第4話 闇魔法で人助け
とある日の昼下がり。
俺は実家の近くで待機していた。
アシュクロフト家は光魔法の第一人者として、王都で有名だ。
色々な人がその力を頼ろうとして訪れる。
けれど古道具屋のオジサンが言っていたように、料金は高い。
最初から庶民を相手にするつもりがないのだ。
病気になった人や呪いに困っている人がワラにもすがる思いでアシュクロフト家に来て追い返されるのを、俺は何度も見た。
ゆえにここで待っていれば、強い呪いに巡り会えるというわけだ。
「そこの人。アシュクロフト家の屋敷から出てきましたね。随分とガッカリした様子ですが。貧乏人の来るところじゃないとでも言われましたか?」
「ああ、よく分かったな……」
「病気ですか? 怪我ですか? それとも呪い?」
「呪いだよ。一ヶ月ほど前から体がダルくてな。医者に診てもらったら、病気じゃなく呪いだって言われた。それで教会に行ったんだが、神父様もお手上げだとよ。魔法医師を紹介されたけど、そこも駄目。で、最後にここに来てみたんだが……馬鹿みたいな料金を請求されたよ。俺は大人しく、あと一年で死ぬしかないらしい」
アシュクロフト家から出てきたその人は、自嘲しながら肩を落とした。
「呪いですか。それは丁度よかった。実は俺、呪い浄化屋を始めたところなんです。どうですか。今ならオープン記念で……そうですね、このくらいでどうです?」
「おいおい。安すぎるだろ。道ばたで呪い浄化って……靴磨きじゃないんだから」
「信用できないでしょうね。分かります。けれど気休めだと思って」
「まあ小銭を失うだけだしな。どうせ死ぬんだ。物乞いの小僧に小遣いをやると思えば惜しくないか」
誰が物乞いか。
冒険者稼業が順調だから、そこそこ金を持ってるんだぞ。
さて。
呪われた人間の浄化に初挑戦だ。
失敗しても文句は言われないだろうけど、この人の命がかかっている。どうせなら成功してやりたい。
ナイフのときよりも集中。呪いを認識。摘出。吸収!
「おお? おおっ!? なんか体が軽くなった! こんな一瞬で浄化できるものなのか!?」
「一応、教会とかに行って、本当に呪いを祓えているか確認してください」
「ああ! 本当にありがとう! 君は命の恩人だ! これ、少ないけど受け取ってくれ!」
彼は俺が提示した金額の十倍を置いて、軽やかな足取りで去って行った。
俺はその日から毎日のように、似たようなことを続けた。
すると噂が噂を呼んで、アシュクロフト家の門を叩かずに最初から俺に浄化を頼む人が増えてきた。
俺が言った額より多く払ってくれる人が多い。
みんな暗い顔で来て、帰るときは笑顔。
別に人助けのために始めたことじゃない。浄化の練習であり、魔力強化のためだ。それでも恨まれるよりは感謝されたほうが気持ちがいいね。
「おい、アキト、いい加減にしろ!」
俺がいつものように靴磨きのごとく店を開いていたら、兄が屋敷から出てきて、怒鳴り散らしてきた。
何事かと往来の人々の注目が集まる。
「いい加減にしろってなにが? 二度と帰ってくるなとは言われてるけど、ここは公共の道路だ。アシュクロフト家の敷地に入ってないから、言いつけは守っているよ」
「ふざけるな! こんな場所で呪いを浄化する商売を始めやがって……営業妨害だ!」
「違うよ。ただの価格競争だ。悔しいなら、俺より安くするとか、俺より素早く浄化できるようになるとか、やりようは色々あるだろ」
「そ、そんなことできるわけがない!」
「へえ。俺を散々クズだとか家の恥だとか言ってたのに、俺より上手にできないんだ。ふーん」
「だ、黙れ!」
俺と兄が言い争っていると、小綺麗な馬車が停まり、身なりのいい四十歳くらいの紳士が降りてきた。
「君が浄化の天才少年かね。この杖を浄化してくれないかな? かつてアシュクロフト家の当主でさえ諦めた、強力な呪いだ」
彼が差し出した杖は、何枚もの呪符で覆われている。
危険なものが封印されているのだと、魔法の知識がなくても一目で察するような外見だった。
「エイマーズ伯爵!? その杖は以前、父に依頼したもの……こんな奴に浄化できるわけありません!」
「やってみなければ分からないだろう。なにせこの少年は、君やお父上よりも、圧倒的に早く呪いを浄化する。私は数日前、それをこの目で見た。だからこうして依頼に来たのだ。やってくれるかね?」
紳士は俺に目を向ける。
「やりましょう」
数はこなしたけど、ずっと小粒な呪いばかりだった。そろそろ大物にチャレンジしたいと思っていたところなので丁度いい。
兄はまだ横でゴチャゴチャ言っているが、俺はそれを無視して杖を受け取る。そして呪符を一気に引き剥がした。
その瞬間、呪いが黒いオーラ状に広がった。
見物していた人たちから悲鳴が上がる。魔法の心得がなくても視認できるほど強い呪いなのだ。
「集まれ」
俺は短く命令する。すると広がっていた呪いが、また杖の中に戻っていった。
それから俺は改めて、呪いを取り除く作業を始める。
やり方はいつもと同じ。
ただし呪いの量が段違い。
気を抜けば俺の体を侵食してきそうだ。
それでも少しずつやれば、ほら。
呪いはスイカほどの塊になって、杖から分離して宙に浮いた。
俺はそれを手のひらから吸収。
ぬおっ!
覚悟していたけど、魔力の跳ね上がり方が凄まじい。
俺は深呼吸して、漏れそうになった魔力を抑え込む。
「……浄化、完了です」
「す、素晴らしい! 確かに呪いが消えている……アシュクロフト家の当主は、三日もかけたあげく、無理だと突き返してきたのにな。申し遅れたが、私はテレンス・エイマーズ伯爵。王都の魔法師ギルドの会長をしている」
魔法師ギルドというのは『魔法技術の発展、魔法師の育成と保護、それらをもって秩序の維持に貢献すること』を目的とした組織だ。前に図書館で読んだ本にそう書いてあった。
ギルドに所属している魔法師同士で情報や道具を交換し合ったり、弟子を取ったりと、社交の場として機能しているようだ。
魔法師個人ではどうにもならないことでも、魔法師ギルドが組織として動くことで、国家が相手でも対等な話し合いの場を作れるという。
つまり凄い組織で、その会長をしているエイマーズ伯爵は凄い人なのだ。
「俺はアキト。姓はありません」
「知っているよ。アシュクロフト家の次男だったのに追放されたのだろう? こんな天才を追放するとは、やれやれ。アシュクロフト家では、アキトよりも凄い才能でなければ認めてもらえないということかな?」
「そ、その通りですよ伯爵!」
と兄が鼻息荒く答えた。
「では、なぜ私の杖を浄化できなかったのかね?」
兄はなにも答えられなかった。
「かつてアシュクロフト家は確かに素晴らしかった。しかし今はかつての輝きを失っている。そこを追放されたのは、君にとってむしろ喜ばしいことかもしれんな、アキト。君の才能は稀だ。比肩するものがないと言ってもいい。その才能をこれからも伸ばして欲しい。杖を浄化してくれた謝礼は、これでいいかな?」
エイマーズ伯爵は、宝石をあしらった高価なそうなペンダントを俺の手のひらに置いた。
「ええ、結構です。ありがとうございます」
「そうか。いつでも気軽に魔法師ギルドに遊びに来てくれたまえ。歓迎しよう」
そしてエイマーズ伯爵は、また馬車に乗って去って行った。
「そ、そのペンダントは!
兄はエイマーズ伯爵の馬車を追いかけて走り出し、けれど追いつけず、みっともなく転んで、通行人たちを笑顔にした。
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