第7話 聖女を探せ

 月日は流れ、俺は十一歳になった。

 世間では、とある噂が流れていた。


 初代聖女ミズハの寿命がついに近づき、真聖教団は彼女の引退を許可。ミズハは素性を隠し、一般人として暮らしているという。


 真聖教団は、この世界で最大の宗教団体だ。

 聖女は、その真聖教団が百年ほど前に開発した兵器である。


 適合する人間を改造し、魔力や膂力、反射神経など様々な能力を超人化。どういうわけか若い女性しか適合しないことから聖女と呼称された。

 その主な任務は、通常の戦力では対処困難な魔物の討伐。稀に、真聖教団に敵対する組織の討伐も行う。


 真聖教団が掲げる正義を体現する存在であり、逆に言えば、その正義から外れた者にとっては怨敵である。

 とはいえ、真聖教団が世界秩序の維持に努めてきたのは事実で、大抵の者はその正義を疑っていない。


 聖女がその小柄な体で城のように巨大な魔物を倒す姿は、どんな宗教画よりも神々しいという。

 真聖教団に頼めば、かなり簡単に聖女を派遣してくれるので、その戦いを目撃する者は多い。

 それによって信者の信仰心は増していく。聖女の開発に成功してから寄付金の額は増大し、真聖教団は兵力も資金力も膨張し続けているらしい。


 ミズハは、百年前に作られた、初代聖女である。

 当時、彼女はどこにでもいる十五歳の村娘だった。

 そこに真聖教団の技術者がやってきて、村人たちに適合テストを行い、ミズハが選ばれた。

 実験に参加すれば、村に食糧支援を行う。村に修道騎士を派兵して魔物から守る。そう条件を出されたミズハは頷いてしまう。


 実験は成功。

 ミズハ以前にいた被験者と違い、ミズハは死ななかった。超人的な戦闘力を獲得し、魔物を簡単に斬り裂いた。

 ミズハのデータをもとに更なる改良を加え、聖女は量産されていく。


 聖女は老化しない。

 真聖教団によるメンテナンスさえ受けていれば、永遠に生きていられる。

 ミズハのあとに作られた聖女たちは、その仕様通りの性能だった。戦闘中に致命的なダメージを受けない限り、何度でも修理され、また戦場に送られる。


 ミズハだけは違う。

 何度目かの戦いのあと、メンテナンスでは取り除けないダメージが蓄積されているのが確認された。

 ミズハは最初に作られたのに最強と呼ばれた。どんな過酷な戦いからも生還した。敵の攻撃はほとんど喰らわない。圧勝して帰ってくる。

 なのにダメージが蓄積されていく。

 それはミズハ自身の魔力がミズハを破壊していたのだ。


 成長も老化も止まって、ほかの人々とは別の時間を過ごさなければならない。次から次へと現れる敵。定期的なメンテナンスを受けなければ機能停止する体。もはや自分は人間ではないのだと実感する日々。

 それら負の感情が、ミズハの強大な魔力と交ざって、呪いを発生させたのだ。

 その呪いはメンテナンスで完全に除去することはできない。少しずつ蓄積されていく。


 二人目以降の聖女は、その問題点を解決した。呪いが発生するのを前提に考え、定期メンテナンスで完全除去できるように改良された。

 ミズハは違う。

 戦って戦って、どの聖女よりも長く戦い続け。そして百年が経った頃、限界が来た。あまりにも呪いが貯まりすぎて、聖女としての性能を発揮できなくなった。ほかの聖女の足を引っ張るようになった。


 そこで廃棄処分ではなく引退を許された辺り、真聖教団が慈悲らしきものを有する組織なのは分かる。

 百年も戦い続けてお疲れさま。もう長く生きられないけど、残りの時間で失った青春を取り戻して――と、そういうわけだ。


 そうしてミズハは聖女に改造された十五歳の姿のまま、自由の身になった。

 もちろん両親や友人はもう誰一人として生きていない。

 ずっと戦いの連続だったから、人間らしい生活がどんなものか忘れてしまった。


 それでも。引退したあと大人しくしていれば、十年程度は生きられる予定だったという。

 ミズハは戦い以外を知らない。かつては知っていたとしても百年のあいだに忘れてしまった。

 だから冒険者にでもなって、手頃な魔物を倒して小銭を稼いで暮らそうと思った。聖女としての力が劣化していても、まだまだ、そこらの戦士よりはずっと強い。謎の凄腕女冒険者として余生を送ろう。

 そういうつもりだったのに。

 冒険者になってすぐ、巨大で強力な魔物と遭遇してしまった。いつもならそこにいるはずのない魔物であった。


 間の悪いことに、ミズハはほかの冒険者と一緒だった。対等な友達が欲しくて、パーティーに混ぜてもらっていたのだ。

 自分一人なら逃げるという選択もあった。けれどミズハはみんなを見捨てられなかった。

 それに、その魔物を放置すれば、町にまで被害を及ぼすかもしれない。

 ミズハはずっと世界を守ってきた。それは真聖教団の命令だったけれど、世界が平和であればいいというのはミズハ自身の願いでもあったのだ。

 それが砕けるのを指をくわえて見ているなんて、彼女にはできなかった。


 だからミズハは、もう使ってはいけない聖女の力を使って魔物を倒した。

 結果、寿命を更に縮めてしまった。

 おまけに、その強さ、戦闘方法から、引退した初代聖女であるとバレてしまう。

 ミズハは周囲の人間から尊敬を集めた。英雄視された。それはつまり対等な友達を作るのが、とても難しくなったということだ。

 ミズハがアキトという奇妙な少年と出会うまで、そこから三年を要する――。


 というのは水羽が書いた原作の話だ。

 この世界のミズハは引退したばかりで、まだ冒険者になっていないし、大型の魔物とも遭遇していない。


 それにしても、こうして改めて思い出すと、ミズハの人生は過酷すぎる。

 水羽が転生してミズハになったとして、同じ人生を歩めるだろうか?

 きっと無理だ。

 水羽は気が強そうに見えて、虫も殺せない性格。

 ミズハの中身が水羽だったら、聖女としての役目を完遂できない。

 俺が転生してきたこの世界のミズハは、聖女として百年戦いきった。だからきっと、その中身は水羽ではないのだろう。


「けれど。まあ助けに行くか。必死に戦ってきた人がまともな余生を送れないのは悲惨だし。万が一ってことも……あるからね」

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