第37話 共和国にて case-17
「それで、その怪しい液体を私のコーヒーの中にいれたと。」
パプリカはセイフォンに杖の先を向ける。
「ほんの出来心だったでござる。」
セイフォンは目をばってんにしてしょぼんとしている。
パプリカは昨日セイフォンと一緒に寝た。なぜだか無性に寂しくなって彼女のもとにいったのである。
覚えによるとひたすらもふもふされて気づいたら頬擦りしながら眠っていたらしい。
「それにしても心地よい手触りだったでござる。」
セイフォンは昨晩のことをスキンシップくらいに考えているらしい。
問題は別のところにある忘れ物を取りに来たグルファトにそれをみられてしまったのだ。
気配に気づいた時にはそっと温かい視線を送ってきていた。
「全部終わってからもう一度。話しましょう。それまでこれはは私が預かっておくわ。」
パプリカはセイフォンのことを嫌いでなかったが、こういった関係にみられるのは心外だった。
「わかったでござる。落ち着いて欲しいでござる。」
彼女は一触即発の雰囲気を見せるパプリカを宥めるのに全神経を使った。
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ファイキンとセイフォンたちの戦いは街中から注目されている。
元々剣闘士として名の高いファイキンらはもちろん。セイフォンやマキシマスは比較的最近の剣闘士で新鮮味があった。
誰もが新しいスターの誕生を夢見ている。
また、最後には王級の剣闘士への挑戦。すなわち、アリヤバンとの対決も民衆等をワクワクさせる要因である。何故ならば、この階級は大貴族や王にのみ許されていた階級で実質それらの人間が戦いに参加することはないため最高位とは名ばかりであった。
そのため階級の入れ替えということも起きず、剣闘士の階級は大貴族階級が実質上は最高位だったのである。
「王よ。約束は間違いなく果たしてもらえるのでしょうね?」
元貴族の剣闘士の青年が尋ねる。
「くどいぞ。お前を党首にすげかえるという話ならこの戦いの後にすぐ実行してやる。」
アリヤバンはその話には興味がなさそうだ。
「それを聞けて安心しました。なにせ相手は最高位の剣闘士ですから。」
「そのためにお前がいる。」
青年の奇跡は相手を状態異常に陥れる力。あるいはその逆。
アリヤバンは最高位の剣闘士の中から一番自身と相性の良いものを選んだ。それにこいつは腐っても元貴族だ。いかようにでもストーリーをでっち上げて体制側につかせることができる。
「それでどっちが勝ち上がってくると思う?」
アリヤバンは青年に尋ねる。
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マキシマスは多くの仲間たちから激励をもらっている。
彼らはさまざまな事情で大会への参加を見送ったり、途中で棄権をした者たちである。
「マキシマスさん。必ず勝利してください。」
青年たちはマキシマスを尊敬している。頼るものがない状況で彼は人間として大きく愛に溢れ、そして強い。
「スルタクス。お前も強くならねばいかんぞ。」
マキシマスは自身の行く末を感じさせることなく、彼らの温かい言葉に耳を傾け、できる限りの知識と技を教えてやったのである。
そのようにして戦いまでの日取りはあっと言うまにすぎていった。
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ファイキンとセイフォンたちの戦いは元老院総出にて御前試合として行われる。
その戦いの褒美として王級剣闘士アリヤバンとの戦いが認められるという形式だ。その戦いは一日の中で完結する。元々が剣闘士側に不利な条件なのだ。
相手の剣闘士ファイキンは先頭の前から殺気がダダ漏れである。
魔族の方は微動だにせずこれまた不気味だ。
「準備は万全か?」
マキシマスはセイフォンを気遣う。
「万事抜かりないでござる。」
セイフォンは目の前の敵に神経を尖らせていた。
元老院から戦いの祝詞が述べられた。要するにこの国の繁栄は永遠だという意味。
何度もうるさい。
アリヤバンからも発表がある。
「剣闘士の諸君よ。今までよくぞ勝ち抜いてきた。
本来ならばこの試合にて勝敗が決まりお前等のどちらかが富と名声と手に入れたものの、今回は少し勝手が違う。余が最後に参戦するからだ。
そこで慈悲深い余はお前等のために褒美を考えた。一生懸命戦ってくれなければつまらぬからな。」
民衆や剣闘士たちの視線がアリヤバンに集まる。
「もしお前たちが余に勝てたのならば、余の妹を褒美として娶らせようではないか。」
アリヤバンは高らかに宣言する。
それが意味するところは、ここで勝利した剣闘士を王族に連なる者として登用するということであった。
元老院の貴族たちはこの発表に冷ややかな視線を注いでいたが、民たちの反応を凄まじい。
「おい本気で言ってるのかよ。」
マキシマスはやや引き気味のようである。
当代の王女は可愛らしく聡明で民からの人気も高い。
そんな彼女を一大会の優勝者に娶らせようとしているのだから、とんでもないことである。
最も最初から負けるつもりなどないのであろうが。
「やっこさんはその気でござるよ。」
セイフォンの視線の先をみると先ほどまでは反応すらなかった魔族の男がいやに気を昂らせている。
ファイキンの方も先ほどよりもさらに殺気立っている様子だ。
そのようにして戦いは始まった。
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戦いが始まるとすぐにファイキンは突っ込んできた。
今までの試合からいってもこいつらはあまり協力しない。マキシマスが他の試合を偵察に行った時と基本的には同じだ。
前予想通り斧のような武器を変幻自在に振り回している。
彼の攻撃は武器の大小が毎回変わるせいで間合いが取りにくい。
セイフォンは魔族の方にも注意を払うが目立った動きはない。
「それにしても王も太っ腹よな。」
ファイキンは攻撃を加えながら話しかけてくる。
「俺には王女様が不憫だ。」
マキシマスはなんとか対抗している。隙をみてセイフォンが攻撃を加えるおかげでファイキンの思い通りにはならずにすんでいる。
何度か打ち合うとファイキンは狙いをセイフォンに変えたようだ。
彼女も変則的な間合いになる攻撃に攻めあぐねている。
「珍妙な。」
セイフォンはなんとか攻撃を交わしている。すかさずマキシマスがなにかしら仕掛けるがこれもあしらわれてしまう。セイフォンは自身の刀ではファイキンの攻撃を受け止めることはしない。刃こぼれの原因になるからだ。
「お前、あいつに狙われているぞ。」
ファイキンは先ほどからセイフォンに嫌な視線を送ってくる魔族を指してそう言った。
「気色悪いったらありゃしねえ。」
彼は二人を相手取りながらもまだまだ余裕があるようだ。
二体一の状況がそれなりに続いてから、魔族の方に動きがあった。
『おいあっちの方もくるぞ。』
セイフォンはファイキンの猛攻にあっていたがマキシマスのおかげで背後に忍び寄る影に気づくことができた。
その猿の様な魔族は手に短槍のようなものをもっていて、刺突攻撃がメインのようだ。
前からのファイキンの斧の一振りと背後からの魔族の刺突は並の戦士であったのなら到底どうにかできるものではない。
このタッグはお互いにまったく協力するつもりがない代わりに相手の隙を突き、徹底的にこちらを排除するという意味ではほとんど完璧なタイミングで技を合わせてくる。
セイフォンは直撃をさけることを回避しようとした。前の斧を回避して、後ろの攻撃は刀で弾く。
しかしながらそれも、急遽分身した魔族の攻撃によって刺突攻撃がセイフォンの目の前に迫る。
セイフォンは衝撃を覚悟したがマキシマスが身を挺して庇った。彼は片口に魔族の技が擦り血がでていた。
二人は距離を取り直す。
『おい、油断するな。』
『傷は?』
『問題ない。しかし、』
『あの技は非常に厄介でござるな。』
二人はファイキンと魔族の攻撃をいなしながらも徐々に劣勢に追い込まれていった。
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