第40話 共和国にて case-20  第二章完

パプリカは冷静に敵を捉えている。

自分とセイフォンの企みは完全となった。後は勝負の成り行きに合わせて魔法を発動するのみである。


勝負が始まるとすぐにアリヤバンは自分を強化する。

王として生きてきた割にはそれなりにやると思った。ペアのにはセイフォンがついた。

彼は敵に対して、五感を鈍らせたり、精神を興奮状態にさせる奇跡を使うらしかった。


セイフォンは剣闘士として試合にでているが、彼にとって彼女は天敵だろう。

何故なら、彼女はパプリカとは異なり、幼少期から戦いに身を置き、普通の戦士では到底とは一線を画する訓練を受けているからだ。

彼女は奇跡を受け止めつつも危なげなく青年と戦っている。最後は見届けるつもりなのだろう。



アリヤバンの方はといえば、身体能力の強化と奇跡による精神の高揚のような効果が重なってかなりの攻撃をマキシマスに仕掛けていた。

彼は手負いということもあり、一見押されているようにも見えたが、技量も経験も違うため、奇跡によって強化されたアリヤバンに対しても冷静に対処できているようだった。


戦いが最高潮になった時、自分は引き鉄をひく。

パプリカはその瞬間を逃すまいと狙撃の体制に入っていた。


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アリヤバンの気分は爽快だった。

自分の状態はかつてないほど良い。これならば普通に参加していてもこいつらに勝てたのではないかとさえ感じる。


元々自分は剣に優れ、頭脳に優れ、統率に優れ、政治に優れている。



自分がその気になれば、剣闘士たちなど相手ではない。

それに加えて、自分には組織のバックがついている。どのように自分に勝利がもたらされるのか。

それはアリヤバンでさえ知らなかったが、彼の組織のことだ。心配の必要はあるまい。



それにしてもセイフォンという女、仮面をつけているがかなりの美人だ。側室にしたいと思ったのは嘘ではない。だからこそ、彼はペアの青年に攻撃を適当にいなしておけ。と命令までしておいた。

剣闘士としての栄華を手に入れつつあるこいつらを自分の手で葬るのもまた一興である。

彼はマキシマスに攻撃を加えつつもそちらへの関心などは持っていなかった。



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マキシマスはアリヤバンの攻撃を受けながらも自分の過去を重ねている。

奪われた故郷。奪われた仲間。そして、奪われた家族。


セイフォンは自分に復讐の手助けをしてやると言った。ただし、自分の手で行なってはいけないとも。

最初は訳がわからなかったが、彼女は、

「国を滅ぼしたければ軍隊を派遣したり反乱を起こすよりも効果的な方法がある」と自分に伝えた。



そのために彼女はマキシマスに決勝まで勝ち上がってから、アリヤバンに切られて死ねと言う。

確かな理由は決して教えてくれなかったが、彼女は続けた。

「組織を滅ぼすのに最も有効な方法は頭を腐らせることでござる。」と。



マキシマスはここまできた。先ほどの試合等、実力は敵の剣闘士の方が上だっただろう。

セイフォンは何か切り札を残しているようだったが、自分が彼女以外の人間と組んでいたら彼らに勝つことなどできなかったと感じる。



目の前の敵は身体能力が高く、斬撃は鋭く、そして恐怖の感情も薄い。戦士としては最高の状態だ。

加えて使用している武器もこの国の初代の王が使ったとされるエクスカリバー。かなり有名な剣だ。



しかし、アリヤバンの激しい攻撃を受けながら彼は虚しい気持ちになった。

見せ物にされるのが悔しいのではない。こいつの剣は軽い。こんなものに滅ぼされたのかと思う。



アリヤバンはこれ見よがしにこちらの急所を外してくる。ショーを長引かせたいためだろう。

セイフォンは自分の敵に集中している。

今の彼女に悪い印象はない。彼女はこの任務のために色々と犠牲を払ったと言っていた。

自分とはまったく違う人生だろう。これほどまでの強さの戦士。それも女性には殆ど会ったことはない。



以前にどこかの遠い土地に”太陽のような"奇跡を使う女性がいると聞いたが、恐らく戦士という意味では女性の身で強者になるのは並大抵のことではないはずだ。



彼女に切られた部下には申し訳ないが、一度くらい共に酒を酌み交わしたいと思った。彼女は拒まないだろう。凛とした表情が目立つが、どこかに親しみやすさのようなものも持ち合わせている。

人生最後のペアがむさ苦しいおっさんじゃなくて良かったなと感じた。



俺は自分の仕事に集中する。彼は覚悟を決めた。



マキシマスは打ち合う度に力を増すアリヤバンを気迫で圧倒しはじめた。民衆たちは、これには非常に盛り上がる。なんだかんだ権力を駆使して、一方的な戦いになると考えていたからだ。



「なぜ、跳ね返せる。おれは奇跡を重ねがけしているんだぞ。」

アリヤバンは目の前の男の気迫に焦り始めていた。彼は自分の能力を限界まで引き上げる。

もう出し惜しみはしない。



「君は加勢にいかないのかい?」

元貴族の青年はセイフォンに尋ねる。


「それがしの仕事はお前の相手でござるからな。」

セイフォンは冷ややかに答えた。



「しかし、君からは僕と同じ匂いがするよ。」

彼は至って爽やかに言った。


「匂うってことでござるか?」

セイフォンは少し不安になった。



「違う違う。この戦いにあまり興味がないというか。

まあ、ああはなれないということさ。」

彼は視線の先に激しく戦っている二人の姿を見ている。



「君が勝利に拘らないのであれば、彼らの勝敗をそのまま受け入れよう。」


セイフォンは黙っている。


「それで僕は十分なんだ。」



マキシマスは自身の人生の大敵に、そして憎き相手を前にして、自分の最盛期に迫るほどの剣の冴えを見せていた。

アリヤバンはマキシマスの気迫に、疑念が生まれ始めていた。


”本当にこの試合は八百長試合なのだろうか”


マキシマスは明らかに自分を殺すつもりで剣を振っている。一度そうした疑念が生まれるとそれは次第に恐怖に変わっていった。



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パプリカは待っている。劇的な瞬間を。

王がその生涯の中でも最も偉大に見える瞬間を。


マキシマスの人となりは今までの活動とセイフォンからの情報で熟知している。

その瞬間は必ずくる。


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マキシマスは無我夢中だった。

どこかのタイミングで彼に負けなければならない。

しかしながら、剣を一振りする毎に自分の力は増してきている。


徐々にアリヤバンは手傷をおいはじめている。そして、その目には奇跡でも覆らない恐怖が宿っている。


マキシマスは欲に抗えきれなかった。

自分の手で。こいつを。


「セイフォン。すまない。」

誰にも聞き取れないほどの声で囁いた。


そう思った瞬間に自分でも驚くほどの力があふれる。彼は渾身の力で何度か攻撃を弾き返すとアリヤバンは距離をとってさらに自分への強化の度合いを高めたようである。

かなり体への負担は大きいだろう。


この一撃が全てを決める。

本来はここで切り捨てられなければならない。しかし、彼は大きく踏み込むと同じく大きく振りかぶり攻撃を仕掛けてくるアリヤバンに向けて人生で最速、最大の一撃を放つ。



彼らの攻撃が交差しようとした瞬間。マキシマスの剣は何かに弾かれた。

剣の軌道が変わる。彼の攻撃はアリヤバンの左胸を浅く抉ったのみだった。


反対にマキシマスはアリヤバンの攻撃をまともに食らった。

左肩から右の腰にかけて大きな傷だ。確実に致命傷だろう。しかし、マキシマスは剣を捨てて、右手でアリヤバンの右眼を抉り、そのまま倒れ込んだ。



アリヤバンは大きな悲鳴をあげる。マキシマスはその絶叫を聞いた。


「そうか...一人では無かったか...」

マキシマスはそう言い残すと事切れた。



アリヤバンは悲鳴をあげているが、マキシマスは死んだ。

セイフォンは降参し、勝負はついた。


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パプリカは、二人の攻撃をよく観察すると、深く踏み込んだ次の攻撃が勝敗を分けるものと勘づいた。

このままマキシマスは上手に切られてくれれば良い。

しかしそれは難しいだろう。誰だって手の届くところに愛するものの敵があれば牙を剥かずにはいられない。


パプリカは、息を大きく吸い込み、彼らの動きを観察すると、静かに息を吐いて引き金を引いた。



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剣闘大会から数日後、闘技場の副支配人マスウェルは殺された。

刺客による攻撃で一撃で絶命していたらしい。凶器は不明とのことだった。



この共和国では、数ヶ月の間に貴族派の有力な権力者ときな臭いアリヤバンの側近たちが数名殺されている。

アリヤバンは、剣闘士として民衆に受け入れられたようだ。彼は一連の事件との関係性を否定し、さらには殺害された人間の後釜として自分の腹心たちを送り込んだ。

その中には大会で彼に力を貸した、元貴族の剣闘士の姿もある。最も今は貴族に返り咲いたようだが。



マキシマスの死体は速やかに処理された。王の目を抉ったことで処遇は議論されたようだが、セイフォンが褒美を求められた時に丁重なる葬式をお願いしたために彼の祖国があった土地に埋葬されたそうだ。



最後の勝負には敗れたものの、セイフォンは国内で非常な名声を得た。

回復したアリヤバンからもしつこく言い寄られたらしいが彼女は忽然と姿を消す。


彼女の友人の一人である食堂で働く女性は、真実の愛のためにせっかくの名声を捨てたと自分の同僚との関係を仄めかしている。迷惑な話だ。



「パプリカ殿。それがしはこれから東に向かうでござるが、どうする?」

セイフォンはパプリカを気に入っているようだ。なんだかんだ半年近く一緒にいたため、パプリカも少しだけ名残惜しいような気持ちになる。


「いっそのこと、本当に噂通りに逃避行というのも良いでござるが。」

彼女は本当にそっちなんだろうなとパプリカは思った。


「私には次の任務があるわ。」

パプリカは手短にそういった。


「わかったでござる。それではまた。」

セイフォンは去る。


「ただ、あなたの料理おいしかったわ。」

パプリカは自分からこんなことを去り際に言うなんてとちょっとびっくりしたが彼女は笑っていた。


「パプリカ殿はそればっかりでござるな。」

彼女は約束通り、パプリカが再現できそうなレシピを教えてくれている。


「それではパプリカ殿。

いや、ラサーサ。またいつの日か。」

彼女は去っていった。



パプリカは彼女を見届けると自身もまた国をでた。


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マキシマスが死んでも剣闘士たちの日常は何も変わらない。

いつも通りに戦って、いつも通りに死んでいく。


一人の剣闘士がマキシマスの死体が故郷に連れていかれる時に懇願に懇願をして、彼の剣を手に入れたらしい。半ば折れかけている剣に価値を見出す者はいなかったためにそのまま剣闘士の手に渡った。



スルタクスはそんな剣を腰に下げて、今日も稽古に励む。

必ず自由を手に入れるその時まで。その剣は道標になるのだった。

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