第3話 コロシアムの再会
「エデ、見えるだろう? あの娘が次のターゲットだ」
エデはコロシアムの貴賓室で枢機卿──養父に肩を抱かれながら、闘技場の殺し合いを見ていた。
今日の演目は一対三。いかにも強者という雰囲気を漂わせる大柄な男が三人と、赤髪をたなびかせる美しい少女。
試合が成立するはずがない。一人で三人を相手に戦える人間など、手練れでも珍しいのに、さらに少女は防具すら身につけていないのだ。
鎧を着込む男たちと、ボロ切れと言っても過言ではない薄布だけを着た少女。試合という名の処刑であることは誰が見ても明らかな構図だった。
少女がオルファ・テレジアでなければ。
「圧勝、とは」
「剣奴になってからの三年で、一度も負けていないそうだよ」
エデが呆然と呟いたように、試合はオルファの圧勝だった。
まず、オルファは携えた細剣の初撃で、一人目の命を絶った。鎧のほんのわずかな隙間を的確に捉えて、頸動脈を貫いたのだ。
残る二人もオルファの相手にはならなかった。まばたきの一瞬で仲間が殺された事実を理解できたかも怪しい。それほどまでに、オルファの攻撃は迅速だった。
もはや試合とは言えない。死闘が繰り広げられるはずのコロシアムは、オルファという処刑人が死罪人たちの命を狩り取る断罪場になっていた。
「エデ。ちなみにね、あの剣はなまくららしい。常人なら野菜も切れないようなものだと聞いた」
「……お父さま。そんな怪物を私ごときが殺せるとお思いですか?」
「国王陛下直々に依頼されてしまっては仕方ないさ。それに、あの剣奴がリタニアにとっても危険なのは事実だからね」
「……?」
確かにオルファの実力は常軌を逸しているが、どうして檻の中の剣奴を危険視するのか。
エデは枢機卿に尋ねようとして、やめた。どうせはぐらかされて終わりだし、使い捨ての殺し屋が事情を知ったところで何の意味もない。
エデの視線はまっすぐ、ガラス越しの闘技場を見据えている。
生き残った勝者はまだ十五歳の少女。四年前、一度だけ言葉を交わした公爵令嬢。今頃は社交界にいるものだとばかり思っていたのに、どうして剣奴としてコロシアムに君臨しているのか。
知りたい。知ったところで何もできない。だからエデは何も言わずに、殺すべき相手としてオルファを視界に焼き付ける。
四年ぶりに見るオルファは、過去の記憶よりもさらに美しかった。
エデが生まれて初めて人殺しに手を染めたのは十一歳のとき。奇しくもオルファが剣奴に堕ちたのと同じ三年前だ。
エデは物心ついたころからリタニアの孤児院で暮らしていた。リタニアでは聖職者が孤児を引き取ることが多く、エデを養子にしたいと名乗り出たのも、小さな教会を預かる司祭だった。
これからは彼の──「お父さん」の教会を手伝って、神様に仕えるんだ。まだ神を信じていたエデの決意は、引き取られた初日にあっけなく壊された。
リタニアの孤児院は子供の出荷場だった。
エデを引き取った司祭が求めていたのは、性欲の捌け口だった。
司祭の教会に着いて早々、エデは襲われて、本能的に感じ取った危険を前に、司祭を殺していた。
エデには人殺しの才能があった。戦う手段も知らなかったのに、いきなりやってきた危機に反撃して、そのうえ大人を殺してしまっただけで証拠には十分だろう。
そして、誰よりも早くエデの殺人を嗅ぎつけたのは、現在の養父である枢機卿だった。枢機卿は事件をもみ消すと、エデを養子にして、彼専属の殺し屋に仕立て上げた。
エデはもう、神を信じていない。神を信じるのも、自分の意思を持つのもやめた。
「……やな夢」
むくりと、朝日でエデは目覚める。場所はコロシアムの客室。エデかオルファ、どちらかが死ぬ一日の始まりは、実にいい天気だった。
──いいかい、エデ。確かにオルファ・テレジアは強すぎる。私もあの少女に真正面から勝てる人間は思いつかない。
──だから、お前の場に持ち込んでしまいなさい。何、ここはコロシアムだ。敗者でも善戦すれば生き延びる。剣奴としてオルファの近くで過ごしていれば、お前ならチャンスを見つけられるだろう?
──さあ、頑張っておいで。私の可愛いエデ。
枢機卿の言葉を思い出して、エデはため息をついた。
枢機卿は簡単に言ってくれたが、オルファ相手に善戦するというだけでとんでもない難題だ。不可能と言ってもいいだろう、とエデはほとんど諦めていた。
その日の昼に行われたエデとオルファの試合はやはり、オルファの圧勝だった。
エデは敗北して、これまでの対戦相手と同じように錆びついた細剣を首筋に添えられて、けれど後に断罪の聖女と呼ばれることになるように生き延びている。
「──陛下。コロシアムの慣例に則って、いただきたい褒美があります」
エデが生き延びたのは、善戦を認められたからではない。
オルファがエデを生かしたのだ。
「私、この子が欲しいのです」
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