第48話 孤児院にて case-8

祖母が亡くなってからも祈り続けたシンシアであったが、一向に奇跡を授かる気配はない。


そんな日々を過ごす中で彼女はある情報を耳にする。


それは奇跡に頼らない医療行為の存在だった。というのも教会が歴史上、力を持っているのはその信仰のみではなく、奇跡の能力を所持した人間を抱え込み、人民の医療行為を一手に引き受けているからであった。


もちろん、人類、ここでは純粋な人間族に分類されるような人間たちの中にも一定の治療方法やまじない等が存在したが文字通り”奇跡”の能力には到底及ぶことはなく、そういった知識や技術は廃れていたのである。


しかしながら、シンシアはそこに可能性を見出す。

半ば奇跡の発現を諦めていた経緯もあったが、シンシアは興味を持った。


遠く離れた異国の亜人や魔族、人間たちは奇跡のみではなく、その技術によって奇跡に等しいような効果を発揮しているらしい。


奇跡を使えない彼女は是非ともその能力を身につけたいと思った。


「腐敗を取り除かねばならない。」

その頃の教会では、奇跡を持つ能力者を囲い込み、人民たちへの影響力を高めて様々な部分で便宜を図らせるなどの腐敗が横行していた。


若きシンシアはこういった経緯もあり、自分が諸国を放浪して、技術を身につけることで生まれ故郷である神聖国を変えたいと強く感じているのであった。


「アテンダント。」

シンシアは幼い頃からの従者に旅にでる準備を申しつけた。


「シンシア様、それはいささか乱暴な話かと。」

アテンダントとよばれた従者はシンシアを諌めた。それもそのはずである。

戦闘能力の低い小娘が諸国を放浪するなど聞いたことのない話だからだ。

南の海峡では絶えず魔族と人類が戦っていると聞く。


亜人や魔族のテリトリーに入るためにはそういった難所をいくつも越えなければならない。


「あなたが嫌なら一人でいくわよ。」

シンシアは冷たい態度そのものだ。彼女はアテンダントと呼ばれた従者が自分を一人にすることなどあり得ないことを知っていたのである。


「シンシア様、何も急ぐ必要はないではないですか。時間をかけて祈り続ければきっと神も微笑んでくださいますよ。」


「あら、その神からこうしろと言われているのよ。」


「まさかお告げが?」

アテンダントは驚いている。


「いいえ、勘だわ。」

シンシアは凛と澄ましている。


「シンシア様、長い付き合いですが、衝動にかられてはいけませんよ。」

アテンダントはあくまでも冷静に考えてみろという姿勢を崩さない。


「そうね。あなたとは長い付き合いだわ。だからこそわかるはずよ。今回の私が本気だということが。」


アテンダントはシンシアを見つめたまま黙っている。


「ねえ、一人でいかせるつもり?」

シンシアは挑発的にアテンダントを責め立てる。


「それはその...」


「私にはあなたが必要だわ。お願いよ。」

実際シンシア一人で諸国を回ることはできないだろう。


「でもご家族や皆にはなんと説明すればよいか。」

アテンダントは至極当然の切り返しをしてきた。


「お告げの結果、諸国を回らなければならないと適当に言っておけばいいじゃない。」

シンシアは平然と言う。


「しかし...」

アテンダントはまだウジウジしているようだ。


「わかったわ。あなたにチャンスをあげる。」


「チャンスですか?」


「ええ、そうよ。」


「どんな?」


「簡単でしょう。好きな女性と世界中を旅できるチャンスよ。」

シンシアがそういうとアテンダントは顔を赤くしている。


「シンシア様、お戯れがすぎるかと。第一私目などがお嬢様のことを...」

アテンダントは取り繕うようにいった。


「今更なにをいうのよ。あなたの好意になんてとっくに気がついているわ。それとも私が名前も知らない土地で魔族や亜人と恋に落ちてもよいっていうわけ?」


「それは......嫌ですが......」


「では決まりね。今から伝えるものを用意しなさい。」


こうした経緯があって、シンシアとアテンダントは旅に出たのであった。


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「シンシアって大胆なのね。」

パプリカは珍しく目を丸くしている。


「私も若い頃は自信があったのよ。世界中旅をしても誰かがきっと助けてくれるだろうって簡単に思っていたの。」


シンシアは目を細くして遠い過去に思いを馳せている。


「アテンダントって、確か...」


「ええ、シルファのおじいさんね。当然旅の中で私たちは関係を持ったし、私も彼を愛していたわ。」


「でもその人は」


「ええ、私を守って死んだ。最後まで私に愛を捧げてくれたのよ。」


パプリカは視線を軽く落としてから、シンシアに尋ねる。


「人を愛するって感覚はどんなものなの?」


「あら、クールなパプリカちゃんも気になるのかしら。」


「ちょっとね。」


シンシアはその質問には答えず、その後の旅の話を続ける。夜は更けていく。

二人がいる部屋には蝋燭の灯りだけが揺らめていた。

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