「帝国」軍

いつも通りだ。ベットから出て、着替えを済ませる。

しかし、今日はいつもより大分騒がしい...人の声だけでは無い...それにこの音は...行進曲...?

下に降りると、ホテルの前には人だかりが出来ている。ホテルの前だけではない。

この通り一帯に人だかりが出来ている。普段は見ない柵も設置され、警備隊も居る。

暫く周囲を観察していると、見知った声が聞こえた。


「イーゴリ、ここにいたのか。」


ザイツィンガーだ。普段着ないような礼装、そして息を荒くした声で話しかけて来る。


「今日は建国記念の軍事パレードだ。これくらいはお前を驚かせれると思うぞ。

すまないが、私は用がある。すぐにでも行かなきゃならないんだ。

この道をずっと真っすぐ進んでくれ。そしたら来賓席がある。そこで見ててくれよ。」


というと、直ぐに走り去っていってしまった。

言われた通りに進み、要人が集まっている所へ着く。


「おお、これはこれは...ラザレンコ様、どうぞこちらへ。」


んん...?何処か聴き慣れた言葉だ...

まさかだが...


「お前、ルーシの人間か?」


暫く使っていないロシア語で話しかける。

すると相手はニヤッと口角を上げて話し始める。


「その通りでございます。イーゴリ・ラザレンコ様。

 私はレオンハルト・クラインシュミット。

 陸軍大将を務めております。

 以後、お見知りおきを。」


予想通りだ。彼はロシア人であった。

しかし何故ゲルマン人ではない彼が上層部に?


「残りの質問は後です。今は来賓の貴方を歓迎する最中なのですから。」


多少つっかかる所はあるが...まぁ良い。


「あちらをご覧になられてください。あれが我が軍精鋭の第4騎兵軍です。」


ほう...未だに鎧を多少は付けるのか

槍にあれは...曲刀か。


「精鋭の名に恥じない活躍でもしたのですか?」


「まぁ...正直な話、貴族の息子ばっかりだから精鋭と囃し立てているだけです。

まともに戦った人間は碌にいませんよ。」


予想通りか...しかし、数は多い。それにあの軍馬...サラブレッドだろうな

機動戦用という感じだ。

だがまぁ...これだけでは到底戦争には勝てぬだろう。


「あれをご覧ください。」


といって指を指された方向を見る。

なんだ...?あれは...


「我が国の象徴であり、最も期待が寄せられている兵器、

その名も‘‘戦車‘‘です。」


鋼鉄に囲まれた箱のような物体がキュルキュルと音を立てて前進している。

前面には砲が、側面には機関銃がある。

問題こそ抱えていても、まだこの国は侮れない。

これ程の物を作れる技術力があるというのだ。

幾らかの歩兵や騎兵如きは我が国でも倒せるだろう。

しかし...あの鋼鉄の化け物は正面衝突では勝てない...

我が国の技術力は...あれを作れるほどまで発展できるのだろうか?

イーゴリは静かにその光景を見つめていた。彼の心の中で、いくつもの計算が駆け巡る。確かに、あの「戦車」は衝撃的だった。だが、戦争とは単に兵器の数や見た目だけではない。戦術、指揮、そして何よりも士気が重要だ。


「戦車…」イーゴリは呟くと、少しの間目を閉じて思考を巡らせた。鋼鉄の巨人は恐ろしいが、その無敵のように見える外見もまた、使い方次第でただの巨大な的となり得る。もしこれを対処できる方法があれば…


「貴方の視線が鋭いのは分かりますが、まだ何も見えていないでしょう。」レオンハルトの声が再びイーゴリの思考を断ち切る。


「何を言っている。」イーゴリは少し驚いた。レオンハルトの表情には、どこか冷徹な余裕が見え隠れしている。


「私たちの戦車は、単に物理的な強さだけではなく、その戦術的な運用に秘密があるのです。」レオンハルトは続けた。 「貴国が持つ伝統的な戦法では、確かに対抗するのは難しい。しかし、我々は新たな戦争の形を知っている。単独の戦車が戦況を決定することはない。それを支える補給、通信、そして戦場全体を司る指揮が重要なのです。」


イーゴリはその言葉を黙って聞きながら、目の前の鋼鉄の怪物を再び見つめた。それが一度は崩れた前線を突破するために役立つ兵器であることは理解できる。しかし、最終的には戦争を動かすのは人間の意志であり、その意志を操るのが政治の力だ。


「なるほど。」イーゴリは目を細めながら、ゆっくりと答えた。「でも、どんなに優れた兵器でも、使う者が愚かならば無意味だ。信じられる指導者が必要だ。」


レオンハルトは少し驚いた表情を見せたが、すぐにその冷徹な笑みを浮かべた。「それが貴方の視点ですね。しかし、この国では、既に新たな指導者がその座を確立しつつあります。」


イーゴリは思わず眉をひそめた。「新たな指導者?」それは…ただの将軍か、それとももっと別の存在なのか?


その疑問を胸に秘めつつ、イーゴリはさらに視線を先に向けた。騎兵軍や歩兵、そして何よりも戦車の部隊が行進を続ける。国民の歓声が上がり、喜びの声が響く中で、イーゴリはその華やかな光景の裏に潜む暗い現実を感じていた。あの兵器や行進が象徴するものは、確かにこの国の力だろう。


だが、その力が誇示された時、それを振りかざす者がどれほど危険な存在となり得るかを、イーゴリはよく知っていた。


「イーゴリ、見てください。」レオンハルトが少し大きな声で呼びかけた。


その先に目を向けると、何か異常な動きが見えた。パレードの中、突然一部の兵士が動き出し、周囲がざわつき始める。それは最初、演技か何かの一部かと思われた。しかし、だんだんとその動きはエスカレートし、警備兵がその兵士たちを取り囲み、数人が乱闘を始めるのが見えた。


「何だ…?」イーゴリはその場の空気が一変したのを感じ取った。突然、鋭い銃声が響き、数人の兵士が倒れる。周囲は混乱し、慌てたように群衆が動き出す。


レオンハルトは冷静に状況を見守り、イーゴリに向かって一言、「これは予期していなかった事態だが、すぐに解決するでしょう。」


イーゴリは警戒心を強め、レオンハルトの顔を見つめた。その冷徹な笑顔の奥に、何か別の意味が隠されているような気がしてならない。


「さあ、行く時間です。」レオンハルトはそのまま、まるで何事もなかったかのように進んでいった。イーゴリもその後ろを追うように歩き始める。


戦車が行進し、騎兵が並び、そして突如として起きた暴動。そのすべてが、この国の新しい時代の幕開けを意味しているのだろうか。イーゴリの心に浮かぶのは、ただ一つの言葉だった。


"何かが動き出した"


その予感が、彼の胸に重くのしかかる。


イーゴリは、レオンハルトの後を追いながら周囲の混乱を観察していた。銃声が鳴り響き、群衆のざわめきがどんどん大きくなっていく。だが、レオンハルトはまるで何事もないかのように冷徹な顔を保ち、歩みを進めている。


イーゴリはそれに違和感を覚え、思わず彼に声をかけた。「この状況、少しおかしいと思わないか? 兵士たちが何かを知っているのか、指揮が乱れているようだ。」


レオンハルトは立ち止まり、イーゴリに振り返った。彼の目には、動揺や焦りは一切見られない。ただ無表情で、冷静に言った。「そうかもしれません。だが、混乱の中でも秩序を保つのが私の仕事です。お前は、これが何を意味するか分かっているだろう?」


イーゴリは立ち止まったまま、その言葉を反芻した。レオンハルトの言う通り、この混乱は単なる偶然ではない。周囲の兵士たちの態度、動き方に不自然なものを感じる。何かが裏で動いている、いや、何かが計画的に進行しているのだ。


その時、突如として、パレードの先にあった大きな広場から、ひときわ大きな爆発音が響き渡った。建物が揺れ、煙と埃が空を覆う。イーゴリは瞬時にその方向を見据え、目を見開いた。


「…爆弾か?」 イーゴリは声を呟く。無意識のうちに、手がナイフの柄に触れていた。


レオンハルトは、その爆発音に眉ひとつ動かさず、落ち着いた声で言った。「計画通りです。」


「計画通り?」イーゴリはその言葉に驚き、レオンハルトを見つめる。「君、まさか…」


「はい、私が指揮する部隊が、今まさにこの国の支配体制を揺るがすために動き出しました。」 レオンハルトの目には、冷徹な光が宿っている。今までの、礼儀正しい軍人という姿からは想像もつかない、狂気を孕んだ表情だ。


「君は、裏切り者だったのか。」イーゴリは思わず呟いた。その衝撃が、彼の体を冷徹に貫いた。


「裏切り者? いいえ、私”たち”は最初からこの国を変えるために戦っているのです。」 レオンハルトは冷笑を浮かべて言った。「貴族政治、腐敗した軍、そして無能な指導者たち。私たちが手にするべきは、力です。私の戦車部隊が、この国を変革するための道を切り開きます。」


イーゴリはその言葉を聞き、胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。それは怒りでもなく、悲しみでもなく、ただただ無力感だった。彼が知っていた世界は、突然崩れ去ろうとしていた。


「君が言う『変革』とは、結局のところ、力による支配だろう。」イーゴリは冷静に言った。「お前は、あの戦車を使ってこの国を支配するつもりか? でも、それはただの暴力だ。今お前がやろうとしているのは、他の誰かが支配している時と何も変わらない。」


レオンハルトは一瞬、イーゴリの言葉に考え込むような素振りを見せた。しかし、すぐにその目が鋭く光り、彼はゆっくりと口を開いた。「私は力によってこの国を新しい秩序へと導く。無能な支配者たちの腐敗を終わらせるためには、それしか方法がないのです。」


その言葉に、イーゴリは一瞬の間に決意を固めた。自分がすべきことが、今、はっきりと見えた。


「力で支配しようとしても、それが長続きするとは限らない。」イーゴリは、冷静に言い放った。「結局、最終的に支配されるのはお前自身だ。君のような冷徹な者に支配される世界など、俺は求めない。」


レオンハルトはしばらく無言でイーゴリを見つめ、その後、冷笑を浮かべて言った。「お前がどう思おうが、関係ない。もう後戻りはできない。私たちの計画は、すでに進行している。」


その言葉とともに、レオンハルトは背を向けて歩き出した。イーゴリはその背中を見つめながら、心の中で何度も繰り返す言葉があった。


「もはや、進むしかない。」

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