第5話


語り手:三人称


 雲が浮き泳ぐ、日差しが強めな、快晴とは言えないが天気の良い空の下で、海を進む船の中に一人の女性が立っていた。


 歳は十八か十九くらい、服は黄色メイン、肩に斜めの角度で下げられた少し大きい鞄を持ち、髪は黒色のツインテールで、カチューシャを付けている。


 彼女は人を探しているかの様に首を左右に振り、周りを見渡す。やがて歩き疲れたのか、乗客が集まる部屋へ入り長椅子へ腰掛けた。


 しばらくの間休んでいると、いつの間にか少し離れた横に小柄な少年が座っていた。少年は布に包まれた大鎌を持ち、体全体を覆うマントを羽織る、顔はマントのフードで見えない。


 「……?」


 女性が横目にチラ見していると、少年が視線に気付き、女性は目線が合った途端に逸らした。顔は体によく似合う小ささで、目は大きめだが瞳は白色で縦長の三白眼だった。


 「何か?」


 少年が眉間に皺を寄せ、しかめっ面で尋ねる、女性はソワソワと慌てた様子で答えた。


 「え?あ、いや、ちょっと人と待ち合わせしてて、そうかなって思ってちょっと、確認してみただけ、勝手にジロジロ見てごめんなさい」

 「あー、そうか」


 少年は話を聞くと理解して話を終わらせる様に目を逸す。だが女性は話を続ける。


 「あなたは一人で何をしてるの?」

 「…いや、仕事のためにここで会わなきゃいけない人がいて」

 「なーんだ、同じじゃん!」


 女性は一気に少年へと距離を詰める。


 「え……え?」


 戸惑う少年と、それにお構いなく話を続ける女性。


 「私は”セシリー”、いくつなの?名前は?」

 「歳は十五、名前は…言いたくない」

 「え?成人じゃん、私と四つしか違わない」


 俯きながら答える少年に対してセシリーは喋り続け、少年はその勢いにただただ圧倒されていた。すると少年の鳩が豆鉄砲を喰らったかの様な顔に女性はやっと気付いたようだ。


 「ごめん、私、人との距離の取り方おかしくてつい」

 「いや、別に良いけど」


 すると少年は、セシリーの持っている本に気付く、見た目だけで分かる、読書に興味がなければ、必ず手を伸ばしたりしないであろう、ずっしりと重そうな、落とすととんでもなく大きく鈍い音がしそうな分厚い一冊の本に。


 「あんた、随分と大きな本を持っているんだな」

 「何?興味あるの?えっとね〜これはね〜…」


 セシリーが再び勢い付き、とてつもない早さで捲し立てる。少年はしまったと言う気持ちもありながら、話をふったのは自分だという責任もある、故に大人しく話を聞く事にした。


 「てなわけで、魔力地帯って言う魔石が採れる場所は世界あちこちにあるんだけど、その殆どは各国がそれぞれで保有して、立ち入り禁止にされてたりするんだよね〜」

 「へぇ、結構物知りなんだな」

 「まぁ仕事ですからね!」


 その言葉を聞いた少年は表情を変え、しっかり相手を向いて口を開いた。


 「仕事って何の?」

 「専門は考古学と錬金術よ、他の分野は趣味かな、今日は国からの依頼でね、長旅になるからって、護衛さんがここで待ってるって聞いたんだけど、まだ見つからなくって」

 「…それ」


 バッシャアアン! ズドオオン!

 突然のことであった、少年の声をかき消す様に、船が大きく揺れ、乗客全員が部屋の隅へと叩きつけられた。船の軋む音、乗客達の悲鳴が一斉に響く。


 「ん、なに!?」


 そう言って、セシリーが体を起こしながら周りを見渡す。周りには怪我をして泣き叫ぶ子供、腰を打って動けなそうにした老人、その場に一目散に駆けつける乗組員など、今の一度の衝撃がどれだけ大きな事かがわかる。

 少年は立ち上がり、すぐに走り外へ向かうのだった。


 「ちょ、ちょっと待って!どこ行くの?」


 走っていく少年をセシリーが走って肩を掴み呼び止めた。振り向く少年はさっきとは違う、まるで戦場に来たかの様な険しい雰囲気で、セシリーに話す。


 「外に行って状況を見てくる、怪我が無いんだったら他の乗客達を船員と一緒に見といて」


 そう言って少年は、鎌を片手に構えて廊下を走って消えていった。

 セシリーは少しの間呆然としてしまったが、乗客達を対応していた屈強な見た目の船員が呼びかけた。


 「姉ちゃん大丈夫か?怪我が無いなら申し訳ないんだが、この方をそちらの椅子まで運ぶのを手伝ってくれないか?人手が足りねぇんだ」


 船員は肥満体型の老婆を重そうに担いでいた、断る理由はなくセシリーは肩をかすことにした。


 老婆の体は確かに重い、まるで水がたらふく入った大きな皮袋のような、持ち上げづらい感じの重たさ、これは確かに一人で移動させるのは難しい訳だと、セシリーは納得する。

 二人で何とか一歩一歩担いだ腕を持ち直しながら、怪我した老婆を椅子の場所まで運ぶ。


 「船員さん、どうもありがとう、お姉さんも」


 老婆は感謝の言葉を述べた。


 「いや、安心するのはまだ早い、原因が分からない限り、またいつあんな揺れが起こるか分からんからな。」


 船員の男は、周りを見渡し、他に何も問題がない事を確認すると、セシリーを見て喋り始めた。


 「ありがとうな姉ちゃん、助かったぜ、俺は外に行って状況確認に行くからな、ご婦人の怪我の治療は別の船員が引き受ける、何かあったら残った奴らに言って助けを求めてくれ」

 「分かりました、お気をつけて」


 船員が手を挙げ挨拶し、出て行こうとした瞬間、部屋に別の船員が慌てた様子でやって来た。


 「お前達!ここにいたら死ぬぞ!早く避難用の小舟まで走れ!」

 「船長?何があったんだ⁉︎」

 「海のでけぇ魔物だ、それがこの船を襲って来たんだ、今はよくわかんねぇ小さいガキが相手してる、今のうちに何とかしろって言われてここに来たんだ、早く来い」


 それを聞いたセシリーは、早歩きで船長に近付き声を荒げ、問い詰める。


 「子供?そんな事をその子に任せて来たんですか⁉︎」


 セシリーの言葉が船長の胸に刺さる。


 「いや、それはそうなんだけどよぉ、魔物とまともに戦った事ねぇ俺たちよりも、あの小僧の方がよっぽど手慣れてた」

 「でもだからって!」


 食い気味にセシリーは話を遮るが、船長は話を無理やり続ける。


 「実際見たら分かる、俺じゃ居るだけで邪魔になる、とにかく俺が今できる事は、ここからあんたらを非難させることだけだ」

 「……分かりました」


 船長の真面目な顔を見てセシリーは飲み込んだ。

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