第42話「迷いと決断」

学校の帰り道、いつものように自分はギターケースを背負い、住宅街を歩いていた。

ギターケースを背負って学校に行っているものの、ここ数日はケースを開けることはなかった。


Kanonが審査員を務めるオーディションへの参加の話が、頭の中でぐるぐると回っている。

心の中で何かが動かされたのは確かだが、それが「参加しよう」という決意にはまだ繋がらなかった。


「オーディションに参加したところで、本当に勝ち残れるのか?」


自分の実力に対する不安が押し寄せる。


Kanon──奏音の前で演奏できると胸を張って言える自信が、自分にはなかった。


「おかえり。今日はどうだった?」


家に帰り着くと、母親が夕食の準備をしていた。キッチンから漂ってくる香りが、少しだけ自分の心を落ち着かせてくれる。


「うん……」

大輝が煮えきらない返答をすると母親が少し呆れた顔をして話しかけてきた。


「あんた、また何か悩んでるんでしょ」


「関係ないだろ」


思春期の高校生らしく大輝が返すと母親は小さくため息を付いた。


「あんたらしかね。小さい頃から、いっつも何をするにも悩んどったもんね。最後の最後まで悩んで、結局やらんことが多かったもんね。」

母親の言葉はいつも的を射ていて、反論の余地がない。

自分が考え込んでいる間に、幾度となくチャンスを逃してきたのは事実だ。


母親は続けて言った。


「そういえば、奏音ちゃんはいつも思い切りがよかったわね。『やらない後悔よりも、やって後悔したほうがいい』って、口癖のように言ってたわ。」

その言葉が、自分の中に深く響いた。


奏音がいつも自分に言っていたその言葉──その言葉が、彼女の生き方を象徴していた。


思い返せば、奏音はどんな困難にも立ち向かい、常に前を向いていた。その姿に、いつも自分は勇気をもらっていた。


「やらない後悔よりも、やって後悔したほうがいい…」


その言葉を、何度も心の中で繰り返した。

もしオーディションに参加しなかったら、きっとその後悔は一生残るだろう。たとえ失敗したとしても、その経験は自分を成長させるはずだ。


「…やっぱり、オーディションに出ることに決めたばい。」

母親に聞こえないくらい小さな言葉だが、その言葉を口に出した瞬間、自分の中で何かが変わったのを感じた。


不安はまだ完全に消えたわけではないが、決断を下したことで、少しだけ前に進む勇気が湧いてきた。


母親に聞こえるはずがないのだが、母親は優しい笑顔を浮かべると、少し感情を込めた声で


「頑張りよ」


そう言うと夕飯の準備に戻っていった。


大輝は少し涙ぐみそうになったが、ぐっと堪えた。


その夜、大輝は自分の部屋でギターを手に取り、何度も奏音の言葉を思い返した。やらない後悔よりも、やって後悔したほうがいい。それが、自分が進むべき道なのだと、何度も自分に言い聞かせた。


影虎や他の参加者たちもオーディションに参加してくるくらいだから自分の演奏に自信があるのだろう。他の人と演奏を比べられることに恐怖がないといえば嘘になるが、奏音の言葉を胸に、どんな結果になろうと、この挑戦を全力で楽しむ──それが、今の大輝の決意だった。


その夜、窓から見える夜空には、星がきらきらと輝いていた。

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