第36話「音楽の可能性」

花園市の街角に、初夏の柔らかな風が吹き抜けていた。


大輝はギターケースを背負いながら、ゆっくりと歩いていた。


前日の路上ライブを終えてからというもの、自分の音楽が少しずつ形になっていく感覚があった。

しかし、それはまだ漠然としたもので、具体的にどう進めていくべきかまでは見えていなかった。


大輝は、自分の音楽に対する不安を抱えながらも、その一方で新たな可能性を感じていた。


街中を歩きながら、自分がこれからどんな音楽を作りたいのか、何を伝えたいのかを模索していた。


「奏音は、もうこんな不安を感じることはないんだろうか…」


奏音のことが頭に浮かぶ。


プロとして成功し、世間に認められている彼女は、きっと自分とは違う悩みを抱えているのだろう。

大輝は、彼女が自分と同じように音楽に向き合っている姿を想像しながら、少し寂しい気持ちになった。


そんな時、大輝の足が止まった。


目の前には、古びた小さな楽器店があった。店の中からは、かすかなピアノの音が漏れ聞こえてきた。


「ここは…」


大輝はその楽器店を見つめながら、記憶の中を探っていた。


ここは、かつて奏音と一緒に訪れたことがある場所だった。まだ中学生だった頃、二人で音楽の話をしながら、この店で楽器を見て回ったことを思い出した。


大輝は店の中に入ることを決意し、扉を押し開けた。中には、昔と変わらないアンティークな楽器が並んでいた。


店内には、アンティークのような年配の店主がひとり、静かにピアノを弾いていた。


「いらっしゃい。」


店主が優しい笑顔で声をかけてくれた。

大輝は軽く会釈をしながら、店内を歩き回った。

ギターやピアノ、バイオリンなど、さまざまな楽器が並んでいて、どれも手入れが行き届いていた。


大輝は、ふと一つのギターに目を留めた。


それは、昔奏音と一緒にこの店で見つけたギターだった。思わず手に取ると、手触りが懐かしく、心が温かくなるような気がした。


「そのギター、覚えているかい?」


店主が大輝に声をかけた。


「昔、ここで友達と一緒に見たことがあります。」


大輝が答えると、店主は微笑んだ。


「そのギターは、特別な音色を持っているんだ。普通のギターとは少し違うけど、心を込めて弾けば、きっと自分の音を見つける手助けをしてくれるだろう。」


大輝はその言葉を胸に刻みながら、ギターを丁寧に元の場所に戻した。そして、自分の心に芽生えた新たな決意を感じた。


店を後にした大輝は、自分の音楽に向き合うための新たな一歩を踏み出した。

自分の中に眠っている可能性を信じて、これからも音楽を続けていく決意を新たにしたのだ。

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