第9話

 準備を整え二日たった今日、辺りがまだ薄暗い朝に俺とセシリーは街を出発した。

 移動は馬車に乗って行く、俺とセシリーは中で自分の荷物を横に置き、向かい合って座っている。御者には巨人の森の入り口まで乗せてもらうようにお願いしてある。


 「お二人さん、乗り心地はどうだい?」

 「はい!大きな揺れが少なくて快適です、安心して乗れてます」

 「そうかそれは良かった!」


 御者の質問にセシリーが答えた。この御者はもちろん俺がホリビスであることは知らない、姿形はヒト族と変わらないので、首にある紋章さえ見られなければまずバレることは無い、ただしバレた時にはこの前みたいに周囲に蔑んだ目で見られたりしてまともに相手をしてくれなくなるのが当たり前、もっと前にバレた時は果物を買いに行った時だ、隠していた紋章が果物を見ようとして屈んだ拍子に、たまたま服がずれて見られてしまったのだ、店主はそれを見るなり俺に箱いっぱいの食べカスをぶっかけて来た。

 そんなことがあるためこの旅では、できるだけセシリーに迷惑をかけないようにバレずに行きたい。


 でもセシリーはなんで俺をこんなに受け入れてくれるんだろうか、学者だから学もあってホリビスのことについてもいろいろ知っているだろうし、この世界の教育なんて殆どホリビスに悪印象を感じる内容ばかりだろうに。

 そんなことを考えてセシリーを見ていると、こちらの視線に気付いたようだ。


 「ん?どうしたの?」


 セシリーは少し微笑んだ表情で優しく聞いてきた、気付かれて動揺してしまった俺は、一瞬そわそわして何とか話を切り出した。


 「セシリーはどこ出身なんだ?」

 「え、出身?」


 しまった、困った顔してる、唐突に思いついたことだから質問自体不自然だったか、でも聞いてしまったことはしょうがない、セシリーは困った顔はしたもののすぐ答えてくれた。


 「ベルスティアの領土のリハイオスにあるテイル村よ、そこでお父さんと二人で暮らしてたの」

 「テイル村…」


 全くピンときてなさそうな俺に彼女は優しく返してくれた。


 「まぁ何もない田舎だからしょうがないよね、知らないのも無理ないよ」

 「い、いや!そんな、聞いた事はある…あるんだよ、ただなんて言えば良いか分からなくて」

 「ふふっ、良いんだよ、本当にそんなもんだから」


 あー、何やってんだ、かえって失礼な感じになってしまったじゃないか、気を使わせてしまったし…。

 とにかく話を変えよう


 「父親と二人だったのか?」

 「うん、お父さんも私と同じで学者だったんだ!私が今この仕事をやってるのもお父さんの影響ね」


 やっぱりそういう仕事に就く人は皆育ちの環境が大事なんだな、俺なんて今から頑張って勉強してもなれないような仕事だ、凄いな。


 「へー、じゃあお父さんは自分の娘が同じ仕事に就いてくれたの嬉しいだろうな」

 「…うん」


 どうしたんだろう?傷つくことでも言ってしまっただろうか。


 「お父さんは、私が学校に入る前頃に病気で亡くなっちゃったの、だから私が今この仕事してることも知らないの」


 セシリーが馬車の小さな気にならない程度の揺れに揺られ、俺の顔を見て少し口角を上げ、片方の眉を上げて言う。


 「そ、そうか、嫌なこと聞いたな…ごめん」

 「ううん、そんなことないよ、確かに死んじゃった時は毎日泣いて、しばらく何もしたくなくなるくらい悲しかったけど、生きてた頃の思い出は今でも鮮明に覚えてるの、だからね、不思議と今は前向きなの」


 本を優しい目で見つめ撫でながら言うセシリー、その本は何か父との思い出の品か何かなんだろうか。

 再びセシリーが口を開く。


 「懐かしいなー、あの時は一緒に本を読んで勉強したり、外に出て遊んだりして、楽しかった」


 本当に幸せそうな顔だ、父親か、俺にとってはラウルがそれにあたるのかな、今どうしてるのかな。


 「実はね、この物品集めの仕事、お父さんがずっとやりたかったことなの、元々体が丈夫な方じゃなかったから叶わずだったけど、だから私がお父さんのかわりに頑張りたいと思って」


 それは凄いな、亡くなった後、父の悲願を達成したいってことか、そう言う気持ちは俺にも理解はできる、ラウル達に会う時には立派になっていたい、そんな気持ちと近い気がする。


 「凄く好きなんだな、父親のこと」

 「そうね、私、村に住んでた小さい頃は同年代の子達と仲良くできなくて、ずっとお父さんに引っ付いてたりしてたの、結構お父さん子だった」


 それがこうやって一人で生きてきて立派に仕事をしているなんて、尊敬するしかないな、俺もこうなれるかな。


 「お父さんはいつも言っていたわ、いついかなる時も立場の弱い者の味方をして助けてあげなさいって、大好きなお父さんの言うことだったから、今でもその教えは守ってるの」

 「そっか」


 なるほどな、俺のことを快く受け入れてくれるのも、そう言う父親の教育環境のおかげか。


 しばらく話をしていたら、小気味良い馬車の揺れが停止した。


 「なんだ?」


 御者台の方を覗いてみると、馬がその場で座りこみ眠ってしまっていたらしい、二人で外に出て確認すると御者が馬を起こそうと声をかける姿が見えた。


 「おーい、おーい!」


 セシリーが困っている御者に尋ねる。


 「どうしたんですか?疲れちゃったんですかねぇ」

 「いやーよく分かんねぇ、怪我もなさそうだ、さっきまで普通に歩いてたのにな、こんなん初めてだ」


 出発を始め四時間程度、馬が急に歩くことをやめ、馬車に乗って移動することが不可能になってしまった。そのためしばし時間が必要になり、御者の謝罪を受けたあと俺たちは、馬車から降り外の空気を吸って暇つぶしをする。

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