第10話 ねぇ、ずっとここにいてよ

 リリの顔には黒いアザが広がり、目が片方だけ赤くなり、周りには太くて赤黒い触手が五本うねうねして動き回ってる。


 「ねえ、ずっとここにいてよ」


 俺達にリリがそう言った。


 「それはできないよ、だってやらないといけないこともあるから」


 俺はリリに優しく答えた。

 ビュン!


 先端を氷で硬くした触手がいきなりこっちへ伸びてきた、それを鎌でなんとか受け流した。

 リリの攻撃は段々早くなっていき、避ける俺を追いかけるように触手を差し込んで来る。


 「だから待ってくれリリ!俺は戦いたくないんだ」

 「だったら大人しく捕まってよ!」


 泣きそうな表情で言われた。

 触手は容赦なく俺を狙ってくる、鎌の刃で受け、二方向に裂けて別れたが、それでも触手は躊躇なく、俺の横を通り過ぎて裂けていく。


 触手の断面は殆ど表面と同じ赤黒い色で、真ん中には明るい赤色の筋が通っていた。

 裂けた断面同士がくっついて修復する、これも再生持ちか。


 「もう諦めて早く魔法陣の中に入っちゃってよ」


 魔法陣、おそらく催眠か洗脳の効果があるやつか?


 そう考察していると、その間に動けないセシリーへと触手が伸びる。


 「やめろー!」


 俺は触手を横から鎌でぶった斬る、断面から勢いよく、青い体液が飛び出して俺とセシリーの顔にかかる。

 斬れた触手は当然のように再生した。


 「どうしてもやめてくれないのか?」

 「だから言ったじゃん、むりだよって」


 リリが首を横に傾け少し口角を上げて言う。

 そうか、だったら力ずくでも止めてやらないと。

 俺は紋章に力を込めてウィーズを呼び出す。


 「ウィーズ!」


 体からオーラが溢れ、それと共にウィーズが飛び出す。


 「怪我はもう大丈夫か?」

 「心配はいらん、それより自分達のことを心配しろ」

 「…あぁ」


 ウィーズはリリに向かって突風を吹かしながら走って、一気に間を詰める。

 リリは風に吹かれ、綺麗なままのターコイズブルー髪を靡かせ、顔を腕で隠す。


 その隙をついてウィーズはリリを狙うが、走り抜けるウィーズの横に触手が伸びて攻撃してくる、俺はその触手を斬って援護した、しかしそれでも触手は再生し攻めてくる。


 「くそ、どうすれば…」


 サイクロンなどの大きな魔法を使えば倒せることには倒せる、しかし俺がしたいのはリリを倒すことではなく止めることだ、それに再生するあの触手も厄介だな。

 俺は考えながら周りを見渡した、するとある巨木を見てなんとなく思いついた方法がある、成功するか分からないがこれしかない。


 「ウィーズ、あっちの巨木の向こう側まで駆け抜けてくれ」


 次にウィーズに乗り、側の巨木へ向かって駆けて行く、するとリリは俺達を五本の触手で刺そうとして来る。


 次々に来る触手を避けながら前に進む俺とウィーズ。

 そして追いかけてくる触手から逃げながら目の前にある巨木を斬り、倒れる前に巨木の横を通り過ぎ、その瞬間追いかけて来た触手が切り倒された巨木に押し潰され、三本の触手の自由を奪った。


 「よし、いけた!」


 リリが、すぐに巨木に押し潰された触手を切ろうとした、おそらくそこから再び再生しようとしているのだろう。

 俺はすぐにそれを阻止すべく、ウィーズと別々に分かれて一本ずつ触手を受け止める。


 「あー、もう!なんで!!」


 リリが顔をくしゃくしゃにして悔しそうに怒鳴った。

 俺はリリに触手を斬って再生されるのも時間の問題だと思い、リリに今のうちに声をかける。


 「リリ、さっきも言ったけど、話しないか?」

 「だーかーら!、むりなの!」


 リリは触手の先端に炎を纏わせて、俺に当てようとして来た、その為避けるしかなかった。

 するとリリの押し潰された三本の触手が次々にちぎられていき、ちぎれた断面から再生した。


 綺麗に生え揃った五本の触手はリリの上で俺達に先端を向け、その先からそれぞれ五つの属性の魔法が飛び出そうとしている。

 左から火、雷、土、氷、水の順に並んで、魔法は一斉に放たれた。


 「ネオ君!」


 セシリーの心配の声を他所に、何発も放たれる魔法の攻撃を避ける。

 まさかこんなに属性が使いこなせるなんて、驚いたな。

 俺達は迫ってくる魔法を避けるので精一杯だった、リリを傷つけたくはない、その気持ちだけが俺の足を引っ張り続ける。


 攻撃が一時的に止んだ後、ウィーズが俺に言った。


 「おい、いい加減あの小娘は殺したほうが良いんじゃないのか、どうしても話が通じる様には見えんぞ」

 「そんなことは分かってる、でも、どうしても…」


 俺も分かってはいる、こんな状況で何を言っても聞いてもらえないことは、それでも、いくらなんでも殺すなんて、それにセシリーも見てる前だし。


 「お前がそれで良いならこれ以上は何も言うまい、後悔するなよ」

 「…分かってる、そうだ、一つ提案がある…」


 俺はウィーズに対し早口で耳打ちし、自分のお願い事を聞いてもらった。


 「いいだろう、それがダメなら分かってるな」

 「あぁ」


 ウィーズは聞き入れてくれた。


 少しの間の休息も終わり、リリは再び攻撃を繰り返す、魔力をさっきので使い過ぎたのか、攻撃は今まで通りの触手による物理攻撃だ。

 ウィーズと分かれて走った、俺は何もせず、とにかく真っ直ぐ走った、リリの俺に対する攻撃を、ウィーズがエアスライスで触手を斬り防ぐ、何度も攻撃を避けてリリに近付いて行く、これで近くに行ける。


 しかし、その時腹を触手で攻撃され、体がよろけ倒れそうになった。


 「ネオ君!」


 うつ伏せで大声をあげ心配するセシリー、そっちだって痛いくせに、大声は出すなよ。

 なんとか気合いで足を踏ん張り、全速力で走り続ける、そして遂にリリの元へ辿り着きそうになる。

 俺は力強く地面を蹴って、リリの元へ一気にジャンプした。


 俺はその勢いで強く抱きしめた、しっかりと。

 ウィーズが消える、空気を読んだのか知らないが。


 リリの体は普通の子と変わらなかった、小さくて弱々しくて、これ以上強く抱きしめると壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、なんら普通の子と変わらない、ただの女の子だ。


 「え?」


 予想外のことだったのか、リリは固まった。


 「な、何?今更こんなん…じゃ」

 「俺は、嫌じゃないよ、リリは怖くないし、可愛いと思ってる」


 リリが触手の先端を俺に向け脅す。


 「ごめんな、俺がさっき詰めすぎたから、怖かったんだよな?」

 「……」


 黙っているリリに俺は話を続ける。


 「大丈夫、大丈夫だから」

 「リリ…ちゃん」


 うつ伏せの体勢でセシリーも俺達の方へ話しかける。


 「お姉…ちゃん?」

 「ごめんね、この前、魔力不定のこと、リリちゃんの前であんなに楽しげに語って、私」


 涙を流しながらセシリーは謝罪した。


 「でも、二人とも私のこともう、嫌いだよね?黒いの見ちゃったし、だから、魔法陣で二人とも私のこと好きにならないと」

 「魔法ならもう既にかかってる、俺達はずっとリリが好きだよ」


 俺は少し性に合わないキザな言葉を言った。


 「お兄ちゃん…似合わないよ」

 「はは」


 すると俺の背中に向けられていた触手は下げられた。


 「リリ、大丈夫だ、この世界の風は繋がっている、俺達は絶対にどこかにいる、寂しくなったらそれを思い出せ、俺達はここにずっといれないけど、いつかまた会いに来る」


 抱きしめる腕を離し、リリから離れ、目を見てそう宣言した。


 「絶対だ、よ」


 優しい笑顔で俺を見つめていたリリが、一瞬表情を変えた、俺はどうしたのか分からない内に、横から強い衝撃が走り一気に木の幹まで叩くように飛ばされた。

 おそらくリリが俺をここまで飛ばしたと思われる。


 「いってぇ…」


 ぶつけた腕を押さえながら見てみると、リリが何かに胸を貫かれていた。


 「はぁ、はぁ、ホリビスと異形の仲良しこよしなんて…反吐が出んだよバカやろー!」


 見ると男がうつ伏せの状態で、手をリリに向けていた、やったのは間違いなくあの男だ、おそらく魔力が少し回復し始めていたんだ。

 許し難い事態に俺は男を殺してやろうかと思ったが、行動にうつす前にリリが瞬く間に男の顔を潰して殺してしまった。


 しかしリリの胸は治る様子も無く、そのままその場で倒れてしまった。


 「リ、リリ!?」

 「リリちゃん!」


 俺達はリリにゆっくり近付く、あー、くそ!腰が抜けて体に力が入りづらい。

 少しずつ近付いて、やっと二人でリリの元へ辿り着いた、俺はリリのことを優しく抱き抱える。


 「リリ?」

 「おにい…ちゃん」


 声に元気がなさそうだ、肌にも血色が悪い、唇もカサついてる、まずい、このままだと本当に。


 「待ってろすぐにポーション持ってくるから」

 「むりだよ、もう心臓…つぶ、れちゃっ」


 そんな、確かに、いくらポーションでも壊れた内臓は元に戻せない、でも、こんなことって…。


 「リリちゃん、うっうぅ」


 セシリーが大粒の涙を流し大きな声で叫ぶ。


 「おねー、ちゃん、だいじょう、ぶだから、お姉ちゃんのこと、怒ってないっぐふっ」

 「もう喋らないで、どうして…どうしてこんなことに」


 上体をゆっくり起こし、泣きながらリリの額を優しく撫でるセシリー。


 「思い出した、はぁ、気がする、の」

 「え?」


 息も荒くなってきた、それでもリリはまだ喋り続ける、重い口を一生懸命動かして。


 「このリボン、あげる、妹に、はぁ、いつか会え、たら、わたして」


 リリが震えた手で俺に赤いリボンを手渡した、俺はそのリボンをよく分からないまま受け取る。


 「ありがとう……だいすきぃ」


 最後に、搾り取るような声でリリは、俺達に大好きと言い残し目を閉じた。


 「リリちゃん、うぅ、うぅぅ」


 セシリーが顔を手で覆って泣いている、一方俺は、目の前が真っ暗になるくらい絶望していた、自分の目に浮かぶ涙に、しばらく気付けないくらいに。

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シロの末裔 みあかろ @ryomigi12

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