第2話 小説の世界に転生してしまった
自分が水羽が書いた小説の主人公になっていると気づいたのは、十歳になってからだった。
異世界転生というのは、赤ん坊の頃から前世の記憶を持っているパターンと、ある日突然思い出すパターンがあるけど、俺は後者だったわけだ。
アキト・アシュクロフト。
それが今の俺の名前だけど、おそらく近いうちにアシュクロフトという姓を原作通りに捨てる羽目になる。
この家は、光属性魔法の家系だ。
人々の怪我や病気を治したり、呪いを祓ったりして富を築いてきた。
俺にはその才能が全くない。あまりにも不出来で使用人からも軽んじられている。
いわゆる家の恥というやつだ。
確か、原作のアキトが余命を宣告されるのは十四歳。その一年後に死ぬ。
つまり俺が死ぬまで五年しかない。
それまでに俺は呪いをなんとかする方法を見つけないと。
死は誰にでも平等に訪れると言うけど、俺はすでに一度死んでいる。あんな恐ろしい体験を二度もしなきゃいけないなんて不平等だろう。俺は二度と死にたくない。
だから呪いを祓う技を身につけたいが、原作通り、俺には光魔法の才能がないのだ。真っ当な方法ではどうにもならない。
だから闇魔法を覚える。
アキトが闇魔法の天才というのも、それで呪いをどうにかできるというのも、原作者公認の裏設定だ。
ならそれを頑張ればいいのだ。
というわけで俺は魔法書を読むため、実家の図書室に入ろうとしたのだが、五歳年上の兄に見つかって叱られてしまった。
「おいアキト! お前みたいなクズが、アシュクロフト家の蔵書に触れるなんて許されるわけないだろう! 光魔法の才能がないお前は、木の棒を振り回して剣士の真似事でもしたほうがいいんじゃないか? もうすぐこの家を追い出されるんだからな。身寄りのない子供にできる仕事なんて、冒険者くらいだぞ。あっはっは!」
ムカつく兄だ。
原作だとアキトの実家の詳細な描写はない。ただ幼少期に追い出されたこと。呪いの治療を頼んだのに断られたことだけが書かれてあった。
それだけでもクソな実家と分かるけど、想像以上にアキトは虐げられていた。
まあ、家の本を読むなと言うなら仕方がない。
ここは王都だ。立派な図書館がある。この国は魔法師の育成に力を入れているので、図書館には無料で読める魔法の入門書が並んでいるのだ。
「ふむふむ。どの属性の魔法でも、まずは魔力を鍛えるのが重要か。魔力を鍛えるには、魔力が空になるまで放出。それから休息して魔力を回復。あと瞑想も重要、か。これなら施設とか器具とかなくてもできるな。早速、今日から始めよう」
それにしても、実家の両親はこんな基礎さえ俺に教えてくれなかった。
魔力を鍛えるという基礎の前に、いきなり光魔法を覚えさせようとして、才能がないと嘆いたのだ。
俺に才能がないのは事実だけど、教える側にもかなりの問題がある。
アシュクロフト家のご先祖様は偉大だったかもしれないけど、物語の本筋とは無関係に衰退していくのではないだろうか。
俺は数日間、部屋で魔法の練習を続けた。
その成果を確かめる絶好の機会が向こうからやって来た。
「おいアキト。お前、最近部屋にこもってばっかりだな! 兄として、ちょっと鍛え直してやるよ。庭に出ろ。うひひ」
兄はいやらしい笑みを浮かべて俺を呼ぶ。
そして庭に行くと、両親や使用人たちが待ち構えていた。
どうやら兄は、大勢の前で俺をボコって楽しむつもりらしい。
才能ある者が、なき者をいじめるなんて、普通なら品性を疑われる。
ところがこの家では、むしろ美徳になるらしい。
観戦者たちは、俺がボコられるのが待ち遠しいという表情をしていた。
「アキト。今はまだ一応、お前もこの家の人間だからな。怪我をしても、土下座したら治してやるぞ。ああ、けれど即死したら俺や父さんでも治せないなぁ。訓練中の事故なら、殺しちゃっても殺人にはならないよね、父さん、母さん」
「こらこら。そういうことを口にしたら殺意があったと見なされるじゃないか。衛兵の事情聴取が面倒だから、殺してはいけないよ。アキトはもうすぐ追い出す。あずかり知らぬところで野垂れ死んでくれるのが理想なのだから」
「うふふ。けれど、どうしても殺したいってなら殺っちゃいなさい。大丈夫。お父さんがもみ消してくれるわ」
血の繋がった息子に対して、この両親はなんてことを言うのだろうか。
そっちがその気なら、俺だって遠慮はしないぞ。
「僕は努力と才能を兼ね備えた天才だ! お前みたいに毎日ぐーたらしてるクズとは違うってのを教えてやるよ!」
兄は光の球を作り出した。
光属性の魔力の塊。幽霊のように実体がない相手にもダメージを与えられるし、物理的な打撃力もそこらの石よりずっと強いという魔法だ。
「くらえ!」
兄は光球を俺に投げつける。
「この程度の光、簡単に飲み込める」
俺は鍛えてきた魔力を闇に変換して手のひらから出した。
闇は俺の眼前に壁を作り、兄の光球を飲み込んでしまう。
「な、なんだ……? 僕の魔法が……消滅しただと……!?」
「光と闇は、力が同じなら対消滅する。けれど兄さんの光は、俺の闇に飲み込まれるだけだった。つまり、それだけ弱いってことだね」
「僕が弱いだと! ふざけるなぁぁぁっ!」
今度は光の矢が飛んできた。
貫通力に優れた魔法だ。命中すれば人体くらい簡単に貫く。つまり殺傷力がある技だ。
怒りのあまり、本当に弟を殺すつもりになったらしい。
「ふぅん……」
さっきと同じように俺は闇で光を消してしまう。
それから闇を変形させ、触手のように伸ばして、兄の頭に絡みつかせた。
「な、なんだこれ……変な景色が見え……うわああああ化物だぁぁぁぁっ!」
兄は触手を化物と言っているのではない。
俺が触手を通して、悪夢を見せる魔法をかけているのだ。兄がどんな悪夢を見ているのかは知らないけれど、彼が恐ろしいと感じるものが視界全体に広がっているはず。
やがて兄は口から泡を吹き、股間から失禁して気絶してしまった。
俺は闇の触手を消し、兄の体を解放する。
使用人たちは醜態を晒した兄を見て、プッと吹き出した。
両親は大慌てで駆け寄って、兄を抱き起こす。
「しっかりして! ああ、完全に意識を失っているわ……よほど恐ろしいものを見せられたのだね……アキト! 実の兄にこんな酷い仕打ちをして恥ずかしくないの!?」
「その通りだ。しかも闇属性の魔法だと? ただ光魔法の才能がないばかりか、正反対の魔法を覚えるなど……アシュクロフト家の恥さらしめ! 今すぐ出て行け! 二度とアシュクロフトの姓を名乗ることは許さん!」
というわけで、俺はついに実家を追い出されてしまった。
おそらく原作だともう少し先に起きるイベントだったのだろうけど、そこはどうでもいい。
原作のアキトと違って、今の俺は無力な子供ではない。
魔力を鍛えるすべを知っているし、闇魔法の基礎もできている。
呪いを祓えるくらいの闇魔法師になって、死亡イベントを回避してやるぞ。
それと。
俺がアキトになっているんだから、水羽もミズハになって、この世界にいるかもしれない。
俺が呪いを祓えるようになれば……物語を変えられるはずだ。
もちろん、俺がここにいるのは奇跡だ。奇跡が二つも重なるなんて高望みしすぎだ。
ミズハが水羽とは限らない。
それでも、わずかでも可能性があるなら、備えなければ。
アキトは十四歳で余命を宣告され、そのあとにミズハと出会う。
けれど作中のミズハによって、その前の足取りが少しだけ語られている。
それによれば、俺がミズハと接触できる最も近いチャンスは、約一年後。
現在ミズハは、真聖教団という組織で『聖女』という役目についている。
その聖女を引退し、ようやく普通の少女になれるというところで、巨大な魔物と戦闘になり、呪いに蝕まれてしまう。
そのとき俺が呪いを祓ってしまえば。いや、そもそも魔物との戦いに乱入し、二人がかりで一気に倒してしまえば。
水羽が書いた物語は始まりもせず、誰も死なず、劇的なこともなく、ただの平和な日常が流れるのではないか。
俺はそんな日常をミズハと過ごしたい。
「一年後、か」
それまでに呪いを祓う力。巨大な魔物を倒す力を手に入れなければ。
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