第36話 共和国にて case-16

話の内容は簡潔だった。

任務遂行のために手を貸せとそれだけだ。セイフォンとトーナメントを勝ち抜き、アリヤバンにやられれば良い。


そうすれば遅かれ早かれこの国を滅ぼしてくれるらしい。鵜呑みにするには馬鹿げた話だ。

彼女の言っていることが本当なのかも怪しい。


しかしながら、先に希望のない人生に意味を持たせることができるとも思った。

将としては敵に敗れ、いつの間にか敵国で奴隷の身分だった。剣闘士として成り上がったが虚しいまま。


この大会でも自分たちは興行にうまく使われただけ。

もう十分だった。彼女の言うことが嘘でもよい。だが本当ならば自分にとってどれだけの救いになるか。


復讐なぞ馬鹿らしいことと思っていた。愛する者を失うまでは。


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セイフォンは前から飛んでくる礫を華麗に避けながら接近する。

敵は魔法を使ってきた。

決勝のトーナメントに出場してから、敵の能力は多様になった。

そもそも奇跡や魔法を使える者は少ない。それも戦いに使用できるレベルといえばなおさらだ。

しかしながら、強者とは一握りいれば十分なのだ。



広大な共和国では、多くの人種や民族が集まっている。そのるつぼと化した国で剣闘士たちの上位に位置する者が弱いはずがないのだ。

無論。立場や家柄があったり、恭順した者の中にも強者はいるがそれらの者たりは兵役についていることが多い。



『交代しろ。そっちは俺がやる。

こっちのやつの方がお前とは相性が良い。』


マキシマスは、手が4本もある魔族の攻撃をいなしながらセイフォンに伝えた。


セイフォンはマキシマスの指示に従い、キリの良いところでポジションを変える。

彼女の相手は周りにあるものを意のままに飛ばす能力らしい。もっとも大きさには限界があるらしいが。


『手早く決めろ。やつは右半身に体重が偏りがちだ。攻撃の後に左側に大きな隙ができる。』


セイフォンは4本の腕から繰り出される連続した斬撃を掻い潜ると自身の奇跡を発動した。

一度距離を取ったセイフォンが目の前に現れたために魔族の反応は一瞬遅れる。

彼女にとっては一瞬で十分だった。


一太刀で右側の2本の腕を落とした。

すかさず魔族の方も残りの二本の腕でカウンターを仕掛ける。

しかしながらこちらの技の方が何枚も上手だった。


「燕返し。」

セイフォンの技は一太刀ではない。この二太刀目こそが本命。

敵は左肩から袈裟斬りになった。



マキシマスの方はもっと単純である。

礫の攻撃など、今まで受けてきた攻撃に比べれば大したことはない。

マキシマスは敵の攻撃のパターンを見切ると2.3発の礫を受けながらも突進して一気に敵を仕留めた。



二人は準々決勝までを順調に勝ち上がっている。

このタッグについて一番驚いているのはいつの日かの奴隷商人ではないだろうか。

とにかくこの日も彼らは勝利に終わり、闘技場は大きく揺れた。



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「ご苦労だ。」

マキシマスはセイフォンを労う。


「なに次こそが本命でござるよ。ここまでは雑魚。」

セイフォンは余裕のあり気な表情だった。


奇跡を活用し始めたセイフォンは強かった。マキシマスは彼女が持ちかけてきた話も案外眉唾でもないかもしれないと感じ始めていた。


「次は俺たちでも勝てるか怪しいぞ。」

次の戦いはアリヤバンとの戦いを除くと最後の戦いである。実質決勝戦というわけだ。


「ファイキンと分身の魔族でござるな。」

セイフォンは彼らを思い浮かべた。


戦いが始まるまで、この組合せは予想していなかった。二人とも今の闘技場ではトップクラスの実力である代わりに協調性というものは皆無である。


大方適当な相手を選んで自分一人の力のみを信用してくると思ったのだが、彼らは手を組んだらしい。


アリヤバンとそのパートナーもかなりの実力であることは間違いないが、このタッグと真っ向から勝負したらおそらく敗れるだろう。

王はセイフォンらの存在を宛にしすぎである。パプリカの魔法は強力なれど一撃必殺のみ。

セイフォンらが勝ち進まなければ、本当にアリヤバンは討ち取られてしまうかもしれない。



「今日は休んで次回に備えよう。」

マキシマスはセイフォンにそう言うと自分の住居に帰っていった。彼ら今でも一番低階層の剣闘士部屋に住んでいるらしかった。



「それがしも帰るでござるか。」



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「セイフォンちゃんおめでとう。」

セイフォンがパプリカと住む家に帰るとグルファトが来ており、何やら豪華な食事が並べられていた。



「これはグルファト殿。おめでとうとはなんのことでござるか?」

彼女はしらばっくれる。自分では完璧な演技だと考えているところがタチが悪い。



パプリカはすでにご飯を食べ始めていた。

「貴方、バレてる。」

彼女は冷めた調子でセイフォンに告げた。



「いいのよ。偶然知り合ったから気づいただけなの。貴方がここにいるって皆が知ったら表を歩けなくなるわ。」

グルファトはさっぱりしている。



セイフォンはパプリカの調子を伺ってから観念したようだ。

「ありがとうでござる。しかし、まだ勝負は決していないでござるが。」


「う〜ん。だってさ。

セイフォンちゃんと会えるのもこれが最後かもしれないって考えたらね。」

グルファトはウインクしてきた。


セイフォンはちょっと言葉を失う。


「貴方が次の試合で死ぬかもしれないから、前祝いってこと。」

パプリカは冷静に述べる。


「解説してくれなくてもわかるでござるよ。」

セイフォンは膨れている。


「ごめん。ごめん。純粋にセイフォンちゃんと思い出を作っておきたかったのよ。

そう言う意味はちょっとだけ。」

グルファトには全く悪気はないようである。

それがセイフォンにはコメントし辛い点であった。



三人は適当に食事を楽しむと思い思いの話に花を咲かせて解散した。話の内容は主にグルファトによる試合の分析と次の戦いの相手についての分析だった。



「パプリカ殿までひどいでござるよ。それがしが負けたら一気に任務達成の難易度はあがるのに。」

セイフォンはパプリカに非難した視線を送る。


パプリカは無視している。


セイフォンは読書をしながら自分をあしらうパプリカにいたずらしてみたくなった。

懐からまたたびのエキスを取り出す。こんな時のために以前から用意していたものだ。


パプリカが目を離した隙にコーヒーの中に1滴だけ入れた。


セイフォンは自分が居てはと思い汗を流すことにした。いかに訓練していても1滴程度ならば気付かれることもあるまい。

それにパプリカは猫獣人だから、もしかしたら面白い反応がみれるかもしれないと期待したのである。


セイフォンが水浴びを終わって元の部屋に戻ってもパプリカには異変はなかった。


「流石にでござったな。」

セイフォンはつぶやいた。


「どうかしたの?さっきのことなら」

パプリカは何かを言いかけたがセイフォンは早く寝ることにした。悪事がバレていたのでは面白くないからである。


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時間が経ち、セイフォンがうとうとし始めると気配を感じる。

パプリカだろう。特に意識することもない。体を休めねばと思った。



パプリカは何故か熱っていた。

無性に人肌が恋しい気分だ。感情の制御は完璧なはず。

それにそういった感情は持ち合わせていない。



しかし何故かセイフォンが気になる。先ほどはおちょくりすぎたかもしれない。

ここ最近一緒にいたせいで珍しく動揺したのかもしれない。謝ろう。と思った。



セイフォンは動揺している。なんだかんだ言いながらもどんな戦いでも冷静だった。しかしこの状況はなんだ。普段はまったくと言っていいほど親しみを見せないパプリカが同じ布団に入ってきた。



「パプリカ殿。それがしが悪かったでござる。だからこのような真似はやめてけろ。」

セイフォンは故郷を出てから誰かと布団に入ったことはない。


「セイフォン。ごめん。」

パプリカはしきりに謝っている。


「パプリカ殿しっかりしてほしいでござるよ。」

彼女の言葉がパプリカに届くことはなかった。

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