第4話 巨人の森へ

峡谷の橋を越え山を下り、遂に巨人の森の目の前へ到着した。

 馬車から降り、セシリーは御者に代金を支払いお礼を言う。


 「途中いろいろあったけど、ありがとうございました」

 「いやー全然、良いってことよ」


 御者が馬を手綱で指示をし、馬車が動き出す、俺達はそれを見えなくなるまで見送った。


 「さぁ、二人とも、持ってるローブ着て!」


 セシリーの言葉に従って俺とリリは厚手のローブを着る、リリのローブは途中で御者がくれた物だ、なんだかんだで良い所もあるな。

 巨人の森は大きいので遠くから見ても分かりやすかったが、目の前に立つと迫力が違う、幹の太さ、長さ、葉の大きさまでもが規格外に大きい、木だけではない、森の中にある岩や一部の草もそれに比例したように大きい、そんな物が森の数ほど集まっているためとても威圧を感じる、入ると本気で巨人でも出て来るんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。


 「じゃあ行こう、準備はいいか?」


 俺が先頭に立ち、二人に呼びかける。


 「うん、大丈夫」


 二人が口を揃えて返事をし、こうして俺達は森へ入るのだった。


 中へ入り真っ先に感じたのは、周りが少し薄暗いと言うことだ、木の枝や葉が異常に広範囲に広がっているせいで、日光が遮られている、気温が低いのもそれが理由だ。

 セシリーもリリも足腰は丈夫なようで、若干不安定な足場の道のりでもちゃんと着いてきている。だが森の中はまだまだこれからなので安心してはいけない。

 そうやって自分を言い聞かせていると、茂みから音が聞こえた。


 「何?」


 セシリーがいち早く反応し、俺は早めに構えておくことにした、するとそこから複数の魔物が出現し、こちらに考える暇を与えることもなく攻撃してきた、俺は鎌で薙ぎ払い魔物は少し離れた場所に着地する。もう一体セシリーとリリに襲いかかった魔物も蹴り飛ばした。


 黒い毛並みに鋭い爪と牙と眼光、薄暗くてよく見えないが間違いない、この魔物の名前は”ブラックウルフ”だ、強さで言えばB級、そう聞けばそんなに強そうには感じないがそんなことは無い、B級でも一般の村人にとっては十分恐怖だ、以前戦ったクラーケン、あれがA級、そのすぐ下に位置するランク付けの魔物が弱いというわけがないのだ、俺にとっては間違いなく敵にならないが、複数の魔物を相手に二人を守りながら戦うのはなかなか大変だ。


 「グルルルウゥゥ」


 数は四体、涎よだれを垂らしながら飢えた様子でこちらに近付いてくる、やるしかないか。


 「ギャオーン!」


 ブラックウルフが俺に向かって飛びかかる、それを鎌で切り返り討ちにした俺を仲間が追撃して来た、再び飛びかかる一体を鎌で捉えその勢いで地面に叩きつけ真っ二つに切った。

 よし、早速二体始末した、もう二体もこの調子でいける!

 そう思い前を見ると、二体のブラックウルフがいない、既に二人の元へ向かっていた、一体はセシリー、もう一体はリリの方へ行く、俺はすぐに振り返り追いかけ、リリの目の前で下から鎌を振り上げ一体を切り裂き撃破、もう片方を見てみるとブラックウルフはセシリーに今にも飛びかかりそうだった。

 くそ、このままじゃ間に合わない、ここからだと距離がある。


 するとセシリーが掌を前にかざし、そこから火の玉が噴き出した、火の玉は勢いこそはなく、倒すことはできなさそうだが、直撃したブラックウルフは少しの間足を止めた、この一瞬の間を俺は見逃さず、鎌を振り風魔法”エアスライス”を繰り出す、エアスライスはブラックウルフを切り裂き、とどめが刺された。


 「お姉ちゃーん!」


 リリがセシリー向かって走って行き抱きつき声をかける。


 「大丈夫だった?」

 「うん!大丈夫よ、ちょっと腰抜けちゃったけどリリちゃんこそ大丈夫?」

 「うん、お兄ちゃんがすぐに助けてくれたから大丈夫!」


 お互いの安否を確認し合う二人の元へ、俺は歩いて近付きながら、セシリーに尋ねる。


 「魔法なんか使えたんだな」


 セシリーは少し驚いた様子で聞く俺に対し、ドヤ顔で答える。


 「どーお?私も最低限のことはできるようになりたいし、いつも練習してるの、と言っても初級魔法だけどね」


 最後恥ずかしくなったのか、我に帰った様子だった。

 確かに魔法自体は荒削りだし、初級だけと聞くと大したことないかもしれないが、俺としてはそれがあったから助けられた、本当によかった。


 「でも魔法が使えるなら、大体の弱い魔物から身を守れるな、むしろそういうのがあって安心したよ」


 俺の言葉に続いてリリが喋り出した。


 「お姉ちゃんの魔法すごく綺麗だったね、上級の火魔術なんかより綺麗だった!」


 セシリーは満更でもない様子だった。

 俺はセシリーを守ろうとしすぎていたが、彼女は彼女なりに自分でできることをしていたんだ、ちゃんと信頼しながら付き合っていかないとな。


 「ねぇこの魔物の肉、持って行かない?」


 と、セシリーが提案した。

 ブラックウルフの肉か、硬くて臭みもあるし美味しくはないが、別に食べられないこともないだろう、いつ食糧不足になるかわからないし。


 「そうだな、でも沢山持って行くと余って腐りそうだし、少しだけにしよう」

 




 しばらく何事もなく歩き続けた、転がる木の枝を踏み、大きな地面の傾斜を超え、静かな時間が過ぎる、聞こえるとすれば鳥の鳴き声くらいだ、そんな中リリが俺の隣を歩きこっちを下から覗き込みながら質問してきた。


 「ねぇねぇ、お兄ちゃんは何してる人なの?」

 「えっと、俺は、セシリーの仕事を手伝ってるんだ」


 ちょっと簡単に答え過ぎたか、でもあんまり細かく言っても子供にはわからないだろうしな。


 「えー、お姉ちゃんは何やってるの?」

 「私は考古学者、錬金術もちょっと齧ってるけど、今は世界中のどこかにバラバラに存在しているある物を集めるために旅をしているの、まぁ最近始めたばかりなんだけどね」


 セシリーが全部答えてくれた、そういえば、なんで全部で九つって分かるんだ?


 「なぁセシリー、なんで九つって最初から分かってるんだ?」


 俺は後ろを首だけ振り返り、思ったことをそのまま聞いた、セシリーは何も難しい顔はせず答える。


 「それはね、物品にあるそれぞれの印があるものに似ているの」

 「印?あー、前言ってたな、共通のマークがあるって」


 それが何に似ているんだろう、国の紋章とか?セシリーは考えている俺にすぐに答えを出してくれた。


 「この世に存在する魔法の属性、全体的に共通の形だけど、それぞれにその属性をイメージした特徴のマークが存在するんだけど、物品にあるそのマークもそれに酷似しているの、だから九つって言われているわ」

 「ほえ〜、なるほどなぁ」


 属性のマークと似ているのか、実際何なのか今もよく分からないけど、じゃあそれ自体にもその属性の魔力が宿っているのか?そうとも限らないか?


 「まぁ昔の古い文献で書かれてあるらしいから、九つであることは間違いないね、むしろ今の属性関連の話は後付けって言われてる」


 付け足すようにセシリーが知っていることを教えてくれた。


 知らない内にリリが話に飽きてしまったようだ。


 「ねぇねぇ、あっちに木の実いっぱい落ちてるよ、行ってみようよ!」


 セシリーの腕を引っ張り催促するリリ、木の実か、必要はないんだがな。


 「あの…リリちゃん、食べ物ならもう十分あるし、別にいいんだよ?」


 セシリーが困った表情で、中腰になりながら引っ張られている


 「えー、いいじゃん」


 リリが頬を膨らませながらセシリーを連れて行く。


 突然のことだった、白く大きな丸太のような物が落ちてきた風に見えた。


 「危ない!」


 俺はそう言いながら早く反応して、二人を咄嗟に抱えてそこから離れることができた、さっき見えた物の正体は魔物だとすぐに分かった、というか自分から出て来た。


 狼のような見た目に、ブラックウルフとは真反対の白い毛並み、青白い瞳、そして何よりとても大きな体、俺達の五倍くらいの高さはありそうだ、この魔物の名前は”フェンリル”、A級の魔物である。

 フェンリルはこちらを睨み付け、今にも襲いかかって来そうだ。


 あまりの大きさと迫力にセシリーが足を震えさせ、分かりやすく怖がる様子を見せた。


 「大丈夫、俺がいる限り二人とも死なせない」

 「…うん、そうだよね、ありがとう!」


 セシリーを安心させるべく言葉をかけた、さっきは少し不甲斐なかったが、今回はA級と言えど一体を相手にするならまだ守りやすいか。

 二人に離れてもらい、俺は首の紋章に魔力を込めた。


 「ウィーズ!出て来い」


 俺はホリビスの力で獣を出した、名前はウィーズと名付け、今ではたまに来てもらう相棒として頼りにしている。


 獣を出す力といえば召喚獣と言うのもあるが、あれとは全く違う能力だ、大きな違いは、あちにらは自我がなく、ご主人を守るために動いたり指示通りに動いたりするのに対して、こちらの獣には自我がある、俺が何か指示しなくても自分で考えて行動できるのだ、しかしその分手懐けるのには時間がかかる、俺も苦労した、ちなみに意思の疎通もできる、たまにしか喋ってくれないけど。


 「行くぞ!」


 先に仕掛けて来たのは向こうからだった、人間の半分くらいある大きな黒い爪を振り下ろしてきた、俺はそれを避けウィーズに乗り、フェンリルの横を駆ける。

 ウィーズは丁度良いタイミングで飛び上がり、俺は首元に思いっきり切りかかる、しかしフェンリルは俺達の思っていた以上に俊敏で、容易に避けられてしまった、すぐに方向転換し、こちらへ向かって噛みつこうとして来る、俺達もそれを避ける、俺は相手が一瞬足を止めた時エアスライスを放ち、避ける方向を予測してウィーズから飛び、フェンリルの背中へ鎌を振り下ろす。


 「ギャーオーン!」


 辺りに血飛沫が舞い、フェンリルが暴れ出し、俺は振り回される。

 鎌と共に投げ飛ばされ地面に叩きつけられたが、そこまでダメージは受けなかった、ウィーズがすぐに俺を拾ってくれる、フェンリルの方を見ると、口を大きく開け氷の刃を放とうとしていた、自分に来た分もセシリーに来た分も鎌で弾いて防いだが、二本ほど左肩と右足をかすめた、感触は例えるならば、皮膚ごと持っていかれる感じだ、かすった一瞬の間、氷が俺の汗に反応してくっついたんだろう。


 ウィーズがエアスライスを放つ、さきほどの一撃が少し効いていたのか、避けられることなくフェンリルに直撃した、それでもまだフェンリルは倒れそうになく、こちらに向かってくる、とてもタフだな、俺は迎え撃とうと鎌を持ち直し、ウィーズに乗りながら翔ける、しかし突然ウィーズが失速した。


 「ウィーズ…?」


 足にさっきの氷が刺さってしまっていたのだ、俺は咄嗟にフェンリルに向かってエアスライスを放ち、俺だけに注意を引くように誘導する、自分の足で走りながらタイミングを伺う、あと一発だけ当てれば倒せそうだ。

 迷っているとウィーズが横からエアスライスを放つ、それは樹木を切り倒しフェンリルの尾を地面と挟む、身動きが取れなくなり、的となったフェンリルにさらに一撃を鎌で与え、倒れた。


 俺はすぐにウィーズの元へ近付き、声をかける。


 「大丈夫か!?、手当を…」

 「要らん」


 ウィーズは俺の声に冷たく返しすぐ消えてしまった、まぁいつも通りか。

 セシリー達が駆け寄って来た。


 「ネオ君!大丈夫?」

 「お兄ちゃん…」


 リリが驚いた様子だ、そうだ、ホリビスって言ってないもんな、不信感を抱かれても仕方がないか。


 「お兄ちゃんかっこよかった!」

 「え?」


 リリが大きく手を広げてテンションを上げ言う。


 「何あのイタチさん!凄い!」

 「あ、そうか、ありがとう」


 なんか思っていた反応と違う…。


 「リリちゃんは純粋な子だからね、多くの人がホリビスを嫌がっても、皆が皆そうなわけじゃないから」


 セシリーが俺の右肩に手を置き言った。

 そっか、でもこんなこと慣れていたつもりが、心構えしてしまっていたな。


 「あ、でもあんまり分からない所に無警戒に向かおうとしちゃ駄目よ、リリちゃん」

 「ごめんなさい…」


 セシリーに注意されリリがしゅんとしてしまった、まぁ間違ってないからな、反省はするべきだ。


 「ネオ君、体の手当てしてあげる」

 「え?これくらいは別にいいよ」


 傷のことを心配してくれたのか、少し痛むけど本当に大した事ない。


 「でもせめて傷口は洗わないと、それくらいはしよ?ね?」

 「…分かったよ」


 確かに、何があるか分からないし水で流すくらいはするか。


 「よし、じゃあ肩出して」


 あぐらをかいて座り、セシリーに肩を見せる。


 そういえばリリは?

 キョロキョロして首を振り探すと、リリがフェンリルの死体のそばでしゃがみ込み、フェンリルを見ていた。

 言ってる側から…するとリリが何か呟いているように聞こえた。


 「……たず」


 ん?なんて言ったんだろう。


 「リリちゃん?どうしたの?」

 「ううん、大きいなって思って」


 セシリーの質問に笑顔で答えるリリ、そうか、人間の約五倍ありそうだしな、そりゃ興味をそそられるよな。


 今日歩くのはもうお終いにしよう、みんな疲れただろうしな、でも初日からこんなに戦うなんて思わなかったな、裏で誰かが魔物を操ってたりして…

 ないか。

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