見慣れた光景
隣国が動乱に包まれる中、我が国は一向に安全だった。
「はぁ...つまらないですねぇ。
いっそ戦争でも起きてくれた方が楽しかったのに。」
ヴァガノフがつまらなそうな顔で言う
「まぁそう言うな。
平和は良いことじゃないか。」
いつも通りの日常だ。特に勤務がない時の。
「フィンランドのゲリラを掃討するのも疲れるんですよ?
クルバノフ将軍?」
「それもそうだな...しかしこいつは違うみたいだぞ?」
煙草を吸いながら一緒に歩くクラサフチェンコを指す
「後方で兵士を訓練すんのも大変だぜ?一度やってみたらどうだ?」
冗談交じりにクラサフチェンコが喋る
ヴァガノフは思わず苦笑いを浮かべた。
「私には無理です。訓練と言っても、ただの肉体的な疲れだけでは済みませんから。兵士の心を扱うことが、いちばん難しいのです。」
アンドレイ・クルバノフがその言葉に頷きながら、少し立ち止まった。
「それは確かにそうだ。指揮官としての仕事というのは、肉体的なものだけではない。人を動かす力が求められる。」
ヴァガノフはその言葉に続いて、少し考え込んだ。しばらくの沈黙が続き、周囲の風の音と、街の喧騒が静かに耳に届く。
クラサフチェンコが煙草の煙を空に向かって吐き出し、思わせぶりに話を切り出した。
「だが、なぁ、ヴァガノフ。お前が言う心を動かすなんて、そう簡単にできるものじゃない。ましてや、隣国で起きているような事態があれば、民心だって一変する。」
ヴァガノフは顔を上げ、クラサフチェンコを見つめた。その言葉に少し反応しながらも、彼は冷静な口調で返した。
「隣国の動乱、クーデター未遂の話ですか。確かに、あの事態は驚きでしたが、それがどこまで影響を及ぼすかは分かりません。大ゲルマン帝国がこのまま沈静化することを願うのみです。」
アンドレイ・クルバノフが顔をしかめながら、低い声で言った。
「だが、あのクーデター未遂は、単なる一時的な騒動ではなかった。帝国内で何かが確実に動き始めているのは間違いない。そもそも、あんな大規模な動きがあったのに、ただの内部対立で片付けられるとは思えない。」
ヴァガノフはその言葉に黙って頷くと、少し間を置いてから話を続けた。
「その通りです。特に、あの事件の背後には外部勢力が絡んでいるのかもしれません。我が国としても、慎重に動く必要がある。情勢が安定するまでは、無駄な介入は避けるべきだと思います。」
クラサフチェンコはひとしきり煙草を吸い込んだ後、無邪気に肩をすくめた。
「ま、確かに。けど、動乱の中にこそ面白い話が転がっていることも多い。ヴァガノフ、そんなにお堅いことばかり言ってると、つまらなくなるぞ?」
ヴァガノフは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「それも一理ありますが、私はまだ若いですから、焦って動くよりも、まずは観察して冷静に判断したいと思っています。」
その時、アンドレイ・クルバノフがしばらく黙ってから、口を開いた。
「お前の慎重さが、いつか大きな成果を生むだろう。しかし、時には大胆に動くことも必要だ。帝国の動乱が我々にどう影響を与えるのか、それが見極められた時、我々も動かなければならない。」
ヴァガノフはその言葉を聞いて、少し遠くを見つめた。彼の心の中で、隣国の動乱が何を意味するのか、そしてその中で自分たちが果たすべき役割について、深く考えていた。
「…私たちが動くべき時は、必ず来るでしょう。ですが、今はまだ、その時ではないと信じています。」
クラサフチェンコがにやりと笑い、肩を叩いた。
「まぁ、若いお前には時間があるからな。だが、覚えておけ、戦争に備えることも重要だが、時にはその戦争を避けることも同じくらい重要だってことだ。」
ヴァガノフは微笑んで答えた。
「それは、貴方のような自由人には理解し難いかもしれませんが、私は平和を守ることが最も価値のある任務だと思っています。」
クラサフチェンコは笑いながら、煙草を地面に落として踏み消した。その表情は、まるで軽い冗談を交わすかのように見えたが、その眼差しの奥には確かな決意が宿っていた。
「お前も随分堅実になったな、ヴァガノフ。まあ、あの時の俺たちを思い出してみろよ。あの頃はまだ、戦争を楽しむ余裕があった。今じゃすっかり、あの頃の無邪気さは消えちまったな。」
ヴァガノフは少し驚いたような顔をして、クラサフチェンコを見つめた。彼がどれほどの経験を積んできたか、そしてその経験がどれほど彼を変えてきたのかを感じ取ることができた。
「…時が経つと、どんなに無邪気だった心も変わってしまうものです。特に、戦争というものがどれだけ人々を傷つけ、破壊するのかを目の当たりにすると、心は変わらざるを得ません。」
アンドレイ・クルバノフが静かに言った。
「その通りだ。だからこそ、今は平和を維持するために、冷静であらねばならない。」
ヴァガノフは軽く頷くと、しばらくの間、考え込むように歩を進めた。隣国のクーデター未遂の背後に何があるのか、そしてそれが自国にどんな影響を与えるのか…。その答えを見つけることが、彼にとって今後の大きな課題だと感じていた。
「クルバノフ将軍、クラサフチェンコ将軍、もし隣国での事態が再び激化した場合、我が国としてはどのような立場を取るべきだと思いますか?」
アンドレイ・クルバノフはその問いに少し眉をひそめてから答えた。
「まずは慎重を期すべきだ。しかし、もし事態が我々の安全保障に影響を与えるような場合、我が国も何らかの対応をしなければならない。それが外交的圧力であれ、軍事的介入であれ、準備は怠ってはならない。」
クラサフチェンコもその言葉に同意するように頷きながら言った。
「だが、俺たちはあくまで平和を求める者だ。無駄に血を流すことがないよう、戦争の必要性を見極めることが最も大事だ。だが、もし動乱が広がるようなことがあれば、他国に先んじて動くことが我が国の利益になる場合もあるだろう。」
ヴァガノフは二人の言葉を噛みしめるように聞いた。彼自身も、この国の未来と隣国の動乱との関わりについて、少しずつ自分なりの答えを出しつつあった。
「確かに。私たちが動かねばならない時が来るかもしれません。その時に備えて、冷静に準備を整えておくことが、私たちの使命だと思います。」
その言葉を聞いたクラサフチェンコは、しばらく黙って考え込んでいたが、やがてにっこりと笑って言った。
「お前は本当に冷静だな、ヴァガノフ。だが、時には少し熱くなってみろ。戦争というのは、ただ冷静にしているだけでは勝てないものだ。」
アンドレイ・クルバノフも軽く笑って言った。
「クラサフチェンコ、君の言う通りだ。しかし、熱くなりすぎても無駄だ。だからこそ、若いヴァガノフのような冷静さが必要なんだよ。」
ヴァガノフは少し顔を紅潮させながらも、二人の言葉に応じた。
「お二人とも…私が冷静だからと言って、決して戦うことを恐れているわけではありません。ただ、戦いを避けるために最善を尽くすことが重要だと考えているだけです。」
クラサフチェンコはその言葉に何かを感じ取ったのか、しばらく考えた後、静かに頷いた。
「分かった、ヴァガノフ。お前の意見も一理ある。でも、どんなに理論で平和を守ろうとしても、時として戦わざるを得ない時が来る。そんな時、お前も覚悟を決める時が来るんだ。」
その言葉が、ヴァガノフの心に深く刻まれた。彼は、平和を守るために何をすべきか、そしてそのために戦わなければならない時が来るかもしれないことを理解し始めていた。
しばらく歩き続けた後、クラサフチェンコが振り返って言った。
「さて、話はここまでだ。これからどう動くかは、我々次第だな。だが、次に起こるべきことを見据えて、しっかり準備しておこう。」
ヴァガノフはしっかりと頷き、心の中で決意を新たにした。
その後も歩き続けながら、ヴァガノフは静かな決意を胸に抱えた。クラサフチェンコとクルバノフの会話を聞き流しながらも、彼の思考は次第にその先へと進んでいた。隣国の動乱、そしてそれが自国に及ぼす可能性のある影響。それらはもはや、ただの懸念ではなく、現実の問題として彼の前に立ちはだかっていた。
「平和を守るために戦う」という言葉が、頭の中で繰り返し響く。戦争を避けるために戦う。その矛盾した命題にどう向き合うべきか、彼には答えが見つからないまま、足取りは次第に重くなっていった。
クラサフチェンコが、ふと顔をしかめながら言った。
「ところで、あのゲルマン帝国の話、あれが本当に内部対立だけで片付けられるのか、疑問だな。俺たちが考えている以上に、あそこの貴族は腐っているかもしれん。あるいは、外部の勢力が関わっている可能性もある。」
ヴァガノフはその言葉に反応するように、歩みを止めた。
「外部勢力、というと?」
「例えば、我が国の隣国でもあるペルシアやトルコ。果てはフランドルまで。あるいは、あのクーデター未遂の裏で、誰かが手を引いていると考えるのは不自然じゃない。」
ヴァガノフは深く思案した後、静かに答えた。
「それは…可能性としては十分にあり得ます。特に、あの時期に大ゲルマン帝国が内乱に陥ったことで、隣国やその他の大国が利益を見込んで動く可能性が高い。しかも、帝国が動乱に揺れたことで、他国にとっては有利な状況が生まれている。」
「だろう?」クラサフチェンコが笑うように言った。「この辺りの問題には、我々も何かしら関与しないといけないかもしれん。特に、隣国の安定を欠いたまま放置するわけにはいかない。国際的な力のバランスを保つためにも、少なくとも何らかの立場を取らねばならない。」
アンドレイ・クルバノフが少し厳しい表情で言った。
「その通りだ。だが、あまり軽率に動くわけにもいかない。我々の立場を守りつつ、相手に不必要な挑発をしないようにする必要がある。特に大ゲルマン帝国が回復する兆しを見せた場合、何か小さな火種が再燃すれば、すぐにでも大きな戦争に発展しかねない。」
ヴァガノフは二人の言葉を慎重に聞きながら、胸の中で次の一手を考えていた。彼は自国の利益を守るため、そして隣国との平和的な関係を維持するためにはどう動くべきかを、慎重に見極めなければならなかった。
しばらく沈黙が続いた後、ヴァガノフが口を開いた。
「もし、我が国が動くとしたら…クーデターが完全に鎮圧され、帝国が回復する前に、少なくとも私たちが何らかの形でその影響を弱める手を打つべきかもしれませんね。」
クラサフチェンコはその案に少し考え込むような顔をした後、軽く肩をすくめた。
「それは一つの方法だ。だが、あまりにも露骨に動きすぎると、逆に他国に目を付けられるぞ。どう動くにせよ、慎重に、そして巧妙に。」
アンドレイ・クルバノフはその言葉に頷き、重々しい調子で続けた。
「我々が取るべき行動は、表立って戦争を起こすことではなく、影響力を行使することだ。外交的な圧力、経済的な制裁、あるいは他国との同盟強化といった方法で、徐々に状況を自分たちに有利に導く必要がある。」
ヴァガノフはその言葉に深く頷いた。彼は、ただ「戦争」を避けるのではなく、その背後にある巧妙な駆け引きや戦略の重要性を理解していた。
「なるほど…私は、どうしても直接的な戦闘に頼りがちですが、こうして冷静に状況を分析し、戦争を未然に防ぐ方法を模索することこそが、最も賢明な手段であると学びました。」
その言葉にクラサフチェンコは軽く笑って答えた。
「お前もだいぶ大人になったな、ヴァガノフ。まぁ、戦争が迫ってきたら、いくら冷静でも動かざるを得なくなる。その時にどうするか、だな。」
ヴァガノフはその言葉を心に刻みながら、再び歩き出した。自国の平和を守るために、彼にはまだやるべきことが山積している。冷静な判断を保ちながらも、時には大胆に動く覚悟を持って、彼はこれからの道を進んでいくのだ。
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