第6話 実家にざまぁした

 間違いない。アシュクロフト家の屋敷とあの沼のあいだに、魔力の線が走っている。

 くそ。ここで毎日のように商売をしていたのに、まるで気づけなかった。悔しい。

 なにせ魔力の流れは巧妙に隠されている。

 あの沼から逆探知してきたから分かったのだ。ずっと王都だけを調べていたら、永久に見つけられなかっただろう。


 俺は魔法師ギルドに行く。

 そして呪いの沼と、そことアシュクロフト家が繋がっていることを報告した。

 今まで成果を上げられなかった魔法師ギルドだけど、ヒントを得てからは動きが素早かった。

 俺と同じように沼から逆探知して、アシュクロフト家の屋敷になにかがあるのを再検証する。

 国の衛兵と一緒に、屋敷に突入。

 その結果、地下室で拷問が行われた跡を発見する。


 俺の父と母は、さらってきた浮浪者をここで生きたまま解体して呪いを作っていたのだ。

 屋敷が呪いの発生源になったらすぐに犯人とバレてしまうので、遠く離れた沼に地脈を使って送信。

 王都近辺で呪いの被害を増やし、それを光魔法で浄化して儲けるという、酷いマッチポンプを行っていたのだ。

 衛兵は俺の両親を逮捕しようとし、抵抗されたのでその場で殺害。

 証拠として屋敷そのものが押収され、生き残った兄は天涯孤独のホームレスになってしまった。


 事の顛末をエイマーズ伯爵から聞いた俺は、ちょっと恥ずかしくなった。

 自分が住んでいた家でそんな闇属性の犯罪が行われていたのに、まるで気づけなかったとは情けない。

 でも仕方ないじゃないか。地下室の存在自体を知らなかったし、外からの探知を阻害する魔法がかけられていたらしいし。沼との繋がりは地中を通してだし。

 くそ。悔しい。


「おい、アキトぉぉっ!」


 魔法師ギルドからの帰り道。

 人気のない道で呼び止められたので振り返ると、目を血走らせた兄がいた。


「やあ、兄さん。久しぶり。元気だった?」


「ふざけるなぁっ! お前のせいで父さんと母さんが……お前が殺したんだっ!」


「違うけど。殺したのは衛兵でしょ。それも逮捕に抵抗したせいで殺されたんだから、自殺みたいなものでしょ」


「違う! お前が密告なんかしなきゃ、家族みんなで平和に暮らせたんだ!」


「その家族みんなの中に、俺は入ってないし」


「当たり前だ! 光魔法の才能がない奴がアシュクロフト家の一員になれるわけないだろ!」


「光魔法に大層な誇りを持ってるみたいだけど。地下室で拷問して呪いを作るってのは闇属性の魔法だろ。俺が闇属性を使ったからって追放したのに、裏であんなことをしてるなんてメチャクチャな話だ」


「黙れ! アシュクロフト家を繁栄させ、光魔法の才能を未来に残すには、多少の犠牲は必要なんだ!」


「その言い方だと、兄さんも地下室のことを知っていたわけか」


「当然だ。僕は後継者だ。お前なんかとは違う!」


 ふーん。

 それじゃあ、こいつも犯罪者だな。


「父さんと母さんの仇め……お前がアシュクロフト家を壊したんだ……死んで償えぇぇぇっ!」


 兄は光の矢を連射してきた。

 闇で飲み込んで消滅させる。


 さて。

 こいつは両親の犯罪を知っていて、むしろ加担していた節がある。そして今、俺を殺そうとした。

 そんな奴を生かしておく理由はないね。

 ムカつくし。正当防衛だし。


「くそ! お前なんかに負けてたまるかっ!」


 兄は光の剣を作って、俺に向かってきた。

 俺はその足下に闇を広げた。


「な、なんだ!?」


 兄の片足が闇にズブリと沈む。

 慌てて引き抜こうとしているようだけど、その程度の力じゃ絶対に無理だ。

 そして闇の中から黒い触手が伸び、兄の体に巻き付く。


「僕を引きずり込んで殺そうってのか……!」


「いいや。絞め殺してから引きずり込むのさ」


「ぎ、ぎゃっ! あぎ、べっ、たす、けっ! ごびゃっ!」


 触手は兄を圧縮する。

 骨が砕ける音。肉がちぎれる音。

 血がしたたり落ちるけど、地面ではなく闇に落ちるから痕跡は残らない。

 兄の死体は随分と小さくなってしまった。それと一緒に触手は闇の中に沈み、その闇は俺の意思で消えてしまう。

 跡形もないとはこのことだ。兄は消えた。あの闇がどこに繋がっているか俺も知らない。荷物を入れて自在に出し入れできるような便利なものではなく、一方通行のゲートだ。おそらく人が物理的にたどり着けるような場所ではない気がする。


「これで家族は全滅か。なんか清々した」


 開放感が俺の全身を駆け巡る。

 俺ってアシュクロフト家が本当に嫌いだったんだなぁ。


「許さない……殺してやる……」


「ん? 兄の声だ……そうか、恨みと苦痛の中で死んだから、呪いを残したんだな」


 目の前を、握り拳サイズの黒い塊が飛んでいる。死にたてホヤホヤなので、兄の意思が残っているのだ。

 意思を宿した呪い。いわゆる悪霊というやつ。

 これが強固な精神力の持ち主なら悪霊としてずっと残り続けるけど、こいつは程なくしてただの呪いになるだろう。


「ただの呪いは沢山吸収してきたけど、悪霊を吸収したらどうなるんだろう?」


 気になったのでやってみる。

 今まで通りにできたけど、今までとは少し違う感覚がある。

 なので図書館で調べることにした。


 ふむふむ。

 吸収した悪霊は、ただ自分の魔力として使えるだけじゃないのか。具現化して下僕として操る魔法があるらしい。

 俺は閉館時間までその本を熟読。

 そして宿に戻って試してみる。


「お、出てきた出てきた」


 兄の悪霊。

 けれど俺が具現化したそれに、兄の面影はなかった。

 外見は、黒い骸骨。

 いや、よかった。兄の顔とかもう見たくないからな。骨の姿なら不快にならずに済む。

 まずは俺の意思で悪霊の手足を動かし、部屋の中を歩かせてみる。

 次に言葉での命令。


「お前は俺の下僕だ。ほら、踊って俺を楽しませてみろ」


 命令すれば俺が細かく操らなくても、霊の生前の記憶を使って、勝手に動くはず。


「あはは。変な踊り。兄さんって踊るの下手くそなんだなぁ」


 それから物を持ち上げさせたり。殴ってバラバラにしたり。バラバラの状態から再生させたり。

 一通り実験が終わったので、俺は骸骨の具現化を解除する。


「悪党を拷問してから殺せば、持ち霊を増やせるわけだ。世の中から悪党が減るし、俺は強くなれるし、一石二鳥だ。明日は冒険者ギルドに行って、盗賊団とかの情報を探してみよう」


 やるべき目標を見つけて、一つずつ達成していく。

 まるで水羽の小説の『やりたいことリスト』みたいだ。

 目標があると日常に張り合いが出てくる。俺はベッドに横になり、とても充実した気持ちで目を閉じた。

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