第34話 共和国にて case14
マキシマスの想像以上に戦いは激しかった。
おそらくこの海戦に参加した剣闘士たちの半分は既に水の底だ。
一度敵を撃退してから距離を取ると闘技場の全体がよく見えた。
「あとは潰しあってくれると良いでござるが。」
セイフォンは他船を眺めながらそう言った。
「セイフォン。お前、あの時の女じゃないか?」
マキシマスは復讐するつもりこそなかったが、確認せずにはいられなかった。
セイフォンは一瞬躊躇したが、しらばっくれる気のようだ。
「あの時とは?拙者、マキシマス殿とは初対面でござるが。」
「そうか。」
マキシマスはその態度が少々癪に触ったが今は仕方がない。真に復讐するべき相手はこの小娘ではない。
「ならいい。それよりもあいつに勝てるか?」
彼は遠くで戦っている剣闘士を指さしてセイフォンに尋ねた。
その剣闘士は槌のような武器を手に持ち、先ほどから派手に戦っている。おそらく奇跡が使えるのであろう。
「奇跡を使われたら分からぬが問題なかろう。」
「頼りになる。」
「マキシマス、敵が追ってきている。このままだと挟まれるぞ。」
漕ぎ手の担当がマキシマスに話しかける。
残された剣闘士たちは、有力なチームを挟撃することにしたらしい。遠方では先ほど大暴れしていた剣闘士たちの船も囲まれているようである。
「さっきの戦いで船への損傷が大きい。両側から体当たりされては持たんぞ。」
マキシマスは仲間達に檄を飛ばした。
しかしながら他の船も彼らを追いかける。
「右側の船からやる。こちらから仕掛けろ。」
マキシマスは逃げてばかりでは拉致があかないと考えたのか、反転して攻撃にでた。
「セイフォン。追いつかれる前に敵を撹乱できるか?」
「やってみるでござる。」
セイフォンは船が寄せられるとすぐに敵船に飛び乗る。
かなりの距離があったため敵の剣闘士もそれは予測していなかったようだ。
「おい、相手は女一人だ。海に落とせ。」
敵方の剣闘士たちも必死に抵抗する。
「おいセイフォンに続くぞ。」
徐々に味方も合流する。本来の海戦であれば、長さのある武器を使ったり、奇跡を使ったり、弩を使ったりするものだが、彼ら剣闘士の船にはそういった装備はない。
船上の肉弾戦がメインである。
彼らは剣や槍を振り回して戦うが勝負はつかない。時間をかけ過ぎれば囲まれることになる。
「お前等はこの船を死守しろ。セイフォンはまだか?」
味方にそう命令して、彼女のほうに目をやると相手方の剣闘士の中でも非常に体格の良い者を3人同時に相手していた。
マキシマスは自分に襲いかかってくる剣闘士を打ち払い、彼女の助太刀に入る。
彼が戦いに加わると形成はすぐに決まった。
彼に注意が払われたことで、セイフォンはその隙に一人を屠り、さらにまた一人は足技で水中に落とした。
マキシマスの方は敵の剣闘士を力任せに真っ二つにしていた。
「おい。戻るぞ。」
その合図でセイフォンとマキシマスは自分たちの船に戻ろうとしたが邪魔をされしまう。
「クソッ。」
彼らがモタモタしているうちに左側から迫ってきていた剣闘士たちは味方に迫っている。
すんでのところで完全に挟撃される形は回避できたが劣勢に陥る。
「おい、お前たち持ち堪えろ。」
マキシマスは必死に敵を倒していく。セイフォンもまた敵から狙われて攻撃を受けているがその刃を紙一重でくぐり抜けている。完全に乱戦となった。
目の端で捉えた観客たちはこの光景にお祭り騒ぎだ。彼は自分の奥の方から底知れぬ怒りを感じた。
「必ず、後悔させてやる。」
マキシマスは的確に指示をだしながら、一人でも多く、味方が生き残るように気を配った。
しばらくして乱戦は終わった。なんの策もない形で戦いが始まったため味方への被害は甚大である。
敵は主にマキシマスとセイフォンの活躍によって全滅している。
いつも間にか味方の数は15名ほどまで減っていた。
「何とかしのいだな。」
あたりを見れば残った剣闘士たちは浮かない顔をしていた。
「息つく暇も無いのか。」
先ほどマキシマスが目星をつけていた剣闘士を中心とした船は、囲まれたにも関わらず、自分たちと同様に返り討ちにしたようだ。自分たちを目掛けて速力をあげているところだった。
彼は最後の決戦に備えて準備をするように言った。今まではあれだけ騒がしかった水面も残るは彼らと自分たちだけになり、勝負は終わりを告げようとしていたのである。
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パプリカは戦いの一部始終を見守っていた。セイフォンたちは問題なく勝ち残っている。
今回の任務において不確定要素というのは失敗の要因となる。
このままセイフォンらが勝ち上がってくれた方が自分たちでコントロールできることが増えて助かるとパプリカは感じていた。
なにせ直接相手を暗殺するのではなく、王アリヤバンが剣闘士に勝利したように相手を倒さなければならない。セイフォンがやられ役になることはないにしても、彼女の理想はこの八百長試合に付き合ってくれる剣闘士を探すことだった。
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セイフォンたちは迫り来る敵を迎え撃つ。
もとより、自分たちの機動力は先程の戦いで大きく失われたため腕の立つマキシマスとセイフォンを筆頭に正面からの対決で勝利を収めることしか彼らに残された道はなかったのだ。
先ほどから敵の剣闘士は大きな槌のような武器を使って敵船を壊すことを得意としているようである。
「あれで船を沈められたら敵わんな。」
遠くから見る限り敵の奇跡は所持している物体の重さを変えるものだと考えられる。
彼が敵船に囲まれてもあまりダメージを受けていないのはいち早く敵船を水中に沈めているからだ。
「セイフォン。」
「わかっているでござるよ。この刀でやつの攻撃を受けることはできないでござる。」
セイフォンは自分が不利であることを悟っていたが特段負ける気はしなかった。
「数発なら俺が耐えてみせる。その隙に奴を頼む。」
マキシマスは自ら囮役となることにしたようだ。彼らはグングン距離を詰めてくる。
例の剣闘士は槌を振りかぶった。
「おい、くるぞ。衝撃に備えろ。」
マキシマスは船への攻撃をさせまいと槌を受け止める。水面に大きな衝撃が走った。
「カッ、受け止めるか。」
敵の剣闘士は歯を出して笑ったがこちらはそれどころではない。
セイフォンはマキシマスが攻撃をうけるとすぐに隙に乗じてこの剣闘士の脇腹目掛けてそこら辺に落ちていた剣を投げつけた。
彼はそれを最小限の動きで交わす。
セイフォンはすかさず間合いを詰めると刀の一振りをお見舞いしたが、間に入った剣闘士によって阻まれてしまった。彼は体を盾にして槌を持った剣闘士を守ったのである。
「お前何者だ?」
マキシマスは槌の剣闘士に尋ねた。
「俺は北方の国の元将軍だ。」
彼はマキシマスの周りにいた剣闘士を蹴散らしながら応えた。
「道理で。」
マキシマスは反対に攻撃にでるが、敵は図体に似合わず俊敏であった。
「その娘っ子は厄介だな。」
彼はそう言うとセイフォンに狙いをつけたようだ。マキシマスは他の剣闘士たちに囲まれる。
セイフォンは今日何回目かの居合の体制を取る。本来は足場が不安定なところでは使わない技であるが、彼女の卓越した技量がそれを可能にしている。
槌を持った剣闘士は上段でそれを構えた。
勝負は一瞬だった。セイフォンは大きく踏み込むと彼が槌を振り下ろす前に逆袈裟に彼を切り結んだ。
圧巻の速度である。しかし傷は浅い。彼女は振り返りざまに追撃をしようとしたところ、脳内に直接声が響いた。
『左に飛べ。』
セイフォンは直感的に指示に従った。
「よく避けた。」
槌を持った剣闘士は体から血を流しながらも彼女を粉砕すべく槌を振り下ろしていた。
セイフォンは自分が油断したことに気がついた。自分は奇跡も使用せずにこのレベルの敵と戦えている。その事実が彼女にほんの少しの慢心を産んだのである。
おそらく彼は半ば故意に自分の技を受けたのであろう。最初から彼女のスピードに対抗するつもりは無かったのかも知れない。若し声が聞こえなければ、直撃こそ避けたものの手傷を負ったことは間違いない。
セイフォンは以前の声の正体に気がついた瞬間でもあった。
次の技は冷静だった。彼女はもう一度同じ姿勢になると、手傷を負って動きの鈍った彼を切り捨てた。
マキシマスも残りの奴らを倒していた。
マキシマスたちは勝った。しかしながら、最初は大勢いた仲間たちは数名しか残っていない。
敵になった剣闘士の中にも顔見知りは複数居た。マキシマスは到底この勝利を喜ぶ気になれなかった。なんとか残った剣闘士たちも皆疲れた顔をしている。
セイフォンもまた最後の最後に油断したことを自身に戒めていた。
そんな彼らの心情とは裏腹に会場は湧きに湧いている。彼らは一躍その日の主役になった。
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