幼馴染とのゆるーい百合関係

水面あお

第1話

 わたしと香奈芽かなめは幼稚園の頃からの幼馴染だ。


 幼稚園に通ってた頃、わたしたちはある約束をした。

 

 それはなんてことのない、幼少期ならよくあるものだった。


「ねえ、三花みか! 大きくなったらケッコンしよ!」


 香奈芽は無邪気にわたしへ告げる。


「いいよ!」


 わたしはそれに対して、さも当然のように返事をした。

 

 将来の約束。

 

 しかし、恋愛感情とか全くわからなかったときの、吹けば飛びそうなくらい些細な約束でもあった。

 

 小さい頃に交わしたこんな約束、守られるはずがない。

 

 でもなぜか、忘れられなかった。

 





 わたしたちは時を経て、高校生になった。

 香奈芽とは今でも仲良しだ。

 

 香奈芽は小さい頃からふんわりとした顔つきでとても可愛い。

 

 成長して高校生となった今では、目を惹くほどの容姿となった。

 髪は歩調に合わせてふわりと揺れ、わたしをみつめる黒くて大きな瞳はきらりと輝いている。

 

 香奈芽としかフランクに話せないわたしと違って、彼女は誰とでも気軽に話せた。

 

 そのせいか引く手あまた。

 

 彼女が笑うだけで、周りの人たちが視線を向けるくらい狙っている人は多い。

 

 けれど香奈芽はわたしとだけ仲良くしていた。

 そんな香奈芽とも、いつか離れる日が来るんじゃないか……。


「ねえ、香奈芽」

「ん? なあに?」

「香奈芽はさ……彼氏とか作る気ないの?」

 

 不安に思っていたせいか、自然と口が動いていた。


「彼氏かぁ……作る気ないなぁ」

「なんで?」

「……興味ないから?」

「なぜに疑問詞」


 香奈芽は告白されまくっている。

 けれどすべて断っているらしい。

 

 その理由を問えば、香奈芽は笑って答えた。


「誰かと付き合うより、三花と一緒にいたほうが楽しい気がするんだよなぁ」


 嬉しいことを言ってくれる。


 鼓動がいつもより早くなった気がした。

 

 喜ぶのは恥ずかしいので言葉に出さず、心のうちに留めておく。

 

 その代わり、ある提案をした。


「じゃあさ、将来誰とも付き合わなかったら一緒にいるとかどう?」

「いいねー」


 幼稚園の頃と同様に、日常の些細な会話。

 

 数日も経てば頭から抜け落ちるような、なんてことのないやりとりで、その約束は果たされることなどない。


 そのはずだった。





 二十歳になった。

 

 今わたしは実家を離れ、都内で二人暮らしをしている。

 一緒に住んでいる相手は……。


「疲れたあぁぁぁ」


 がちゃんとしたドアの音に続いて、うめき声が玄関から聞こえてきた。

 

 わたしはそちらへ足早に駆けつける。


「おかえり、香奈芽」

「ただいまだよぉぉ三花ぁぁ」


 わたしと同じ二十歳になった香奈芽は、高校時代より麗しくなっていた。

 緩く巻かれた髪が彼女を一段と可愛く見せている。


「今日はだいぶ遅かったね」

「もうね、仕事終わると思ったら追加の仕事投げられて……嫌がらせか!」

「ははは……」

「三花はいいなあ、まだ学生で」


 わたしは大学生に、香奈芽は社会人になった。


 わたしたちは高校卒業時点で疎遠になりかけたが、偶然にもわたしの進学先と香奈芽の就職先が近かったのだ。

 

 そこへ二人で住もうという話が持ち上がり、あっという間に決まったのだった。


「学生も学生で大変だけどね」

「自由に使えるお金が少ないとかそういう?」

「まーそれもあるけど、勉強ってやっぱ大変だなって」


 大学の勉強は思ったよりも難しくて大変だった。専門性が高すぎるのだ。


「わかるよぉぉ。勉強したくなくて就職したのに……。でも学生のほうが楽しそうに見えるなぁ。隣の芝生は青いだけかなぁ」

「ちなみに、世の中には社会人になってお金をためてから大学に行く人もいるらしいよ」

「おお! そんな手が! もし行くことになったら三花と一緒に通いたいなぁ」


 香奈芽が縋るような目で訴えかける。

 

「わたしにもう一度大学通えと?」

「だめ?」

「……いいけど」

「わーい!」


 香奈芽は無邪気な笑顔を浮かべた。


 その表情があまりにも嬉しそうで、落ち着かなくなったわたしは別の話題を持ち上げる。


「今日の夕食は、香奈芽が好きなグラタンだから」

「三花ってば気が利くなぁ。結婚してくれ!」

「ノリでプロポーズすんな。まあいいけど」

「いいんかい。じゃあ今日からはパートナーってことで」


 軽いノリでそう言いあう。

 

 わたしたちの間には固い約束なんていらない。

 これくらい軽い感じの約束でいいのだ。

 

 昔も、今も。


「あ、そうだ忘れてた」


 香奈芽が抱きついてくる。

 

 彼女のあたたかさが、柔らかさが、服越しに伝わってくる。


「三花で癒やされとこ」


 香奈芽は疲れたとき、わたしに抱きついてくる。


「だからなんなのそれ」


 口では悪態をつきつつも、わたしは香奈芽の背中に腕を回す。

 

 ぬくもりが落ち着くので仕方なく、だ。

 あと香奈芽が喜ぶから。

 

 心拍数が上がった気がするけど、たぶん気のせい。

 気持ちは落ち着いているのだから本当は下がっているはず。


「なんでもいいじゃん。はー、落ち着く……すんすん」

「しれっと匂い嗅ぐな変態か」

「だって……三花の匂い、好きなんだもん」


 香奈芽は緊張の抜けきったような蕩けた声を出す。

 

 そんな感じで、わたしたちはしばらくの間、ぎゅっとしていた。


 こんな穏やかな生活がずっと続くといいな、と胸の内で密かに思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染とのゆるーい百合関係 水面あお @axtuoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説