光魔法の才能がないので闇魔法を極めた ~余命半年ヒロインを救ったら好感度が限界突破した。やがてハーレム状態になるけど好きなのは君だけだ~

年中麦茶太郎

第1話 小説を読む

 俺はその小説を読み終わったとき、美しい物語と思った。

 けれど、その主人公には絶対になりたくないとも思った。


 あらすじは単純。

 余命一年を宣告されて無気力になっていた少年冒険者が、余命半年なのに前向きに生きている少女冒険者と出会い、お互いに影響を与え合いながら、残りの時間を必死に生きるという物語だ。


 主人公の実家は、光魔法師の家系だ。その力で人々の怪我や病気を癒やしたり、呪いのアイテムを浄化したりして富を築いてきた。

 主人公にはその光魔法の才能がなく、幼くして家を追い出された。

 そんな過酷な状況で、冒険者としてなんとか食い扶持を稼いで生きてきた。

 が、十四歳で呪いに冒された。

 魔法医師では呪いを祓えず、余命一年と言われてしまう。

 実家の両親にすがってみたが、光魔法による治療を試みてもくれず「二度と近づくなと言っただろう!」と叩き出されてしまう。


 絶望して当然だ。

 もともと無気力だった主人公は、更に人付き合いを減らした。かつては雀の涙ほどあった野心も消え、日銭を得るだけの日々を過ごす。


 主人公はある日、ヒロインに出会う。

 彼女は主人公より年上で、同じ冒険者で、そして余命半年だった。

 自分よりずっと死に近いのに、毎日を楽しそうに生きているヒロインに主人公は興味を持つ。

 最初は、どうせ死ぬのに必死になって馬鹿みたいだと思っていた。

 けれど何度か行動を共にして、楽しかった。

 自分は今、生きているんだ。そう実感してしまった。


 ヒロインは、死ぬまでにやりたいことをまとめたノート『やりたいことリスト』を持っていた。

 そのリストを二人で一つ一つ達成していく。

 まるで普通の少年と少女がデートしているかのような毎日。


 ところが、ある日。

 二人が暮らしている町の近くに、巨大な魔物が住み着いた。大勢が殺された。

 ヒロインは主人公に「魔物と戦おう」と言い出した。


「戦って、一緒に死んでくれる?」


 太陽のように輝いて見えた彼女も、本当は死の恐怖と戦っていた。

 一歩ずつ近づいてくる死から逃れたくて、自ら死地に飛び込もうとしていた。

 無理もない。当然だ。彼女と一緒に死ねるなら、それもいい。

 主人公はそう思い、けれど、覆した。


 魔物と必死に戦って、ヒロインを励まして、力をあわせ、倒し、生き延び、町を救った。

 自分たちは死んでいる場合ではないのだ。

 やりたいことリストはまだ山のようにあるのだから。


 ずっとヒロインに元気づけられてきた主人公が、今度はヒロインに勇気を与えて、物語を動かしたのだ。

 余命を宣告される前から無気力だった主人公が、ようやく前を向いた。


 また二人で生きていこうと誓って、その数日後、ヒロインは呆気なく死んだ。

 なにも不思議なことはない。

 彼女は主人公より余命が半年短かった。ただ予定通りに死んだ。それだけのことだった。


 それでも主人公は立ち止まらない。

 残されたやりたいことリストをクリアしていき、人々と交流する。

 自分とヒロインとで守った町を、冒険者として守り続ける。

 そうしていると、自分は案外、周りから慕われていたんだなぁと気づけた。


 やがてヒロインの死から半年後。

 主人公も予定通りに死んだ。

 ヒロインが作ったやりたいことリストは全て達成していた。

 主人公は空白だらけの新品のノートを持って死んだ。

 これから主人公はヒロインに会いに行く。

 これからは二人でノートにやりたいことを書き加えていく。

 空白は無限に必要なのだ――。


「いい話だとは思うよ。いわゆる余命物の典型的な筋書きだけど、舞台を異世界ファンタジーにしているから新鮮味がある。情景描写とかキャラクターとかもよかった。死ぬ前にやりたいことリストを二人で達成していくなんて、このジャンルじゃありがちなのに、グッときた」


 俺がそう答えると、水羽はパッと表情を明るくして、ぶんぶんと首を縦に激しく振った。


「でしょでしょ!? ああ、よかった。秋斗くんにつまんないって言われたらどうしようって思ってた」


「自分で書いたわけでもないのに、なんでそんな緊張してたのさ」


「じ、自分が面白いと思ったものを、親しい人につまらないって言われるのは嫌でしょ。しかもこの本、主人公の名前がアキトで、ヒロインがミズハって私たちにそっくりじゃない。まさに私たちのために書かれた本って感じ」


 言葉の通り、俺にこの小説を薦めてきたのは水羽だ。

 入院生活は退屈との戦いなので、暇つぶしの材料にはいつも不足している。

 だから昨日借りて、昨日のうちに読み終わっていた。

 水羽は感想を聞くために俺の病室に来て、俺が発する感想を神妙な顔で待っていたというわけだ。


 水羽には真面目な顔は似合わないと思う。

 今みたいにコロコロと笑っていて欲しい。とはいえ、彼女が貸してくれた本を褒めたのは、純粋に面白かったからだけど。


 水羽は十六歳だ。

 本来なら高校に通っている年齢で、一応、入試には合格して席だけはあるらしい。けれどずっと入院しているからまだ一度も登校していない。

 俺も似たようなもの。中学生だけど数えるほどしか通っていない。クラスメイトの名前なんて一人も覚えていない。


 俺と水羽はこの病院に何年も入院しっぱなしだ。

 歳が近くて、お互い読書好きで、仲良くなるのに時間はかからなかった。

 仲がいいからこそ、遠慮のない意見も言える。


「まあ、面白かったんだけど。俺はこの主人公にはなりたくないなぁ」


「なんで? 私はこういう素敵な恋をしてみたいけど……?」


「いや。俺は死にたくないよ。どうせ主人公になるなら、ハッピーエンドの主人公がいい。俺がこの物語の主人公なら、あらゆる手段でチート能力に覚醒して、自分もヒロインも助けるね」


「なにそれ。秋斗くん、異世界ファンタジーの読み過ぎじゃないの? チート能力って具体的にどんなの?」


「そうだな……この物語では、二人とも呪いに蝕まれるわけだろ? なんか呪いを浄化するなら光魔法だってノリだけど、呪いってのは闇の属性だと思う。だから主人公は光魔法の才能はなかったけど、実は闇魔法の天才で、覚醒した闇魔法で呪いを全部吹っ飛ばすってのはどうだろう」


「ふぅん。毒で毒を制するのね。面白いかも。みんなが光魔法が有効と思ってるところに闇魔法を出して、周りの度肝を抜くわけね。それで呪いを祓って、二人は幸せに暮らすのね」


「いや。主人公はチート能力でモテモテになってヒロインをふやしまくってハーレムを作るんだ」


 次の瞬間、水羽は枕を俺の顔面に叩きつけてきた。


「秋斗くん、まだ十四歳でしょ!? その歳でハーレム願望とか、本当に異世界ファンタジーの読み過ぎだから!」


「仕方ないじゃん。重苦しい話よりは、希望に満ちあふれた異世界チートハーレムを読みたくなるんだよ」


「あっそ……じゃあさ。私と秋斗くんが異世界転生して、本当にこの本の世界に入っちゃって、秋斗くんが主人公になるとして……私をそのハーレムの一員にしてくれる……?」


「それは……水羽がいるなら、ハーレムはいらないかも……水羽一人でいいかな……」


 水羽がいるなら水羽だけでいい。

 そう男らしくハッキリ言うつもりだったのに、実際の発音は照れまくりの震えまくりだった。

 恥ずかしい。

 なにやら水羽も顔を赤くして目を泳がせている。


「そ、そうなんだ……! じゃあ、そのチート闇魔法でハッピーエンドになるやつ、裏設定として採用してあげてもいいけど!? なんていうか、別ルート的なあれ!」


「採用してあげるって、なんの権限があって偉そうに言ってるのさ。作者じゃあるまいし」


「うるさいわね。秋斗くんは年下で、背も小さいんだから、私の言うことに逆らわないの!」


「背はいつか抜くよ。それに異世界転生したら生まれる年代がズレるパターンもあるからね。俺が年上になるかも」


「そんなの駄目。私がずっとお姉ちゃんなの。秋斗くんはずっと小さくて可愛いままなの」


「なんだよ、それ。絶対に身長を抜くまで生きてやるからな。今に見てろ」


 いつもと同じような軽口。いつもと同じような日々。

 それがずっと続いてくれればいいと願っている。

 けれど終わりが近いのを、俺も水羽も知っていた。


 俺があの本の感想を告げてから一週間後。

 水羽は容態が急変して、あっけなく先に旅立ってしまった。


 水羽がいなくなってから、彼女にはWEB小説を書く趣味があったこと。実は書籍化を果たしていたこと。俺に貸してくれたあの一冊がデビュー作であり遺作になったことを知った。


 俺は作者本人の前で二次創作設定を披露し、裏設定として採用されるという、数奇な経験をしたわけだ。


 そして裏設定クリエイターになってから半年後。

 俺の命も尽きた。

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