第8話 奇跡の重ねがけ
俺はミズハが生まれたエミリエ村に向かう。
真聖教団からの支援によって、そこは村と呼ぶには大きすぎる規模に成長しているが、いまだ名前はエミリエ村である。
聖女を引退したミズハはここにいるはずなのだ。
原作では三年後、余命を宣告されて自暴自棄になったアキトが王都を飛び出して、ふらふらとエミリエ村に辿り着いてミズハと出会う。が、俺は原作の流れを無視して来てしまった。
まずエミリエ村の冒険者ギルドに行って情報収集。
ここはガキの来るところじゃねぇぜ、と絡んできた男がいたので闇の触手で縛り上げてやったら、みんな素直に質問に答えてくれるようになった。
やっぱり舐められないよう、ある程度の力を見せておくのは大事だよね。
まず、この村の近くで大型の魔物は長いあいだ、確認されていない。
けれどミズハという女冒険者が最近、この村で活動するようになったという。
ミズハは結構アホの子なので、正体を隠したがってるくせに偽名を使うことを思いつかないのだ。
「で、そのミズハは今日は来てないの?」
「ミズハならモンスター討伐に出かけたよ。とあるパーティーに体験入団だ。互いの相性がよかったら、そのまま入団するって話だったぜ」
マズい。
物語のターニングポイントに近いじゃないか。
俺は地図を書いてもらい、ミズハたちが向かったところへ急ぐ。
森の中を走っていると、向こう側からも誰かが走ってきた。
「お、おい君! この先には絶対に行くな! とんでもなく巨大な魔物がいるんだ! 城みたいに大きい!」
「仲間が足止めしてくれているの……私たちは村に応援を呼びに行く! 君も一緒に行きましょう!」
という冒険者たちの声を無視して、俺は突き進む。
そして魔物と遭遇する。城のような、というのは大げさだけど、三階建ての家くらいはありそうだ。
ありとあらゆる種類の草花をこねくり回して固めたような、植物の化物。
そいつが緑色の触手を無数に伸ばして、周囲の木々をへし折り、掴んで、槍のように投擲した。
魔物の狙いは、一人の女性だ。
水色の長い髪。それを覆う黒いベール。同色のワンピース。どう見ても神職の類い。
小説の挿絵でも思ったけど、聖女という正体を本当に隠すつもりがあるのか、と首を傾げたくなる。
原作でアキトもツッコミを入れてたな。それに対するミズハの返答は「百年これだったから、これじゃないと落ち着かないんです」だ。
そんな天然のミズハは、投げつけられた木々を華麗に避け、たまに蹴飛ばして跳ね返す。
凄い身体能力だ。
王都にもあれほど動ける冒険者はいないだろう。
そしてミズハは、なにもないはずの空間から剣を取り出した。
両手に二本。それから空中に四本。
空中に浮かんだ四本は勢いよく発射され、植物の触手を切り裂きながらダンスを踊る。
そのダンスの輪にミズハ自身も混ざり、弧を描くように左右の剣を振り回し、魔物本体へと進撃していく。
初代聖女ミズハ。別名、剣の聖女。
その名の通り、彼女は魔力で剣を具現化し、自在に操る能力を持つ。
ただ剣を出し入れできるだけなら地味だけど、ご覧の通りミサイルの如く飛び、凄まじい速度で複雑な動きをする。しかも切れ味抜群。地球の飛行機でも撃ち落とせそうだ。
「こんなところで負けてられないのよ! 私はあと三年、絶対に生きるんだから!」
はて?
ミズハの口調が原作と違う。彼女は独り言さえ敬語のはずだ。
それに三年とはなんのことだ。彼女は三年後にアキトと出会うが、そんな未来の知識を知っているはずがない。
俺のように原作を読んでいるならともかく。
「まさか、そんな、だって、奇跡の重ねがけみたいなこと、現実に」
そうだったらいいと、ずっと思っていた。
けれど違ったら耐えられる気がしないから、考えないようにしてきた。
なのに、ふとした拍子に妄想して、頭から振り払おうとして。
そんな俺にとって都合の良すぎることが、現実に起きたというのか?
「私はそのために百年耐えてきたの……ずっと原作通りにしてきた……あともう少しなの……秋斗くんに会うまで、死んでたまるかぁっ!」
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