第50話「新しい環境での試練」

東京での新しい生活が始まり、大輝はその忙しさに少しずつ慣れ始めていた。朝早くから夜遅くまでのスタジオ練習。大都会の喧騒と、背中にのしかかるプレッシャー。自分が踏み込んだこの世界が、これまで経験したことのない厳しさを持っていることを改めて痛感する。


「おはようございます!」


大輝はスタジオに到着すると、すでに集まっていた他のバックバンドのメンバーたちに声をかけた。彼らは皆プロとして活動しており、技術も経験も大輝より遥かに上だった。アイドルグループの曲を演奏するために集まったこのバンドの一員として、自分が果たすべき役割にプレッシャーを感じずにはいられない。


「今日も気合い入れていこう!」


リーダーの男性がそう言うと、練習が始まった。初めて触れる曲やアレンジに戸惑いながらも、大輝は必死でついていこうとする。しかし、他のメンバーたちのスムーズな演奏に比べ、自分の演奏はまだまだぎこちない。何度かミスをしてしまい、その度に皆の視線が自分に集まるのを感じる。


「大輝くん、もう少しリズムに乗って。今の感じだと、曲全体が重くなっちゃうよ。」


プロデューサーが指摘を入れる。大輝は焦りを感じながらも、なんとか修正しようとするが、すぐにはうまくいかない。


「すみません…」


大輝は小さな声で謝りながら、もう一度演奏に集中し直す。練習は続き、彼は何とか他のメンバーたちに遅れを取らないように必死だった。


練習が終わると、他のメンバーたちと一緒に食事に出かけることになった。彼らはスタジオを出るとすぐに笑顔を見せ、和やかな雰囲気で大輝を誘った。


「大輝くんも一緒に来る?」


「はい、ありがとうございます。」


大輝は少し緊張しながらも、彼らの後についていった。食事の席では、プロのミュージシャンたちがこれまでの経験や、音楽に対する思いを語り合っていた。彼らの話を聞いているうちに、大輝は自分がまだまだ未熟であることを痛感した。


「みんなも最初はうまくいかなかったんだ。けど、諦めずに続けていくうちに、自然と力がついてくるもんだよ。」


あるメンバーが大輝に優しく声をかけた。その言葉に少しだけ救われた気がした。自分だけが悩んでいるわけではなく、誰もが通る道なのだと知ったからだ。


その夜、大輝は自宅に戻ると、ギターを手に取った。スタジオでの練習とは違い、自分だけの時間だ。奏音のことを思い浮かべながら、ゆっくりと弦を弾き始める。


「奏音も、こんなふうに悩んでいたのかな…」


彼女がデビューを目指していた頃、自分も同じように不安やプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのだろうか。そんなことを考えながら、大輝は彼女が地元で歌っていた曲を思い出す。あの曲を聴いて、自分も勇気をもらったことが何度もあった。


「自分も、もっと強くならないと。」


大輝は決意を新たにし、ギターの弦を力強く弾いた。


次の日、大輝はまた早朝からスタジオへと向かった。疲れがたまっているが、その疲れを感じさせないように背筋を伸ばし、スタジオのドアを開ける。


「今日は、昨日よりもうまくやる。」


自分にそう言い聞かせながら、練習を始める。ミスを恐れず、全力で挑むことで、少しずつ自信を取り戻し始める。プロとしての自覚と、新しい環境での成長を目指し、大輝は前に進んでいく。


その夜、スタジオを出た大輝は、東京の夜空を見上げた。都会の光に遮られて、星はほとんど見えない。それでも、大輝の目には新たな挑戦に対する決意と、奏音との再会への希望がしっかりと宿っていた。東京での新しい生活はまだ始まったばかりだが、大輝の心にはこれまで以上に強い意志が芽生えていることを感じていた。

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