帝国議会「第一議場」
「帝国議会場の正面を抜けると三つの扉がある。
明日、議会が執り行われるのは中央の扉を抜けた先だ。
愚かな所を見せる事にはなるが、それも目的の一つだろう?」
ザイツィンガーが言った通りに足を進める。
真紅のカーペットが敷かれている帝国議会の中は、外とは印象が全くと言っていい程変わる。
其々の議場に繋がる「選択の間」と呼ばれる小さな場所の上には、ゲルマン細工が施されたシャンデリアが吊るされており、雰囲気を放っている。
カチャ....ギィィィ.....という音を立て、第一議場への扉が開く。
「イーゴリ様ですか。どうぞこちらへ。」
案内されるままに席へと座る。どうやら、来賓扱いの模様だ。
直ぐ下にはカメラを持った人間達が見える。新聞社だろうか?
暫くそんな事を考えながら議場を見渡していると、議場の奥から人が出て来た。
あの眼帯。あの服装。
間違いない。あれがラファエル・モスコーヴィエンだ。
モスコーヴィエン家の現当主だが、力が弱まる貴族を何とかしようとする守旧派の代表として知られている。
モスコーヴィエンが立つと、議場は静まり返った。
新聞社の人間は写真を撮っている模様だ。
「ここに居る全ての紳士淑女諸君と声しか発せられない屑共!
ここに第67回帝国議会の開会を宣言する!」
マイクも使わずに放たれた言葉は私衝撃を与えた。
我が祖国ですらあの様にこの場で罵倒は使われないぞ...
貴族の人間達からは拍手喝采。
その他は沈黙を破っていない。
「今回の提案者、
アルベルト・カルヴァンスク陸軍大臣の発言です」
あれがカルヴァンスク....伸ばされた白髪、手の甲に見えるタトゥー。
実に印象に残る格好だ。
「え-...今回の議題は今後の我が国の対外政策についてであります。現状、東方のルーシ、西方のフランドルがある以上、対外外交は無視出来る物ではありません。
今回、今後の一貫した方針を制定する為、議会開会の提案を致しました。以下、各々の意見を御発言ください。」
実に丁寧なゲルマン語だ。北部訛りも無い、標準語だ。
彼が自身の席に戻ると、直ぐに貴族が発言を始めた。
見るに堪えない。カルヴァンスクの丁寧さとは全く違う
ゲルマン帝国の人々が貴族を追い出したい気持ちが嫌という程分かる。
これでは子供の遊び場どころか、動物園ではないか。
議題についてまともに話しているのは貴族以外、主に庶民だけ。
貴族は批判しかしていない。
全く、政治を何と考えているのか。
モスコーヴィエンが再び立ち上がると、議場は再び静まり返った。彼の眼帯の下に隠された目が冷徹に鋭く光る。その姿勢、その表情、その言葉——全てが過去の栄光にしがみつこうとする、旧態依然とした貴族の姿そのものであった。
「皆の者、聞け。」
モスコーヴィエンの声は、まるで過去の支配者が命令するかのように低く、強く響いた。
「我が帝国は、この世で最も偉大な国だ。その誇りを忘れた者は、我々貴族を尊敬する資格も無い。」
彼はその場にいる貴族たちを見渡し、力強く言い放つ。周りの貴族たちは、その言葉に拍手し、頷く者も少なくない。しかし、私の目には彼の言葉は時代遅れにしか見えなかった。彼が掲げる栄光は、過去の遺物であり、もはやこの時代には相応しくないものだった。
「我々が支配してきたこの土地、この国の文化。全ては、我々貴族によって築かれたものだ。」
モスコーヴィエンの言葉には、自己満足と誇大な自信が満ちていた。しかしその裏には、現実を見ようとしない頑固さ、過去に固執する彼の性格がにじみ出ていた。
周囲の議員たちが賛同する中で、私はその言葉を聞きながら、心の中で冷静に考えていた。モスコーヴィエンの言葉には理性も未来も見当たらなかった。彼が求めているのは、過去の栄光を取り戻すことだけだ。帝国をより強く、より優れたものにするための戦略や、実際的な改革などは全く眼中にない。彼の頭の中には、ただ「貴族」なるものを永遠に保つことしかないのだ。
その時、カルヴァンスクが再び立ち上がり、静かに発言を求めた。彼の冷静な目と穏やかな声が議場に響く。
「モスコーヴィエン卿、貴殿の言う通り、帝国は過去に栄光を誇った。しかし今、我々が目指すべきは未来だ。過去の栄光にしがみつくことは、我が国を停滞させるだけであり、我々の民に何の利益ももたらさない。」
カルヴァンスクの言葉は、まるでモスコーヴィエンに対する挑戦状のように響いた。
モスコーヴィエンの表情が一瞬、歪む。その歪んだ表情の中には、過去の栄光を守ろうとする必死さが感じられた。彼は、今の時代においても貴族が絶対的な存在であるべきだと信じて疑わなかった。
「それが貴様の言う『未来』か?」
モスコーヴィエンの声は低く、怒りを込めて言葉を吐き出す。
「民衆を崇拝し、貴族の力を削るという愚か者がいる限り、この帝国に未来はない。」
彼は一歩前に出て、強く言い放った。その声に込められた威圧感は、議場の空気をさらに重くした。
しかし、私はその言葉の奥に、ただの恐れが見え隠れしているのを感じ取った。モスコーヴィエンは恐れていたのだ。民衆の力を認めることを。過去の貴族社会が崩れることを。彼が求めているのは、単なる「支配」の維持であり、真の改革ではない。それは彼の保守的な心の中にある、恐怖からくるものだった。
議場内で再び沈黙が流れる。次に誰が発言をするのか、場の空気が決めかねているように感じられた。モスコーヴィエンは依然として怒りを顕にしているが、他の貴族たちは何も言わない。彼の言葉が支持されることはなかった。
その時、私は深く息を吸い込み、心の中で一つ決意を固めた。モスコーヴィエンのような旧態依然とした人間がこの国を引っ張る限り、変革は遠い。だが、私の目指すべき未来は、必ずしも彼のような者たちに支配されるべきではない。
議場の空気が徐々に冷え切り、私はその目の前に座ったまま、静かに次の動きを待った。
モスコーヴィエンの激しい言葉がまだ耳に残っている。しかし、彼の言葉が響く一方で、その言葉に対して賛同する者は少なかった。場の空気はどこか凍りついており、貴族たちの中でも賛同の声を上げる者は、もはやわずかだった。
私は冷静に、その場の様子を見守っていた。モスコーヴィエンのような反動的な人物が、今後この国の行く先を決めることはないと確信しつつも、ここで何をどう動くべきか、その判断を誤らないようにしなければならない。
その時、カルヴァンスクが再び静かに立ち上がり、議場内に強い意志を込めて言葉を放った。
「モスコーヴィエン卿、我々は過去の栄光を取り戻すためにここに集まっているのではない。帝国が生き残り、成長するためには、今の時代にふさわしい改革が必要なのだ。」
彼の声は落ち着いており、同時に力強かった。周囲の議員たちがその言葉に反応し、少しずつ賛同の声を上げるようになった。
「我々が進むべきは、過去に戻ることではなく、未来に向かって進むことだ。民衆の意見を無視してはいけない。」
カルヴァンスクはしっかりと目を見据えながら言った。モスコーヴィエンが反論しようとする前に、カルヴァンスクは一歩前に踏み出し、再度言葉を続けた。
「貴族が支配してきた時代は確かにあった。しかし、今の時代において、民衆の力を無視することは、国家を滅ぼすことに繋がる。」
カルヴァンスクの言葉は、議場の空気を一変させた。モスコーヴィエンが憤慨し、怒りを込めて口を開こうとしたその時、私は自分の席から静かに立ち上がり、彼の言葉を補足する形で言葉を投げかけた。
「私も賛同します。過去の栄光にしがみつくことが、どれほど危険かを我々は理解しなければならない。」
私の言葉が議場に響いた瞬間、モスコーヴィエンは驚きの表情を浮かべたが、それを隠すように強く言葉を投げかけてきた。
「貴様、誰だ!?」
その問いかけに、私は冷静に答えた。
「イーゴリ・ラザレンコ。ルーシから来たクルバノフの側近だ。」
私の名を告げると、議場内でひとしきり囁き声が起こる。私がここに来た経緯については、既に噂として広まっていたらしい。
モスコーヴィエンは眉をひそめ、私をじっと見つめた。私はその目をしっかりと受け止めた。彼の冷徹な眼差しを感じながらも、私は動じることなく続けた。
「私が言いたいのは、今の帝国が抱えている矛盾を、どうにか解決しなければならないということだ。過去に固執すれば、国は崩壊する。民衆を無視すれば、戦争にすら負けるだろう。」
私は意図的に強調した。モスコーヴィエンに向けての挑発ではないが、彼に対する反論であった。
議場の中は再び静まり返り、モスコーヴィエンは黙って私を見つめ続けた。彼はまだその反動的な信念を捨てられずにいるが、その目には不安の色がわずかに見えた。私の言葉が、彼の心の中に少しずつ影響を与えているのかもしれないと感じた。
その沈黙を破るように、再びカルヴァンスクが発言を続けた。
「彼の言う通り、我々が未来に向かうためには、古い制度を改める必要がある。民衆の力を尊重し、彼らの意見を取り入れることこそが、真の改革に繋がる。」
彼の声は確固たるものだった。
議場の雰囲気は、少しずつ変わり始めた。モスコーヴィエンとその支持者たちは、もはや孤立し始めているように見えた。
私の視線は、再びモスコーヴィエンに向けられる。彼はまだ反論しようとしていたが、カルヴァンスクの言葉と私の言葉が、確実に議場の流れを変えつつあった。
「モスコーヴィエン卿、貴族がこの国を支配してきた時代は終わりを告げるべきだ。」
カルヴァンスクの言葉が最後の一撃となったが、議場内での賛同の声は未だ民衆のみであった。
モスコーヴィエンの顔に浮かぶ怒りと焦りを見ながら、私は確信していた。この国は、確実に変わるべき時を迎えている。そして、その変革の力を持っているのは、過去に縛られない新しい時代を作り出す力を持つ者たちだ。
1日目が終わった。先程思った事をまとめたメモ用紙を持ち、外で待っている車に乗り込む。
車の中にはザイツィンガーが待っていた。
メモ用紙を渡すと一通り目を通し、こう言った。
「カルヴァンスクは喜ぶと思うよ。
今日は出席してないが、エルドレンも明日は出てくる。
彼奴の話も聞いてやってくれ。」
車が走り出すと、溜まっていた疲れが来て直ぐ寝てしまった。
ホテルに到着して起き、自分の部屋に向かう。
ザイツィンガーが見送りをしてくれた。
今日の出来事を日記帳のまとめ、ホテルが用意した服を着る。
一通り事を済ませ、私はベッドで眠りに付いた。
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