ブルーベリージャムによる
杉村雪良
ブルーベリージャムによる
読まれないかもしれない手紙を書くというのはとても空しい。
手紙というのは本来、相手の顔を思い浮かべて反応を想像しながら一文一文を考えて書くものだ。手紙が読まれないどころか開封もされずに捨てられるかもしれないと思うと、手が重くなる。
自分の口からため息が漏れるのを感じながら、私は万年筆を置く。
干からびそうな目を閉じて目頭を押さえると、その内側に浮かぶのは娘の顔だ。私が書き物をしているといつでもこの机に寄ってきて、この万年筆から文字がほとばしる様子をじっと見ていた愛らしいおさげ髪の娘。もう寝なさい、と私が言うと、何度も振り返りながら自分の寝室へ向かう娘。そして、そんな彼女の様子を見て微笑む妻の顔。
読まれていないかもしれない。いや、読まれていないに違いない。返事は来ない。当然来るものと思っていたが、覚書をよく読むと、返事を書くとは書かれていない。ただ私の方から手紙を出すことが許されているだけなのだ。
月に一度、手紙を出すことが認められている。会えるのは年に二度だ。これでもかなり寛大な措置だ、と元妻の弁護士が言っていた。実際、そうなのだろう。
子供と会える日をもっと増やしほしい、と手紙に書けるだけ、私は幸せなのかもしれない。
続きを書こうと万年筆を走らせると、インクがかすれる。ペン先を動かす速度を落としてなんとかごまかしながら書く。だがすぐにインクは出なくなる。未練がましくペン先を紙にこすりつけるが、不愛想にかすれた線が気紛れに現れるだけになる。
仕方なく、机の引き出しを開けて新しいインク瓶を取りだす。蓋を開けて瓶の中をのぞき込む私を、苛立ちが襲う。中身は空だった。
インクがなければ手紙を書くことはできない。買いにでかけるか、それとも今日はあきらめるか。時計を見ると、急げば文具店のシャッターが下りる前に滑り込めそうな時間ではある。だが、読まれもしない手紙を書くためにコートを着て12月の裏路地を歩く体力はなかった。
気分だけでも変えようと、立ち上がってキッチンに行く。コンロの上の鍋が目に入る。料理をしていた記憶はないが、私は何か作りかけていたらしい。火はついていない。蓋を開けると、甘い香りが狭いキッチンに満ちる。鍋の中身は、ブルーベリージャムだった。
濃い紫が目に映って初めて、自分がブルーベリージャムを作っていたことを思い出した。冷めてから瓶に詰めようと思っていて、そのまま忘れていたのだった。ブルーベリージャムは、すっかり冷たくなっており、物も言わずにコンロの上で私に思い出されるのをじっと待っていたのだった。
私の目はペースト状になったブルーベリーのなれの果てをとらえて、動かなくなってしまった。私は何かを考えていたわけではないし、ましてや何かを思い出そうとしていたわけではない。ただ見ていた。
おもむろに、私はあることに気が付いた。気が付いたとたんに、それは当たり前のこととして私の頭の中に立ち現れた。
私は書き物机から万年筆を持ちだし、再びキッチンに立った。軸を回して取り外し、鍋に半分ほど入れる。ノブをゆっくり回す。軸の中にブルーベリージャムが入り込む。普段は黒いインクが占めている小さな管に、紫のジャムがゆっくりと満ちてゆく。
生まれ変わったペンを持って机に戻る。手紙にもう一度相対する。あれほど進まなかった手紙だったが、今度は嘘のようにすらすらと文字が生まれる。子供に会えるのを年二回かそれ以上に増やしてほしい。私にとってそれは死活問題であり、精神衛生上大きな躍進がある。子供にとっても少なからずよい影響があるだろう。それから、ドーナツだけで夕食をすませことが多いと聞いたが、それはやめるべきだ。母親の新しい恋人と合わせるのは、慎重にした方がいい。少なくとも、付き合い始めて一月か二月経ってからにすべきだ。週替わりで新しい恋人に合わせるのはよくない。
便箋に封をして、明日万が一にも投函し忘れないように、カバンの上に置く。
ブルーベリーをインク代わりに使って書かれたからと言って、その手紙が何か特別な力を持つ訳ではない。妻の弁護士の住所と名前が書かれた封筒は、これまで限りなく書いてきたものと、インクの色以外全変わるところはない。
妻には読まれないかもしれない。弁護士が読んで、妻に渡さずに捨てるのかもしれない。一度も開かれないかもしれない。弁護士の、あるいは誰かの気まぐれで、妻のところに届くかもしれない。だがそれを妻が読むかどうかはわからない。
しかし確実に言えることは、もし誰によってにせよ、もし開封されたらその瞬間にブルーベリーの香りが便箋から立ち上る、ということだ。
開封するのが弁護士だとして、彼はその香りに気づかないかもしれない。しかしその鼻腔には、酸味のある甘い香りが確かに届いている。本人が気づかないうちにその脳に小さな果実の印象を刻み込んでいる。その香りは本人の意思とは全く関係なく、弁護士のその日の行動に影響を与える。
なんとなく、たまには甘い物でも買って帰るのがよいのではないかと彼は思う。そうすれば、家族が喜ぶだろう。普段遅くに帰って家族と顔を合わせないことが当たり前の日々だが、早めに帰宅し、ささやかな手土産を渡すのは良いことだろう、と彼は考える。しかし、彼にそう考えさせたものの存在に彼自身は気づいていない。気づいていないが、買って帰るものはケーキやフルーツのようなものがよい、という気がなんとなくしている。
クライアントの女性のどうしようもない元夫から来た手紙を屑籠に捨てて、事務所を去る。八番街を西に進んで凱旋通りと二十五番通りの交差点で、地下鉄の駅へと続く古びた階段を下りる前に、そのすぐ脇のケーキ屋に入る。そこに存在することは知っていたが、その流行りの造りのドアを開くのは初めてだ。
店内に設えられたショーウィンドーを前に考え込む。なぜか頭の中ではブルーベリーチーズケーキが最良の選択な気がしている。当店人気ナンバーワンのラベルもある。しかし、娘の好みはそれでよかっただろうか。普段彼女は、ことあるごとに何か別のケーキのことを会話に登場させていた気がする。それは何だっただろうか。悩んでいると。隅にあったマルジョレーヌというケーキが目に入る。クリームやチーズやフルーツに満ちたものに比べればいくぶん地味に見える。しかしなんとなく娘の好みのような気がしてそれを買うことにする。
家にたどり着くと、妻と娘はすでに食事を済ませており、一家の主の帰宅に興味を示さない。だが彼がテーブルに置いたケーキの箱乗せると、それには大きな興味を示す。はたして、娘の一番好みのケーキがマルジョレーヌということであった。よく娘の好みを覚えていたと言って、妻は彼を褒めたたえる。数年ぶりの現象である。
買って帰ってきたケーキを好きなのは娘だが、より機嫌がよくなったのはむしろ妻の方かもしれない。家のことなど顧みない夫、娘がいま共通高校の何年生かも覚えていない夫。そんな夫が、娘にケーキを買ってきた、しかも娘のケーキの好みを把握していたのだ。
弁護士の妻は、ライターの仕事をしているかもしれない。一文字いくらの、どうでもいい隙間を埋める文章を請け負う。昨今の夫婦についての毒にも薬にもならない文章を400単語依頼されていて、すでに締め切りを超えていた。夫婦などという制度に懐疑的な姿勢の文章を書く予定であったが、マドレーヌを食べながら書いた文章は、予定とは変わって夫婦生活もまんざらではないという文章になる。
妻に仕事を依頼した小さな編集プロダクションで、彼女の原稿はデスクの机の上に放置されている。締め切りは恣意的なものだったし、本当に翌月号に乗るかどうかも定かではない。特集の構成を変えるという編集長の思いつきに全員が慌てふためいており、妻の原稿は置き忘れられている。少なくとも、今それをじっくり読もうと言う者はいない。
しかし、もしかしたら、インターンが読むかもしれない。
それを読んだインターンの大学生は、いたく感心する。その内容はインターンの心に強く突き刺さる。父と母もそんな関係だったのだろうか。母が亡くなった今、それはわからない。しかし、工場に勤める父にそんな気持ちがあったのかもしれない、いや、そうだったに違いないと根拠もなく確信する。初めてインターンは父を人間だと思える。鉄面皮で、何があっても我関せずで、決めたことを絶対にやり通す彼も、実はその文章に書いてあった脆さと優しさと正直さを持っていたのかもしれない。
インターンの父という人物は、どんな工場に勤めていたのわかからない。連装電池の工場かもわからないし、手袋専用包装紙をパッキングする工場かもしれない。ブレーキを製造する工場かもしれない。ブレーキを製造するのではなく、ブレーキシューと金属の金具とをひたすら接着しているだけの工場かもしれない。接着するだけだとしても、設定と治具の嚙み合わせによって全く仕上がりが違うかもしれない。その品質をコントロールするのが彼の仕事で、工場長にも一目置かれているかもしれない。決めたことを絶対にやり通すその姿勢は、他の職人の手本になっている。納入されたブレーキシューの品質を見ながら機械の設定を調節する。機械は次々と二つの部品を接着していく。工場長にも一目置かれた彼の目が、協力工場の雨漏りによるゴムのわずかな劣化さえ見逃さなかった彼の目が、光っている。
彼の工場のブレーキシューから作られたブレーキ部品は、南部全域に出荷されるかもしれない。そのうちの一つは、どこかの町の自転車屋にたどり着き長年使われた自転車に、交換品としてとり付けられるかもしれない。その自転車乗っているのはベテランの郵便配達人で、周りに黙って自費でブレーキを付け替えたかもしれない。規則と時間を守ることだけを生きがいに仕事をしてきた彼が、初めて規則を破った。そうした理由は自分にもわからない。定年が迫ってくるにつれ、時計の長針が回るようにルートを廻る自分に、何か疑問を抱いたのかもしれない。きびきび動くブレーキのおかげで、初めて仕事が楽しいと感じる。
彼は、ブレーキを取り換えただけなのにペダルの踏み心地も軽くなった気がする自転車を運転しながら、一枚の手紙を古びた郵便受けに入れるかもしれない。もう何年も、良い知らせを受けていない郵便受けだ。
その手紙を、郵便受けから取り出すのは私だ。キッチンへ戻り、木の椅子に腰を下ろして手紙を開封する。妻の弁護士からの、養育費の受領書だ。毎月全く同じ文面で、ただ日付だけが正しく更新される。
つまり、手紙は何も変わらない。封を開けても開けなくても変わらない。私と、元妻だった女性との関係も変わらない。子供に会える回数も変わらない。
だが、変わったことの大きさを考えれば大したことではない。
ブルーベリージャムによる 杉村雪良 @yukiyoshisugimura
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