第28話 共和国にて case-8
パプリカは闘技場の中に併設されているタベルナという食堂のような場所で働いている。
この店は、この闘技場がある年にいくつか存在しており、その住宅事情とマッチしてかなりの客で一杯であった。
パプリカは、以前からの特技を活かして、闘技場への潜入にはこの店への就職を選んだのである。
基本的に彼女は任務遂行のために数週間から数ヶ月、時には半年から一年の間も同一のターゲットの下に潜入するのである。怪しまれぬように地域に順応する必要があったし、案外こうやって暗殺者以外の職業につくのは彼女にとっては苦痛ではなかった。
組織の中にも様々なタイプの人間がいる。
キンジャルのようなあまり周りを気にせずに目的を遂行する者やセイフォンのように表舞台に立ってからでも適当なところで任務を遂行してしまう者、パプリカのように凡庸な生活にひっそりと紛れてタイミングを待つ者等である。
無論、本来はそれぞれの特徴に合わせて、ソロモン様が任務の詳細を決める。
彼は預言者であった。
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グルファトは力持ちだった。
何十人分かという大鍋を軽々と振り回して料理を作っている。
パプリカは自分の性質上、料理に関する仕事かもしくは看護系の後方支援の仕事に就くことが多かったがこのタベルナという店の提供する料理の量はかつてないほどである。
「これを1番、これを13番、えっとこれを...」
出来上がった料理を配膳係が該当の場所にもっていくらしい。
「ごめん。パプリカちゃん。手が空いているならこっち手伝ってくれる?」
配膳担当の子が言った。
「うん。どうしたらいい。グルファトちょっと向こう手伝ってくる。」
パプリカは自分用のエプロンを外しながらあたりにそう言った。
「はいよ。」
グルファトの豪快な返事が聞こえる。
「これを持って私についてきて欲しいの。」
配膳係の子はパプリカに向けてそう伝えた。
パプリカは言われた通りにした。持ちきれない分は尻尾も使った。
配膳でこの闘技場の中を歩くのは初めてだった。なにしろ、関係者以外は入れないように厳重に監視されている。
「こっちよ。」
彼女は危なげない動作で闘技場の端の方にある場所に向かった。
パプリカはついていくのに少し苦労した。
彼女の指定した場所に到着すると、そこは一番下の階級の剣闘士が寝泊まりする場所だった。
粗末な大部屋と公衆浴場があるのみである。
二人は速やかに指定の場所に料理を届けた。
普段はこの階層の剣闘士に料理を振る舞うことはあまりなく、特定の食事が彼らには振る舞われるだけであるが、月に何度かはこうやって料理を提供する。
彼らは剣闘士の中でも非常に貧しいのでこの日を待ち侘びているらしかった。
費用は闘技場持ちである。なんでも剣闘士の良い戦いのために身体作りをさせるために闘技場側が気まぐれに通常の食事以外でもこういう楽しみを用意しているのである。
彼女たちが持ってきた分でその殆どが揃ったらしかった。
奴隷階級の剣闘士たちは、列を作っている。
「ちゃんと皆さんの分は用意してありますからね。あまり焦らないでください。」
配膳係の子は慣れているのか大きな男ばかりの光景にも怯むことなく仕事を続けている。
パプリカや後から来たスタッフもどんどん食事を剣闘士たちに渡していく。
彼らはそれをうまそうに平らげる。代わり映えのない食事ばかりしているため、幸せそうだ。
パプリカはそんな剣闘士たちの中にちらほらと同族の姿をみた。
同情心や何か特別な感情が湧くわけではなかったが、どういう経緯でこの場所にいるのかが少しだけ気になる。
さして珍しくもない種族だ。しかしながら、ある理由から同族をみると一応顔を確認するようにしていたのである。
食事は非常にスムーズに済んだ。
パプリカはこの場所に入ってきた時なんかは、血気盛んな剣闘士同士で揉め事や食事の取り合いなんかも起こるのではないかと考えていたが、まったくそんなことはなかった。
理由は明確で、一応施設の警備の者は見張っているという点と些細な争いでこういった剣闘士生活の細やかな楽しみを失いたくなかったからだ。
どの生態系とも一緒で剣闘士の数はこの奴隷階級が一番多い。彼らは、1年も剣闘士をすればその1/3が命を失うか大きな怪我をする。
自分が彼らの立場であったならどうするのか、やはり剣闘士としての出世を望んで研鑽に励むのか。それとも相手よりも適度に強くなってひたすらいなし続けるのか。それとも何かしら脱走の方法を考えるのか。
それもいいかもしれない。誰か外部の異性を口説いて手引きをしてもらい外に逃げるのである。また、皆を団結させてこの場所から革命を考えてみてもいいかもしれない。
いや私はそんなリーダー的なタイプではないぞ。
とパプリカはそんなことを考えながらこの場所を後にした。
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