秋斗くんのぎゅーだ。ぎゅぅぅぅ」


 水羽は俺の体を堪能してから、一歩二歩と後ろに下がって、こちらの全身を眺める。


「背を追い抜くとか言ってたのに、前より身長差、広がっちゃったね。ちっちゃくなっちゃったね」


「……そういう水羽は、随分と大人っぽい体になったね。前は歳の割に子供だったのに。自分と同じ名前のキャラクターをそういうデザインにするなんて、願望が溢れ出しすぎだと思う」


「こ、これはイラストレーターさんがデザインしたんだし……!」


「でも水羽が原作者なんだから、水羽が指定したんじゃないの?」


「それは……まあ……いいじゃん! アキトだってイケメンデザインなんだから! 今はまだイケメンになるまえの可愛い男の子だけど……ああ、可愛い! むぎゅぅぅぅ」


 水羽はまた俺を抱きしめてきた。

 かつての病室でここまでくっつかれたら、俺は文句を並べていただろう。

 けれど今は、されるがままになろう。

 俺の体感時間で水羽と会えなかったのは、せいぜい二年足らずだ。水羽は桁が二つ違う。彼女はそれに耐えた。なぜ? 俺にまた会えると信じていたからだ!

 だから好きなだけ甘えさせてあげたい。俺だって甘えたい。

 だが、その前にやるべきことをやらないと。


「ねえ水羽。さっきの骸骨はさ、闇魔法で作ったんだよ。俺、闇魔法が凄く上手になったよ。病室で適当に作った裏設定、ちゃんとこの世界に反映されてた。だから、あのとき言ったように、呪いなんて全部吹っ飛ばすよ。俺は主人公に都合のいいことだけが起きるご都合主義が好きなんだ」


 百年の戦いで彼女の体内に蓄積された、おびただしい呪い。

 それを祓うための浄化魔法は、もう二度とできないような過去最高の完成度で発動した。

 俺は自分の技に驚かない。だって俺の全ては、この瞬間のために培ってきたのだから。


「体が軽くなっていく……秋斗くんはやっぱり凄いね。秋斗くんなら絶対に私を助けてくれるって信じてたよ! ありがとう、秋斗くん!」


「水羽こそありがとう。百年かけてこの場所に辿り着いてくれて、ありがとう」


 水羽が途中で諦めていたら。

 俺はここで一人、立ち尽くしていた。


「だって秋斗くんに会えるんだよ。秋斗くんに会える可能性が1%でもあったら諦めたりしないよ。秋斗くんが逆の立場でも絶対にそうしたから」


「うん。確かに」


 実際のところは、分からない。

 俺がいきなり百年前に飛ばされて、百年戦い続けなければミズハに会えず、しかもミズハの中に水羽が入っているという確証がなかったら。途中で心が折れていたかもしれない。

 だけど「絶対」と迷いなく言ってくれた水羽の笑顔を見た今なら、絶対に耐えられる。

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