第16話「別れの時」

大輝は奏音との過去の記憶を思い返しながら、新しいメロディーを紡いでいた。


音楽室の静かな空間に、ギターの音色が響き渡る。


その音色には、彼の迷いや不安、そして希望が込められていた。

彼は奏音との文化祭の出来事を思い出していたが、それと同時に、もっと前のことも思い出していた。


音楽に対する最初の情熱を見つけた、あの瞬間だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


大輝がまだ小学生だった頃、彼は奏音の家に遊びに行ったことがあった。


奏音の家には立派なピアノがあり、彼女のお母さんはよくそのピアノで美しい曲を弾いていた。

その音色に惹かれた大輝は、ある日、思い切って奏音のお母さんに「教えてください」とお願いした。


「いいわよ、大輝くん。まずはこの曲から始めましょう」


奏音のお母さんは優しく微笑み、大輝に簡単なメロディーを教えてくれた。


最初はぎこちなかった大輝の指も、何度も繰り返すうちに少しずつ動くようになり、やがてピアノからはまともな音が出るようになった。その瞬間、大輝は音楽の楽しさを初めて実感した。自分の手で音を生み出すことの喜びが、彼の心に深く刻まれたのだ。


「音楽って、すごいな…」


大輝はその時、心の中でそう呟き、自分でもっと音楽を学びたいと強く思った。

それ以来、彼は奏音の家に頻繁に通い、奏音のお母さんからピアノの基礎を学び続けた。


そして、やがて自分自身でギターを手に入れ、演奏することを決意したのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


現在の大輝は、その幼い頃の記憶を抱えながら、自分が奏音と共に歩んできた道のりを振り返っていた。


音楽に目覚めた瞬間、そして彼女との音楽の時間が、今の自分を形作っているのだと改めて実感する。


「奏音ちゃん、君と一緒に過ごした日々が、俺にとって何よりも大切なものなんだ」


大輝は心の中でそう呟きながら、ギターに込める思いをさらに深めた。

彼女と過ごした時間があったからこそ、今の自分があり、そして未来に向かって音楽を続ける理由がある。

音楽室の窓から差し込む夕陽が、彼の決意を静かに見守っていた。大輝は、奏音との約束を果たすために、これからも音楽に全力を注ぐ決意を固めた。

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