第50話 孤児院にて case-10

課外授業は前評判と異なり、比較的緩い雰囲気で始まった。


同じチームに属するのは、シルファと自分を入れて4名だった。なぜかはわからないが4人1組が王道の編成らしい。これは太古から伝わるしきたりに由来するとかなんとか。


この授業の目的は非常にシンプルである。


それは10日間の間、サバイバルをすれば良いというもの。


この学校に通う人間は基本的に内向的な人間が多い。幼い頃から聖女になるべく、教育を施されており、こういったサバイバル経験は一切ないというのが彼らの状況だった。


「パプリカ、あなた判断が的確ね。」

シルファはチームを先導して歩くパプリカを褒める。


「旅慣れているもの。」

パプリカは手短に答える。


「お腹空いた。そろそろなんか食べない?」

彼女はモニカ。シルファに誘われてチームに入った子である。

大雑把な性格でパプリカが獣人であることにも特に興味を示していない。


「モニカさん、もう少しの辛抱よ。」

シルファはモニカを元気付けている。


「モニカはご飯の心配だけしかしないのね。優雅さが足りないわ。シルファ様を見習いなさい。」

悪態を吐いているモニカに皮肉たっぷりに反応しているのはローズマリーだ。

彼女は香料を扱う商人の娘でシルファのことを理想の女性像として、普段から崇めている変人である。


シルファからすれば、言うことをなんでも聞くからという理由でメンバー入りしている。


そんなパプリカ一行は、課外授業が始まるとすぐに水辺を探し始めた。

10日間もの間、森の中を彷徨い行くのは愚策である。


拠点となりうる場所を決めてじっと動かないでいるのがサバイバルの鉄則である。


「パプリカ、本当にこっちで大丈夫なの?」

シルファは二人の手前、パプリカの方向感覚を疑わずについてきているが、彼女とて初めての経験である。多少不安だった。


パプリカはそんなシルファの心配をよそにグングンと森の中をかき分けていく。


課外授業が始まり、一行が森に置いてきぼりにされてから約半日。太陽が西の空に傾きかけた頃、彼らは湧き出る水がたまり小川のようになっている森のオアシスに辿りついてたのであった。


「おいおい、魚の一匹もいないじゃないか。」

色気より食い気のモニカはそういって水の中をしばらく凝視していたが、程なくしてうとうととし始めている。


「ひんやりしてて、気持ち良いですわね。」

ローズマリーは足を小川につけてひとり休憩に励んでいる。



「人選を間違えたかしら。」

シルファはそんな二人を見るとそうつぶやいたが、森の音によってかき消され、パプリカ以外の二人には聞こえていないようだった。


「皆、休むのは早い。早めに寝床を作らないと。」

パプリカはやっとこさ見つけた水場で思い思いにリラックスしている仲間たちにむかってそう言った。


「パプリカ、流石にそれは急ぎすぎなんじゃ。」

その提案には、シルファまでもが異論を唱えている。


「でもこのままじゃ太陽が沈んでしまうわ。」

パプリカは少しずつ夕方に差し掛かっている太陽の方を向いてそう言った。


「今日は皆で固まってそこらへんで眠って、明日の朝寝床を作るのじゃダメなのかよ。」

モニカは案外冷静に代替案を出してきたが、パプリカにとっては論外である。


「ダメ。なぜなら、地上にはどんな生き物がいるのか分からない。

それにここは水場だから、夜になると獣の類も来るかもしれない。

一説によるとまだ魔獣が存在しているとも言われている森でそれは自殺行為だわ。」


普段、何も言わないパプリカが一気に捲し立てたからか、彼女がそういうと皆反論するつもりをなくしたようだ。


「でもどうやって寝床を作るんですの?今からじゃ大した寝床なんて作れませんわ。」

ローズマリーは時間的な制約を口にしている。


「確かに今からでは完全な寝床を作ることはできない。だから考えがある。」

パプリカはそういうとシルファにお願いをした。


「あなたの”奇跡”を使わせて欲しい。」


「え、私の?」

シルファは自分の奇跡とさっきの話がどのように繋がるのかを想像できないでいる。


「ええ、あなたの奇跡は持続力もあるし、一時的に土台にさせてもらうには十分だわ。それに...」


「それに?」


「なんだか悪いものが近寄ってこない気がするもの」

パプリカはシルファ達に自身の構想を打ち明ける。


「確かにそれなら今日一日くらいならありだな。」

モニカは賛成の様子だ。


「流石はシルファ様、パプリカさんもシルファ様頼りなのね。あなたとは仲良くなれそうだわ。」

ローズマリーも勝手に納得した様子である。


「でもそんな使い方をしたことはないっていうか、まずそもそも私の奇跡は実践での利用経験が少ないというか...」

当のシルファは言い訳がましいことを並べている。


「それで、協力してくれるの?してくれないの?」

パプリカはそんなシルファに無表情で迫る。


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4人は地上から人間二人分ほど高い場所に寝そべっている。

周囲は真っ暗になり、夜の森を照らすのは下の方で燃えている焚き火と月明かりのみである。


「斬新だわ。私今まで自分の奇跡がこんな風に使えるとは思ってなかった。」


「シルファの奇跡が協力だからできること。」


「そうなのかな。何だか不思議な感覚。」

シルファは敷き詰められた大きな葉の上で一人感慨深げにしている。


「シルファ様の奇跡に包まれて眠れるなんて、このまま死んでもいいわ。」

ローズマリーはさっきから寝言がうるさい。


モニカは腹の虫をぐーぐー鳴らしながら眠っている。


シルファの”奇跡”とは、質量を伴う結界であった。




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