第49話 孤児院にて case-9
厳かなローブに身を包み、男は学長室にいた。
「ネフィリム学長、午後は教皇庁にて政策会議にむけての協議会の予定です。」
メガネをかけた見るからに神経質そうな秘書は、ネフィリムにその日の予定を細かく告げる。
「分かっておる。そういえば例の資料は作成済みか?」
「無論。目を通していただくのみの状態です。」
秘書は慇懃な態度で資料を差し出した。
「昨今は融和、融和と我が神聖国の教義も知らぬような馬鹿が力をもってきて困っているからな。
ここらで一旦釘を刺さねばならぬ。して、調査の方は十分か?」
ネフィリムは政策会議にむけて、ある調査を秘書に依頼していたのである。
「はい。証拠は抑えてあります。亜人どもと共謀している大臣らや宗教改革を謳って、魔族に理解を示そうとする輩には大きな打撃になるかと。」
秘書はさらにいくつかの資料をネフィリムに差し出す。
「優秀だな。」
ネフィリムは純粋にそう思った。
「いえいえ、滅相もないお言葉です。」
彼は口ではそう言ったが仕事ぶりには満足しているらしい。
「もう下がってよい。私の方でこれには目を通しておく。」
ネフィリムはそう言って男を下がらせた。
「馬鹿なやつだ。この程度の能力で私にとって代わろうなどとは。」
学長室で一人孤独にネフィリムは今後のことについて考えている。
どの時代、どの場所でも上に立つ者の考えることなど下の者にはわからないものだ。
このネフィリムと呼ばれた男は、パプリカが通う学校の最高権力者であると同時に魔族排斥派の枢機卿としてリーダー的な役割を担っている。
「必ず、私がこの手で神聖国に秩序を取り戻す。」
国全体を巻き込んだ派閥争いが始まろうとしていた。
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「課外授業?」
「そう。せっかくだからパプリカと組みたいなって」
シルファは翌々週に迫った課外授業に対してパプリカをチームのメンバーにしたいと考えた。
「シルファの迷惑になるわ。」
パプリカは課外授業には参加しないつもりだ。この課外授業は、聖女(修道女)たちの従軍や長距離の移動のために行われるものでそこそこ本格的なものである。
世界情勢的にも教会的にも聖女たちは様々な場面で活動することになる。
そのために必要最低限のサバイバル術と精神的な修行を予め行っておこうという魂胆なのである。
だからこそこの授業を受けているか受けていないかで評価が大きく変わってくる。
奇跡を使えても役にたたない小娘を聖女として受け入れてくれる場所など存在しないからである。
「いいのよ。パプリカが入っていたって私と同じチームになりたい子なんて腐るほどいるんだから。」
シルファにとってパプリカの参加は決定事項のようだ。
「私には勉強があるから。」
パプリカは参加したくない雰囲気を出してみた。
「きっと楽しいわ。パプリカ、あなた狩りが得意なんでしょう?お婆さまから聞いているわよ。」
シルファは明るくそう言った。
「漏れてる...」
「パプリカ、あなたどうしても知りたいことがあるんですってね?
何かはわからないけど毎年開催されるこの課外授業にはいくつか噂があるの。
それと関係しているのではなくて?」
「噂?」
「そうよ。課外授業が開催される場所はここから馬車で三日間ほどの距離にある聖魔の森。
かつては多くの魔物や魔獣が存在したとされているわ。
それに今ではこの国の極秘の施設がいくつか存在しているとも言われている。
きっとあなたの目的と関係があるわよ。」
シルファにそう言われてパプリカは考え込んだ。
「たしかに、そんな話を文献で読んだわね......分かったわ。私もシルファの仲間に入れて。」
「勿論。あなたが居てくれれば楽しい授業になるわね。」
彼女は一目も憚らず弾むように喜び、そして去っていった。
パプリカにとって、今回の任務は神聖国の崩壊を防ぐこと。
平和な時間の流れるこの国に潜入して数週間が経ったが、何かが起きる気配はない。
「ソロモン。恨むわよ。
標的くらい教えてくれても良いじゃない。」
パプリカは杖を片手に孤児院に向けて歩き始める。課外授業にはそれなりに準備が必要だ。
過去には死者がでたこともあるらしい。
暗殺者なのに森の中で死んだとあっては笑い話にすらならない。
そんなことを考えて孤児院に戻ったパプリカであったが、その日はシンシアが不在であった。
パプリカは精一杯働いて子供たちを寝かしつけると久しぶりに本を開く。
故郷の本だ。
ある少女がひょんなことから冒険に出発して、竜や魔物たちを味方につけて、祖国に戻り、国に迫っていた脅威を払い除ける話。
しかしながら、その少女はその力の強大さゆえに人間たちに恐れられ、傷つけられ、気がつけば誰からも忌み嫌われる存在となっていた。
「魔族の誕生なんて、このくらいシンプルなのよ。」
パプリカはこの地にきてからいくつかの授業を受けたが、そのどれもが人間族の繁栄と栄光に脚色されたものであることに違和感を感じている。
シンシアにかつてのノスタルジーを感じたためか、パプリカは無性にこの本を読み返したくなった。
殆どが汚れてしまい、ページのいくつかは消失してしまっているその本の内容をパプリカは記憶をたぐり寄せながら完結させたのである。
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