第3話

 落ち着いた所でラウルの足をなんとかしないといけない、添え木の代わりは、その辺の木の棒を使うか、勿論水で汚れは洗い流す、贅沢は言ってられないしそれで良いだろう、縛る布は先ほどと同様、マントをちぎって使った、これで一応、応急処置は済んだ。


 しかしここはさっきの場所とだいぶ離れてしまった、戻る訳にもいかないし、皆が俺達を見つけてくれるのを待つしかない、動くのは危険だからな。

 俺はラウルの向かい側に座った。


 「悪いな、まさかこんなに足手纏いになるなんて」


 ラウルが申し訳なさそうに言った。


 「いや、この遺跡自体が古かったんだろ?でもまさかあんなに大きな崩落が起きるとは思わなかったけど」

 「違う、あれは魔物が仕掛けた罠だ、聞いたことがある、床や柱を傷つけて崩れやすくし、侵入者を突き落とす奴がいると、そして棲家が使えなくなると場所を変えてを繰り返す」

 「なるほど」


 そんな魔物がいるのか、知らなかった。じゃあこの遺跡もいつか崩壊するんじゃないか?


 「こんなことになったのは全部俺が注意を欠いていたからだ、皆には迷惑をかけた、本当にすまない」

 

 リーダーとしての責任感か、そんなこと言ったら俺だってラウルに庇ってもらって、こんな大怪我を負わせてしまった、謝るのは俺のほうだ、謝罪と感謝の気持ちをちゃんと伝えないと、ラウルの謝罪に応えようと口を開けた途端、白い何かが二人の間を刹那的に通過した。

 一瞬で最初は分かりづらかったが、飛んで来た方を向くと、それが何だったのかはすぐに分かった。


 複数のリバースパイダーが再び現れた。


 「またかよ!」


 2人で肩を組んで逃げ出す、壁を作っている暇は無い。

 暗い道を進んでいく、なんとか距離は取れている、よし、このまま、撒けるか…?

 だが逃げ続け曲がった先に群れが待ち構えており、道を変えた、その先にまたもう一群、再び道を変えた先にもう一群と待ち構える。


 くそっ全然撒けない、どこに行っても待ち構えてる。それだけじゃない、なんだか誘導されてるみたいだな……ん?

 足元が沈む感覚がある、この感覚を俺は知っている。先ほど突然起こった出来事、崩落、すなわち魔物の罠、間違いない、リバースパイダーらは俺達をここに誘導していたのだった。

 逃げるのに精一杯だった俺は、気付いた頃には遅く、そのまま落とされてしまった。


 幸い、今回は落とし穴程度で、下の階までの高さはそこまでだった。


 「ラウル、大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だ」


 と、安心したのも束の間、その瞬間、目の前に映ったのは絶望以外の何者でもなかった。


 見るだけで暑くなりそうな真っ赤な炎を纏ったドラゴン、部屋の半分を占領する大きさ、翼は床を広く覆う程の大きさだった。息を吹くと同時に火を吹き出し、その姿は、ただ傍観する俺に恐怖を与えた。

 ”サラマンダー”、このダンジョンのボスである。


 そもそもボスなんて、入念な準備と複数人の協力あってようやく戦えるのに。

 そうか、リバースパイダーは最初からここに、俺たちを始末するために追いやっていたのか、賢すぎだろあいつら。


 今は怪我人もいる、肩を貸しながら逃げるなんてとても…。

 答えが出ないまま逡巡していると、ラウルが俺に喋りかけた。


 「もう良いネオ、俺を置いて逃げろ」

 「は?いやいや、そんなことできるわけ…」


 そんな選択肢俺にはない、モヤモヤが晴れたと言えば嘘になる、昨日から色々あったけど、いまだにラウルの真意は分からないけど…けどやっぱり。


 「俺は、あんた達に感謝してる、普通だったらもう今頃死ぬか孤独な毎日だったはずの俺が、手放したくないって思えるくらいの幸せな日常を過ごせてる、だからこそ、たとえ見捨てる事が最適な判断だとしても、そんな事で生き残るのだけは、絶対に嫌だ」


 俺は背負っていた大鎌を手に前へ出る、足が震えて今にも崩れてしまいそうだ、動悸も止まらない、後ろの座ったまま壁にもたれたラウルを見ないまま、俺は言った。


 「生きて帰ろう、この間に俺が納得できる言い訳でも考えててくれ」

 「お前…」


 先に仕掛けてきたのはサラマンダーだった、人間の身長より大きい真っ黒な爪を、こっちに振り下ろす。

 それを避けてサラマンダーを横目に走りだす。


 続いて火を吹き、ブレスで攻撃するサラマンダー、俺が走り続けるので狙いは定まらなさそうだ。

 走った勢いで一気に近付く、高くジャンプし、鎌で一太刀をくらわせに行こうと大きく振りかぶる、だが鱗は硬く、思ったほど刃は入らなかった、ならば魔法を使おう、風魔法、”シャープウィンド”で目を潰し、サラマンダーが悶えている間に水魔法、”アクアダイブ”を背中に叩きつける。


 思ったより善戦している感じに思えた、もっと苦戦すると思っていたが、このままならじきに本当に倒せるかもしれない、それが慢心だと気付くまでには時間はかからなかった。

 背中に乗っている俺をサラマンダーは軽く振り下ろし、俺は背中を強く床に叩きつけられる。


 サラマンダーを見ると、目が戻っていた。さっき与えた傷の修復も終わりつつある。

 それを見て俺は、戦意を一気に失った、ありえないだろ、どうやって倒すんだよ。


 回復を終えたサラマンダーは、次に俺ではなくラウルへと標的を変えた、ラウルに向かってブレスを放つ、俺はすぐにラウルの元へ走ろうとしたが、ダメージのせいで上手く動けなかった。

 このままじゃ…嫌だ…嫌だ嫌だ!まだちゃんと仲直りできてないのに…。灼熱の炎がラウルに近づく。


 もう終わりかと思ったその時、ラウルは剣を抜き、ブレスを真っ二つに切った。

 唖然とした俺を見て、荒い息でラウルは言う。


 「俺は…大丈夫だ、ネオ、倒せなくても、お前なら一矢報いることが…できるはずだ!俺らの子だ、今まで1人で生きていくための術は教え込んだだろ」


 俺は皆に全てを教わった、アリシアから武器の使い方を、フィンガルから魔法を、グラサーから治療を、ラウルから生きる楽しさを、全て皆からもらったものだ、何一つ無駄じゃない、なら俺も無駄にしちゃいけない、何を使っても、生きて帰らないと。


 そう一念発起した瞬間、体に異変が起きた。自分の上に禍々しい気配を感じる、だが同時に懐かしい感じもした。

 

 見上げるとそこには、見たこともない生物が俺の上をまたがる様に立っていた。

 全身が白で統一されたまるでイタチの様な姿、大きさはサラマンダーの二分の一程度、尻尾は三つに分かれている。


 「ホリビスの魔獣?」


 ラウルが獣を見てそう言った。

 獣は瞬きをするまもなく駆けていく、サラマンダーの攻撃を躱し、尻尾を刃の様に変形させ、風の斬撃で反撃する、続いて竜巻を起こし更に追い込んでいった。

 サラマンダーの体は傷だらけになりよろけ始める、傷を治す間を与えず獣がとどめの大きな一撃を与えた。


 二体の決着は驚く程早く決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る