第30話「芽吹く音色」

花園市の街は春から初夏へと移り変わる時期に差しかかり、温かい風が街を包んでいた。新緑が芽吹き、どこか新しい季節の始まりを感じさせる日々が続いている。


ライブハウスでの演奏を終えた帰り道、俺は軽やかな風を感じながら、少し汗ばんだシャツを気にしつつ歩いていた。

通りの木々がやわらかな日差しを受けて、静かに葉を揺らしているのが目に入る。


今日の演奏は、自分なりにやり切ったつもりだったが、それでもまだ何かが足りないと感じていた。


奏音の姿がちらつき、彼女のような確固たる自分の音を見つけたいという焦りが胸の内を締め付ける。


「俺も…もっと自分らしい音を見つけたい。」


思わず口に出してしまったその言葉に、何か決意めいたものがこもっていた。


街角の店のガラスに映る自分の姿を見つめ、少し微笑んでみたが、それでも心の中のもやもやは消えない。


家に着くと、俺は真っ先にギターを手に取った。


今の自分にできることは、ただひたすらに音を追い求めることだと思い、指が自然と弦を弾き始める。


外からはカーテン越しに柔らかな夕日が差し込んできて、部屋の中をほんのりとオレンジ色に染めていた。

心を落ち着けるために、ギターの音に身を委ねていると、ふと奏音の言葉が頭をよぎる。


「自分の音楽を信じて、進んでいって。」


彼女が言っていたあの言葉を、俺はもう一度胸の中で反芻した。


「そうだ、俺は俺の音楽を信じるしかない。」


強く決意し、俺はギターの弦を弾く手に力を込めた。

その瞬間、何かがはじけるような感覚があり、心の中に新たなメロディーが浮かび上がってきた。


夕暮れの柔らかな光に包まれながら、俺はその音に耳を傾け、少しずつ形作られていく自分の音を感じ取った。

これは、まだ未完成の俺の音楽だが、それでも確かに俺の中に芽生えた新たな音色だった。

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