第5話 お勉強ごっこ
巨人の森に入って五日が経った。
これだけ歩き続けていると慣れてきたな、大きな樹木に道を迷わされそうにもなるが、初日よりも確実にテンポ良く進んでいけている気がする、とりあえず今は休憩中で、焚き火を三人で囲んで談笑中である。
「魔法は、この世界に九つの属性があります、火、水、氷、土、風、雷、闇、光、葉樹」
リリがセシリーの膝の上で本を読んで貰いながらお勉強だ、俺視線だと大きな本で顔が見えないが、足をぶらぶらさせ手を動かしている様子が楽しそうな顔を容易に想像できる。
「お兄ちゃんが使ってたのが風で、お姉ちゃんが使ってたのが火だよね」
「正解!リリちゃん賢いね〜」
頭を撫でられ誉めて貰い嬉しそうなリリ、セシリーが本を片手に持った瞬間にこっちにも顔が見えた、とてもいい笑顔だ。
「で、魔法には階級があります、初級、中級、上級、天上級」
「天上級って大きな大きな魔法だよね!見たことないけど聞いたことある!」
本当に楽しそうに勉強するなぁリリは、セシリーも教えるの楽しいだろうな、そう思いながら俺は鎌の刃を磨き手入れする。
「そうねぇ、普通は中級までしか見ることないもんね、あと九つの属性は一年間のそれぞれの月としても数えられているのは知ってる?」
「知ってる!、四十日が九ヶ月分あって、全部で三百六十日だよね」
「え、月の名前って属性と一緒だったのか?」
俺が口を挟んだ瞬間、何故か二人が黙り出す、ん?なんか俺変なこと言ったか?
「ネオ君…十五年間生きてて何で逆に気付かなかったの?」
「お兄ちゃんって意外と勘悪いんだね!」
年上に少し引かれ、年下にめちゃくちゃ馬鹿にされてしまった、リリがとてもいい笑顔で笑ってくる。
「そんなにおかしいか?」
自分がおかしいことをどうしても認めたくなかったのか、俺はセシリーに真面目な顔で聞く。
「いやー、まぁ今のは言いすぎたけど、別に月の名前も属性も把握してるのにそこの共通点に気付けないのはねぇ…」
「いや分かった、俺がおかしかったよ」
セシリーに掌を向けて静止した、これ以上言われても恥ずかしいだけだと思い、早々に引き下がった。そうか、普通は気付くのか…。
「フフッ、ネオ君も一緒に勉強しよ!大丈夫だよ!そんなのすぐ気にしちゃう所可愛い」
セシリーが内股でリリを膝に乗せた状態で横斜めの姿勢で言う、可愛いって…まるで子供みたいに扱われるなんて。
「可愛いお兄ちゃんもちゃんとお姉ちゃんのお話聞こうね!」
リリがセシリーの膝の上で前のめりになりながら”にーっ”と歯を剥き出しにした笑顔で俺に言ってきた。なんでだろう、リリに言われるとそんなに気にならなくなるな。
「そうだな、俺にもいつもみたいにいろいろ教えてくれよ」
「うん、え〜っと〜、あ、これはどうかな」
セシリーが自分の鞄からまた別の本を取り出した、本は古そうで、分厚いかどうかで言えばそこまで分厚いわけでもない普通の見た目だ。
「ネオ君はさ、今この世界にいる魔物達のルーツって知ってる?」
本を持ちセシリーが俺の目をじっと見つめ聞いてきた。
「いや、知らない、ていうかそんなの考えたこと無かったな、魔物なんていつも普通にいるのが当たり前だと思ってたし」
「そうだよねぇ、じゃあこれ聞くと飛びあがるよ〜」
本で口元を隠しにひにひと笑うように、上目遣いでこっちを見て、今から喋るのを楽しみにしている様子のセシリー、早速喋るようだ。
「まず、古代から今に至るまで存在する、とある現象について説明するね、それは”魔力不定”まりょくふじょうっていうんだけど知ってる?」
「あー、それなら聞いたことある、体内の魔力のバランスが安定しなくなって、体に影響していくやつだよな」
聞いたことはある、確かちょっと昔まで奇病とか言われてたんだよな、それはそれとして何だか、声のトーンが低くなった気がする、演出か?
「そうそう、人間だけじゃなくて生きている者全てに起こりうる現象、具体的にどうなるのかというと、魔力が不安定になると体が黒いアザで覆われていって、邪悪な欲求に目覚め、最終的には醜い異形に姿が変わってしまうの」
「へー、そこまでは知らなかったなぁ」
なんか怖いな、俺もいつかなったりしたらどうしよう。
「安心して、後天的なものではないから、百パーセント遺伝によって起こる現象よ」
「そ、そうか」
でも俺親のこと知らないしな…まぁ考えても仕方ないか、俺は黙ってセシリーの話を聞くことにした。
「そしてそれが魔物の何に関係するのかというと、実はその、魔力不定によって異形になってしまった人間、犬や猫、その他の生物こそが、魔物を生み出したルーツとされているの、簡単に言えば先祖だね」
「!?」
なんだと!?勉強なんてしたことないから全く知らなかった、常識なのかな?
思わず前のめりになった俺を、セシリーは興奮し眺める。
「やっぱそうなるよね〜、想像通りの反応だよ!」
ウキウキで話すそんな様子のセシリーに、俺は質問をする。
「じゃあその異形になったやつが他の異形と出会って交配して魔物が生まれたってこと?」
「まぁ間違ってはいないけど、少し違うわ、基本的に生まれてくるのは、異形になる前の姿を受け継いだ姿、例えば、犬と狼の異形同士だと、ただの犬と狼の雑種が生まれるだけ、でもごく稀に、異形の姿で生まれてくる子供もいるみたい」
セシリーが分かりやすく、本を指差して教えてくれる、興味が深まってきた俺は、それに対してまた質問をした。
「それはまだ魔物じゃないのか?」
「うん、魔力不定は人間が文明を進める前からあるっぽいから、そこから何千年、何万年と、新種が生まれては繁栄に失敗してを繰り返して、少しずつ、やっと今の生態系になったと考えられているの」
何てことだ…じゃあサキュバスとか、ゴブリンみたいな見た目が人間寄りの魔物は…やめよう、考えるのを一回やめよう。
俺は顔を横にぶるぶる振って、忘れようとする、そして少しの間、目の前にある焚き火を一点集中で見つめていた。
そんな俺の様子を見たセシリーが、さっきとはトーンが変わり、いつも通りで喋ってくる。
「ちょっと気分良くない話だったよね、でも今私たちが生きている世界ってこうやってできてるんだって考えると面白くならない?」
「……確かに」
前のめりのセシリーは笑顔で言う、生粋の学者だな。
気分が良くないのはその通りだが、興味深い気持ちがあるのもその通りで、俺はもう一つ気になったことがあったので、それを聞いてみた。
「でも今の時代魔力不定になった人達はどうなるんだ?昔からあるんだし、治す方法くらいはあるだろ?」
その質問を聞いたセシリーは、重い表情で答える。
「あるにはあるよ、でもそれを受けるには莫大なお金が必要になるの、だから貴族などの富裕層がその技術を独占して、貧困の人達はいまだに苦しめられているのが現状」
そこは茶化しちゃいけないのか、真面目な表情で言った、そんなセシリーに質問を続ける。
「なるほど、じゃあその魔力不定になった貧困の人は一体どうなるんだ?」
「与えられる選択肢は二つ、森や山奥に置いていくか、もう一つは、まだ暴れたりしていない段階の内に、ひと思いに死なせるか…」
そうか、でも確かに、何もできることなんて無いからこその、苦渋の決断なんだろう。
俺は横に置いていた鎌をもう一度手に取り磨き始める。
「へー、なんか難しい言葉多くてよくわかんないや」
リリが足をぶらぶらさせながら、つまんなそうに言った、ちょっと蚊帳の外にしすぎたか、確かに難しかったかもな。
「そうだよね、ごめんね、置いてけぼりにしちゃって」
セシリーがリリの頭を優しくなでなでして言った。
「ねーねー、遊ぼ!」
リリが膝からぴょんと降りて、少し離れた場所に小走りで移動し、俺たちに手を振りながら言った。
こういうすぐ飽きっぽい所も子供って感じだな、でも可愛いな、確かにラウル達が子供は癒しだと言ってた理由も分かるかる気がする、俺がこれくらい可愛かったかどうかは怪しいけど。
本を閉じて鞄にしまい、少し口角を上げた表情で立ち上がるセシリー、リリの方へ向かった。
どんな遊びをしているかは、見ているだけじゃよくわからないが、間違いなく二人は楽しそうだ、まるで姉妹のようだった。
この五日間で二人はだいぶ打ち解けあったな、見てて十分伝わってくる。
「お兄ちゃんも来なよー!」
リリがこっちに向かって、ぴょんぴょん跳ねながら両手で手の甲を上にした形の手招きする、セシリーもしゃがんだ体制と、小さい動きでリリと同じようにこちらを手招きしていた。
まぁこっから先こんな余裕無いだろうし、今の内だよな。
腰を上げ、俺は二人の元へ向かう。
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