希望か、絶望か
コンコン
ドアをノックする音が聞こえる。
「クルバノフ様。私です、イーゴリ・ラザレンコです。」
「入れ。」
ドアが静かに開かれると、イーゴリ・ラザレンコが手に山積みの報告書を抱えて部屋に入ってきた。彼の真剣な表情に、クルバノフはわずかに眉をひそめた。
「何か、重要な報告でもあったのか?」
「はい、将軍。」イーゴリは一礼してから、報告書を机の上に広げた。しばらく黙っていたが、ついに言葉を続けた。「大ゲルマン帝国での動乱の行方について、少し進展がありました。」
クルバノフはその言葉に耳を傾け、少し肩の力を抜いた。帝国で起きたクーデター未遂からの不安定な状況は、彼にとっても気がかりな問題だった。しかし、何か前向きな進展があったのなら、それは一つの安堵の材料になるだろう。
「進展と言うと?」
「どうやら、帝国内部で一部の勢力が巻き返しを図っていたようですが、状況は収束しつつあるようです。」イーゴリは報告書をめくりながら、詳細を伝え始めた。「クーデターの首謀者はほぼ全員逮捕され、内部での権力闘争は一段落した模様です。しかし、依然として帝国内には不安定な要素が残っています。」
クルバノフは深く頷き、安堵の息を漏らした。「そうか、やはりあれは一時的な騒動に過ぎなかったのか。だが、帝国の中枢が完全に安定したわけではない、ということも理解しておかねばならん。今後の動向に注視し続ける必要がある。」
「その通りです、将軍。」イーゴリは短く応じた後、次の報告に移った。「次に、フランドル国民王国からの来訪についてですが、彼らのファランクス部隊が我が国に到着する予定だと伝えられています。」
「ファランクスか。」クルバノフは少し眉をひそめた。「あの国の精鋭部隊か。何の目的で我々の元に来るのだ?」
「詳細はまだ明らかではありませんが、どうやら彼らは我が国との軍事協力を深めるために訪れるようです。フランドルは我が国との連携を強化したい意向があると見られます。」
クルバノフはしばらく黙って考え込んだ。フランドル国民王国の動向は、確かに注視すべきだ。しかし、彼らのファランクス部隊が来るということは、それなりの理由があるのだろう。
「我々としては、どのような立場を取るべきか…慎重に判断しなければならないな。」クルバノフは静かに呟いた。
その後、イーゴリが次に話題を切り出した。「最後に、フィンランドでの焦土作戦についてですが、将軍、許可を出すべきかどうか、少しご相談したくて…」
クルバノフはその言葉を聞いて、深い溜息をついた。フィンランドにおけるゲリラ戦は長期化し、兵力の消耗も深刻だった。焦土作戦は、戦術的には効果的だろうが、倫理的な問題や、民間人への影響を考慮すると、決断は簡単ではない。
「焦土作戦…。」クルバノフはゆっくりと言葉を選びながら続けた。「我々の戦略としては、すべての選択肢を視野に入れなければならない。しかし、民間人への被害を最小限に抑えなければならん。」
「将軍、焦土作戦を実施することで、ゲリラの補給路を断つことができ、戦局を有利に進めることができます。ただし、その代償も大きいです。」イーゴリは慎重に言葉を重ねた。「もし、将軍が許可を出されれば、我々は即座に準備を整えますが…」
クルバノフはしばらく沈黙した後、深く考え込んだ。焦土作戦は確かに短期的には有効だろう。しかし、長期的な影響や、戦後の治安維持に与える影響も無視できない。もし民間人を巻き込むことになれば、それが後々大きな問題となる可能性がある。
「今すぐに決断を下すべきではない。」クルバノフはようやく口を開いた。「もう少し状況を見守り、他の選択肢がないかを検討しよう。焦土作戦を実施する前に、まずは他の手段を尽くしてからだ。」
イーゴリは少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。「承知しました、将軍。では、別の方法を模索しながら、準備を進めます。」
クルバノフはため息をつきながら椅子に座り直した。隣国の動乱、フランドルの来訪、フィンランドの戦局—すべてが複雑に絡み合っている。どれも簡単には解決できない問題ばかりだが、彼には冷静に、時に大胆に行動する責任がある。
「全ては、時と場所を見極めることだ。」クルバノフは、再び心の中でその言葉を繰り返した。
クルバノフが机の前に座り、手元の報告書に目を通しながら、頭の中でいくつもの可能性を並べて考えていた。その背後でイーゴリ・ラザレンコが立ち続け、次に何を言うべきかを待っている。
「クルバノフ様…」イーゴリが静かに声をかけた。「ファランクス元帥が来ることで、我々にはいくつかの選択肢が生まれることになります。彼の部隊が加われば、戦力的には圧倒的に有利になりますが…」
「それが本当に有利なのか?」クルバノフは低い声で呟いた。「フランドル国民王国のファランクス部隊は、その精鋭さが知られている。しかし、あの男が我々の命令に従うとは限らん。彼が持つ軍事的な力を借りるとして、どんな代償が待っているのかは、計り知れない。」
イーゴリは黙って頷いた。「元帥は冷徹な人物ですから、協力するにしても、我々が単なる駒にされる危険性があります。彼の真意を見極める必要があります。」
その時、クルバノフの表情が少しだけ険しくなった。目の前に広がるのは、フランドル国民王国との軍事協定か、あるいはその拒絶か。それを決めるのは、自分の手にかかっているという重圧が感じられた。
「それに…」クルバノフは言葉を切った。「フィンランドの焦土作戦の実行許可を出すかどうか、迷っている。あの地を完全に焼き払ってしまうべきなのか、それとももう少し温情をかけるべきか。焦土作戦が成功すれば、戦局を一気に有利に持ち込めるが、あまりにも過激すぎる。」
イーゴリは慎重に答えた。「焦土作戦の実行は、戦争の終結を早めるかもしれません。しかし、その後の影響は計り知れません。民間人を巻き込んでしまう可能性もありますし、国際的な批判を浴びることも考えられます。」
クルバノフは少し考え込んだ後、ため息をついた。「どちらの選択肢も簡単ではない…」と、低く呟く。彼は窓の外を見ながら、思考を巡らせた。動乱の嵐が静まり返る瞬間を想像する。だがその先に、希望があるのか、それとも破滅が待っているのか、その先が見えない。
「フィンランドの焦土作戦については、まだ決めかねている。」クルバノフは、最終的に口を開いた。「しかし、フランドルのファランクス部隊との接触は、今すぐに進めなければならない。彼が我々に何を提案するのか、それによっては戦争の方向性が大きく変わる。」
イーゴリは再び頷いた。「承知しました、クルバノフ様。」
その後、クルバノフはイーゴリに指示を出し、アルバート・ファランクス元帥との面会の準備を始めることになった。会談は近く、確実に運命を決定づける瞬間が迫っている。
クルバノフとイーゴリは、ファランクス元帥が待つ会議室へと向かった。大きな窓から外を見渡せば、冬の寒さが一層厳しく感じられ、辺り一帯は雪に覆われていた。その冷徹な空気が、これから交わされるであろう会話の重さを一層際立たせているように思えた。
「クルバノフ大将、こちらです。」ミハイル少佐が、ファランクス元帥が待機している部屋の前に案内した。クルバノフは少し頷き、部屋の扉を開けた。
部屋の中に入ると、そこにはアルバート・ファランクス元帥が一人、静かに待っていた。彼は深い青色の軍服を着ており、軍服の肩章にはフランドル国民王国の金色の紋章が輝いていた。その姿勢は堂々としており、冷徹な目つきの中にもどこか信念の強さを感じさせる。
「クルバノフ大将、ようこそ。」ファランクスは丁寧に立ち上がり、深く礼をした。「お会いできて光栄です。」その言葉の響きには、戦友としての尊敬の念が込められていた。
クルバノフは軽く頭を下げると、そのまま席に着く。「ファランクス元帥、何か重要な話があると聞いている。」言葉には警戒心が滲んでいたが、それを隠すように努めていた。
ファランクスは微笑みを浮かべて頷き、静かに言葉を続けた。「実は、私の国、フランドル国民王国は、今後の戦局を考えた結果、ある提案をさせていただきたいと思っています。クルバノフ大将と私の間で、秘密の同盟を結び、共に大ゲルマン帝国を打倒するというものです。」その言葉は、予想外の内容だった。クルバノフは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、じっとファランクスを見つめた。
「秘密同盟?」クルバノフはその言葉を繰り返しながら、考え込むように眉をひそめた。「なぜ、そんな提案を私に?」
ファランクスはその問いに静かに答えた。「貴方の軍事的な手腕は、我が国にとって非常に重要です。そして、共に戦えば、必ずや大ゲルマン帝国に対して有利な立場を取れると確信しています。私たちは今、協力し合うことで、戦局を有利に運ぶことができるのです。」ファランクスは一度、短く息をつくと続けた。「大ゲルマン帝国の内部分裂が近いことは既に知っています。今がまさにその時です。私たちが手を組むことで、より強い力を発揮できるでしょう。」
クルバノフはファランクスの言葉をじっと聞いていたが、心の中では冷静に計算をしていた。フランドル国民王国との同盟は、確かに一時的には有利に働くかもしれない。しかし、同盟が長期的にどう影響するのか、それを判断するのは簡単ではなかった。クルバノフはその点を慎重に考慮しなければならなかった。
「確かに、私の軍事的経験と貴国の力を合わせれば、大ゲルマン帝国に対して十分な効果を発揮するかもしれない。しかし、私は慎重に考えたい。この同盟が、私たちにどれほどのリスクをもたらすのか、その全貌を把握する必要がある。」クルバノフは言った。その声には、決して急いではいけないという決意が込められていた。
そのとき、部屋のドアが勢いよく開き、イーゴリが息を切らしながら入ってきた。顔は真っ青で、肩で息をしている。彼はクルバノフに向かって駆け寄り、深呼吸を一度してから、急報を伝えた。
「クルバノフ大将、大変です…大ゲルマン帝国で、クーデターが発生しました!」イーゴリの声には、明らかな焦燥感が滲んでいた。「近衛兵が反乱軍に包囲され、帝国の首都も激しく揺れ動いています。帝国全体が動乱に突入したようです…」
その言葉に、クルバノフの表情が一瞬で硬直した。帝国でのクーデター――それは予想外の展開だった。ファランクス元帥も驚きの表情を浮かべたが、すぐに自分の思考を整理し始めた。
「クルバノフ大将、これが私たちにとっての好機です。」ファランクスが冷静に言った。「大ゲルマン帝国の混乱を利用すれば、我々の戦略にとって有利に働くはずです。今、手を組むことがどれほど重要かがわかるはずです。」
クルバノフはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。「確かに、この動乱は我々に新たな選択肢を与えるかもしれない。しかし、焦ることはできない。冷静に、次の一手を考える必要がある。」クルバノフはファランクスを見据えながら言った。
その言葉に、部屋の空気はさらに緊迫感を増した。帝国で起こったクーデターは、これからの戦局を大きく変える可能性を秘めていた。クルバノフは、秘密同盟を結ぶか否か、そしてこの動乱をどう利用するかを、今すぐにでも決めなければならない時が迫っていることを痛感していた。
クルバノフはイーゴリの報告を受け、しばらく沈黙を守っていた。大ゲルマン帝国のクーデターは急速に広がり、反乱軍が事実上、帝国を支配下に置いたという。クーデターの首謀者として名を連ねるのは、ラインハルト、エルドレン、アルベルト、そしてレオンハルト――全員が帝国内で改革派と呼ばれる人物たちだ。彼らの共通点は、長年の支配層の腐敗に不満を抱き、帝国を新たな方向へと導こうとしている点だ。
「ラインハルト、エルドレン、アルベルト、レオンハルト――彼らが一堂に会して帝国を支配することになったか。」クルバノフは呟くように言った。「改革派の連中が力を握れば、大ゲルマン帝国は強国化するのも時間の問題だ。だが、改革とは言っても、その内容によっては我々の立場にどう影響するか分からない。」
ファランクスは、クルバノフの言葉に静かに頷いた。彼の冷徹な目は、今後の戦局を見据えているようだ。「ラインハルトは知っているが、彼の思想は極めて理想主義的だ。エルドレンとアルベルトは軍事の面でとても強い影響力を持っている。そしてレオンハルトは、経済改革の急先鋒だ。彼らが手を組んだということは、帝国が大きく変わることを意味している。」
クルバノフはさらに深く考え込んだ。改革派が主導する帝国は、間違いなく現状よりも強固な体制を築くだろう。だが、その一方で、改革を進めるために戦争を加速させ、外部との接触を強化する可能性もある。彼らのような指導者が帝国を掌握すれば、その影響力が周辺国に及ぶのは避けられない。
「ファランクス元帥、この動乱を利用するか、避けるか、はっきりさせる必要がある。」クルバノフは慎重に言葉を選んだ。「帝国議会が占拠されているということは、彼らは改革のために法的な基盤を固めようとしている。急激に力をつけた改革派が、我々に対してどんな動きを見せるか予測がつかない。」
ファランクスは少し考え込んだ後、静かに答えた。「改革派が帝国議会を掌握したという事実は、我々にとってもチャンスかもしれません。彼らがもし真に改革を進めるのであれば、少なくとも現行の体制よりは平和的な方向へ進む可能性があります。しかし、過去の反乱の歴史を見る限り、彼らが政権を握れば一気に軍事的に動き出す恐れもある。特にエルドレンのような人物がいれば、軍の力を行使するのは容易いことです。」
「確かに。」クルバノフは口を開いた。「だが、改革が進んだ場合、帝国の戦力が強化されるのは確実だ。今後、我々が彼らと戦う必要が出てくれば、従来の戦力だけでは太刀打ちできなくなる。むしろ、現段階では彼らとの交渉を模索するべきだ。」
「交渉か…。」ファランクスはその言葉に少し考え込み、そして答えた。「それも一つの手かもしれません。もし彼らが大ゲルマン帝国をより強力な国家に改革しようとするのであれば、我々との協力も視野に入れる可能性があります。特に経済的な改革や軍事的な再編成には、我々の支援が不可欠でしょう。」
その時、イーゴリが再び部屋に入ってきた。今度は顔色が少し悪く、慌てた様子で歩み寄る。
「大将、元帥、お伝えするべきことがあります。」イーゴリは息を整え、急いで言った。「大ゲルマン帝国の改革派、特にラインハルトとエルドレンが、既に隣国との外交交渉を始めたという情報が入りました。彼らは、特にフランドル国民王国との協力を目指しているようです。彼らがこの協力を実現すれば、帝国の軍事力はさらに強化され、我々にとっての脅威となるでしょう。」
クルバノフとファランクスは一瞬、互いに視線を交わした。ラインハルト、エルドレン、アルベルト、レオンハルトが握る未来の帝国。その改革派の動きは、予想を超えて素早く進展していた。
「彼らの動きは、我々の戦略に影響を与える。」クルバノフは静かに言った。「フランドルとの交渉が進めば、我々の立場は厳しくなるだろう。しかし、それでも今は彼らの意図を慎重に見極めるべきだ。」
ファランクスは冷静に答えた。「その通りです。彼らの動きが、我々にとってのチャンスにも脅威にもなり得る。大ゲルマン帝国が強国化する前に、我々も準備を整えなければなりません。」
クルバノフは一度深呼吸をしてから、イーゴリに指示を出した。「イーゴリ、すぐにフランドルとの交渉状況を調査し、ラインハルトとエルドレンが求める条件を詳しく調べ上げてくれ。急いで情報を集め、我々の立場を明確にする必要がある。」
イーゴリは一礼すると、素早く部屋を出て行った。
「ファランクス元帥、我々の次の一手を決めるには、まだ少し時間が必要だ。」クルバノフは再び、静かに語りかけた。「だが、この大ゲルマン帝国の改革派が進める動きが、我々にとって最後のチャンスとなるかもしれない。」
ファランクスはじっとクルバノフを見つめ、静かに頷いた。「その通りです、大将。大ゲルマン帝国の強国化を許すことなく、我々の立場を守り抜きましょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます