第39話 共和国にて case-19
マキシマスは夢をみていた。それは暖かく懐かしいものだった。
妻となったラティーファと出会ったのはマキシマスが数え年で15歳となった頃。
彼が狩猟のために森に出向くとどこからか声が聞こえてきた。その頃のマキシマスはまだ奇跡をうまく使えなかった。
彼は生まれてからこれまでというもの、聞きたくもない他人の声を奇跡を通して聞いていると彼はノイローゼ気味になった。
そんな彼を見かねて、父親が街から離れた場所に小屋を立ててそこに彼と二人で住むようになった。
ラティーファと出会った日はいつも以上に森が静かで、今にして思えば何か予感めいた霊性のようなものが宿っていたように感じる。
マキシマスは森を駆けた。自然は何もしゃべらないが全てを語ってくれる。
彼はいつも通り水辺にて獲物を見つけると自慢の矢を番て引き絞る。
そして獲物に向けて一直線に矢を射ろうとした瞬間。
『だれか助けて...』
という声が頭の中に響いた。
矢は的から外れてしまった。見当違いの方向に飛んだ矢の気配を感じ取って獲物はすぐに逃げた。
自身の能力の範囲は決して広くはない。正義感の強かった彼はすぐに辺りを探した。
『だれかいるのか?』
マキシマスは冷静に尋ね返した。
『!...足を挫いてしまって動けないの。』
彼が水辺からほど近い大きな岩の影で彼女を見つけたのはそんな経緯からだった。
「こんなところに一人でどうしたんだ?」
マキシマスは一人で動けなくなっている少女に声をかける。
赤茶げた長い髪と高い鼻、そして真珠のように綺麗な瞳の少女だった。
「.......」
彼女は何も答えない。
「なんとか言ったらどうだ?」
彼は応急手当てをしながら続けて訪ねる。
「.......」
マキシマスは何も話さない彼女に当惑したが、すぐに連れて帰ることにした。
「一人で家に帰れるとは思えないな。」
「お前はどこの誰だ?どこから来た?言葉がわからないのか?」
マキシマスは彼女を背負うと小屋への道のりを急いだ。怪我の程度はそれなりに酷い。
「.......」
マキシマスは奇跡をつかうことにした。少しずつ制御を覚えてきている。
さっきは確かに意思疎通ができた。もしかするとと思ったのである。
『俺の声がきこえるか?』
『はい...聞こえます。』
彼女は恥ずかしげに答える。
『どうして話さない?』
彼女は俯いている。
『私は声が出せないんです。』
『俺の名前はマキシマス。其方の名前はなんという?』
『ラティーファと申します。』
それが二人の出会いになった。
マキシマスは自分の能力を知る父にラティーファの事情を打ち明けて、彼女を必死に介抱した。
彼女は助けてもらった安心からか次は高熱が出たのである。
それからは怒涛の日々の連続だった。
ラティーファは王族だったこと。声が話せなくて森を散策中に逸れてしまったこと。
森の中で一人過ごして本当に怖かったということ。そして、初めて人と会話ができたということ。
沢山のことを彼女から聞いた。
しっかりと療養した後、父子は彼女を送り届けるためにこの国の王宮に向かった。
王にとってラティーファは金銀財宝や自分の地位を投げ打ってでも守りたいほどの宝だった。
ラティーファは自分たちの最初で最後の子供。体が弱く、子供は産めないと言われた妻が難儀して産んだ娘だった。彼らはある宗教の敬虔な信徒でもあったため、それが自分たちの運命だと考えて娘を大切に育てようと考えた。
彼女が運悪く遭難したと聞いた時にはめまいで立ち上がれなかったほどである。
途方にくれた彼のもとに最愛の娘を連れて、マキシマスとその父が訪ねてきたのである。
王はマキシマスの欲望のない純朴な人柄がすぐに気に入った。
そして今までは人形のようだった娘が彼には微笑みかけているではないか。この衝撃たるや。
王は最初マキシマスが自身の能力によって娘と会話ができていることに驚きを隠せなかったが娘の表情を見てそれが真であると知ったのである。
彼は何も褒美を望まない父子に是非にという形で騎士の称号を与えた。形式的なものでたまにそこそこの額を国から下賜する程度の身分だ。
加えて彼は、娘の護衛兼通訳としてマキシマスに王宮に仕官してくれるように頼んだ。
戸惑っていた彼を父親が宥めると話はまとまったのである。
ラティーファとマキシマスはすぐに恋に落ちた。二人だけの秘密を共有し続ける仲であるのだから当然の成り行きである。
それからというものマキシマスは以前の何倍も人生に対して真剣になった。
小国とはいえ王族の娘、それも一人娘を嫁のもらいたいのだから、半端な努力ではいけない。
彼は血の滲む努力の上で奇跡を制御し、自分の能力を高め、勉学に励み、気づけばただの騎士から、騎士団長、そして若くして国の将軍まで上り詰めたのである。
最初にラティーファに出会ってから10年以上の月日が経つ。
戦において大きな貢献を果たしたマキシマスは将軍の位を王にもらった時にラティーファとの婚姻を願い出た。
本来であればこれほどの身分違いの恋など叶うはずもないが、この国では違った。
正義感溢れ強く逞しいマキシマスとハンデを抱えながらも聡明で美しく純粋な優しさを持ったラティーファのことを誰もが応援し、二人は結ばれた。
彼にとって、それから数年間は幸せの絶頂だった。
子宝には恵まれなかったが、国は平和そのものであり、将軍位についたマキシマスは国防のために国を留守にしても、その恵まれた能力ですぐにケリをつけて妻の元に帰る。
誰もがこの美しい恋物語のハッピーエンドを信じていた頃、この国は共和国から宣戦布告を受けたのである。
以前から侵攻を繰り返していた共和国は反抗の意思のない自分たちのような小国は捨て置くものだと考えていたが、当時は王子だったアリヤバンの初陣のための贄とされたのだ。
マキシマスたちは到底承伏しかねる経緯だった。
戦いの勝敗はすぐに決した。元々の国の大きさが全く違うのだ。
彼は前線の砦で防衛を指揮して必死に抵抗したが三日と持たずに砦は落ちた。
国の存亡の危機に際して、彼は妻だけは守ろうと考えて馬を走らせた。
しかしながら、家に到着した彼を待っていたものは一面の焼け野原と妻の死体だった。
悲しみに明け暮れながらも最後の防衛線として王城に駆けつける。
彼はそこでも必死になって戦った。しかしながら他勢に無勢である。
王と王妃はラティーファの死を受け止めきれず、 共和国に対して自国の民の安全だけを保障させると毒を煽って死んだ。
マキシマスはそれから数年間の記憶がない。もしかすると共和国相手に戦っていたかもしれないし、抜け殻のように道端に佇んでいたのかもしれない。
いくつかの場所でいくつかの仕事をしたことだけは確かだった。
自分を慕い集まってくる兵士たちと共に戦ったこともある。しかし、気づけば奴隷になり、そしてこの闘技場で剣闘士になっていたのである。
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目の前にアリヤバンはいる。
あいつのタッグがどんな能力だろうと負けるはしなかった。
マキシマスはアリヤバンの能力を知っている。それは実にシンプルで、身体能力を強化するというもの。
その能力と彼が手にもっているエクスカリバーによって多くの部下たちが命を失っている。
アリヤバンはこちらのことなど覚えてはいまい。
どんなに願っても届かなかった自分の刃が届く位置にやつはいる。
彼はこちらを労う言葉を並べた。そしてセイフォンには妹を娶らせても仕方ないから側室にしてやろうとも。彼女は苦々しい顔をしている。あまりに滑稽だった。
戦いが始まると敵の元貴族の剣闘士はアリヤバンに対して奇跡を使ったようだ。
目立ちたがり屋のやつのことだ。自分の身体能力と重ねがけしてこちらを圧倒するのが目的だろう。
こちらも満身創痍である。
勝負が決まるのにはそんなに時間はかからない。
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