第55話「揺れる心と止まった音」

朝から、どこか落ち着かない気分でいた。いつものように東京での音楽活動に集中しようとしても、頭の片隅にある不安が消えない。それが何なのか、最初ははっきりとわからなかったが、時間が経つにつれてその正体が明らかになってきた。


その日の昼過ぎ、スマートフォンが鳴った。何気なく画面を見ると、ニュースアプリの通知が表示されている。いつもは大したことのないニュースばかりだったが、その日の通知には見覚えのある名前が並んでいた。


「Kanon、活動休止を発表」


大輝の心臓が一瞬止まったかのように感じた。慌てて記事を開くと、そこには彼女が突如として音楽活動を休止することを発表したと書かれていた。理由は詳細に語られておらず、ただ「今後の活動について考えたい」とのコメントだけが残されていた。


「奏音…」


大輝は呟き、手が震えるのを感じた。なぜ?なぜ彼女が活動を休止する必要があったのか。順調に見えた彼女の音楽キャリアに、何が起こったのか。考えが次々と浮かんでくるが、答えは見つからない。


部屋の窓から差し込む午後の日差しが、やけに眩しく感じられた。心がざわつき、何も手につかない。ギターを手に取るが、いつものように集中できない。頭の中は奏音のことでいっぱいだった。


その日の夕方、月城プロデューサーに相談するために事務所に足を運んだ。月城は大輝の顔を見るなり、すぐに何かがあったことを察したようだ。


「大輝、何か悩んでいるようだね」


大輝はニュースのことを伝え、奏音の突然の決断に対する不安を打ち明けた。月城はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「Kanon…彼女の決断はおそらく簡単なものではなかったはずだ。しかし、今は彼女の決断を尊重するしかない。君も彼女が自分で選んだ道を信じるべきだ」


「でも、俺…いや、大輝には何もできないんですか?彼女があんなに頑張ってきたのに…」


「何かできるかどうかはわからない。でも、君ができることは、彼女に負けないくらい自分を磨くことだ。それが、彼女に対して君ができる最大の支えかもしれない」


大輝は頷いたものの、心の中にはまだ重たいものが残っていた。自分自身の成長に集中しようとするも、どうしても奏音のことが頭を離れない。


事務所を後にした大輝は、その足で影虎に会いに行った。彼もまた、奏音の活動休止に驚いている様子だったが、表には出さず、冷静に話をしてくれた。


「大輝、お前も音楽の道を歩んでるんだ。今は自分の夢に集中しろよ。奏音のことは彼女自身が決めたことだ。俺たちはそれを尊重するしかない」


影虎の言葉は理にかなっていたが、それでも大輝の心は晴れなかった。自分がどんなに頑張っても、奏音が心から笑顔で音楽を楽しむ姿を見られないのではないかという不安が消えなかった。


その夜、大輝は自分の部屋で一人、ギターを抱えて座り込んでいた。奏音の曲を弾こうとしたが、指が思うように動かない。心の中で何度も「頑張らなきゃ」と自分に言い聞かせるが、その言葉が虚しく響くだけだった。


「奏音…お前、今何を考えているんだ?」


大輝の頭の中に浮かぶのは、ただ彼女の笑顔と共に奏でられた音楽の数々。彼女がいなければ、自分はここまで来ることはできなかっただろう。だからこそ、彼女のことが心配でならなかった。


「俺が…もっと強くなれば、彼女を支えられるのかもしれない…」


大輝はギターを手に取り、再び練習を始めた。奏音のために、そして自分の夢のために、今できることを全力でやるしかない。彼女が戻ってくるその日まで、自分も成長し続けると心に誓いながら。


翌朝、奏音のことを考え続けながらも、大輝は気持ちを切り替え、東京での生活に備えて準備を進めた。彼女のために、そして自分の夢のために、全力で前に進むことを決意したのだった。

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