さいごの時まで

ねむ

さいごの時まで(一話完結)

 ずき、ずき、と腹部に感じる耐えがたいほどの痛み。傷口に手を添えるとべっとりと赤黒い液体が付いた。遅れて鉄のような不愉快な臭い。自分の身に何があったのか、そしてこれからどうなるのか、何となく予想がついていた。

「ぐ、」

 頭の芯が冷たくなって、その場にへたり込む。白かったはずのワイシャツは赤く染まっていた。

「──とりあえず、あいつに連絡を…」

 何年単位で追っていた連続殺人犯。やっとそいつを追い詰めた。だからこんなところでへばっているわけにはいかない。

 なにより、あいつは誰よりも犯人の逮捕を望んでいたはずなんだ。だから…

『おい、今どこにいる?連絡もなしに、』

「なあ!犯人、見つけた、場所は──」

『え?どういう』

「い、いから、早く、」

 行け、と叫ぼうとするも、喉の奥でぐう、と何かが鳴るだけで声にならなかった。視線を下げると、赤い水たまりがじわり、じわりと広がっている。もう、自分にはそんなに時間が残されていないことが分かった。

「がんばれ、それと、──」

『──おい、おい?聞こえるか、くそ、待ってろ、すぐに行く。死ぬな、お前まで…』

 きっと、今あいつは液晶越しに顔をくしゃくしゃに歪ませているんだろうな。ずっと、いっしょにいたから、わかる。めのまえがぼやけてきたので、そのままめをとじた。


『昨日、○○県××市■■容疑者が逮捕されました。■■容疑者は殺人罪で指名手配にかけられており──』

「はー、ここまで長かったな…」

「お前の手柄だよ。よくやってくれた」

「いやいや、俺たち二人の手柄だろ?何より、身を挺して情報を伝えてくれたから、ぐうう、」

「おい、泣くなよ、良い大人が…」

 清潔な白い部屋。真っ白なベッド。無機質な病室であいつのべそをかいた顔だけが泥臭い、というか生きている感じがした。何年越しに追っていた犯人を捕まえた、というのにあいつのころころと変わる表情はいつもと変わらなかった。対して私といったら目の奥がじんわりと熱くなっていた。それではあまり格好がつかないので、視線を上下、左右にしきりに動かしてその熱を目の奥に押し込んだ。

「…そういえばさ、あの時、何か言ってたよね?」

 そう言ったあいつの顔は心なしかにやにやと笑顔が浮かんでいるようだった。

「いやー。それが、よく聞こえなくってさ。せっかくだし、もう一回、」

「馬鹿。言わねえよ。」

 柄じゃない。それに、きっと、その言葉を言うのは今じゃない気がした。

「なーんだ、ま。また気が向いたら聞かせてよ。時間は、まだあるからさ」

 そう、しばらくはこうやって肩を並べられていたら、いい。いずれ来る別れの瞬間まで。           

                                   終わり

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さいごの時まで ねむ @nemu-san

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